第弐話 呪と縁恨が怨恨の話

2-1 ごちゃまぜだった情念が一本化されそうで

 大学生のやること。小説を読み、漫画を読み、動画を見て、小鳥の呟きサービスをやる。動画にコメントを流すサービスなんてのが、平成の青春ど真ん中に流行ったけど、今はそれすらスクリーンショットの画像でタイムラインに流れてくる。四コマ漫画みたいに。時代は変わった。流行も変わる。それこそ人の気持ちのように。



 講義開始前の時間だった。同じ講義を取っている庵原と駄弁りながら始まるのを待っていた時だった。

 

 

「やはりセルンが暗躍してるのですかなぁ、久遠氏」

 

「シュ○ゲの見過ぎだ。何周してるんだよ」

 

「一期劇場版から二期までをワンセット。既に三周済で現在四週目なり」


「ああ、そうかい」



 ほんと、大学生って暇ね。人のこと言えないけど。



「あ、それよか久遠氏。ひかりんバイト辞めるらしいですぞ?」


「…………えっ、うっそ!? 秋田谷が?」


「まじまじ。マジも大マジ。だって本人から聞いた」


「えっ、おい、えっ、嘘だろ? おい、冗談は顔だけにしとけよ?」


「……顔は冗談ではないのだが。生まれてずっとこれなのだが」



 秋田谷がバイトやめるだなんて。あそこは亡くなった親父さんの店じゃないか。親戚のマスターは許したのか? やめる? なんで? だって、え? ええっ?



「久遠氏驚きすぎなんだな。まあ、人の気持ちなんて雲の流れより早く移ろいで行くものっしょ」


「いや、にしてもさ……」


「気になるなら直接聞いてみれば? ひかりんは今日も仕事だろうし」


「ああ、そうするよ」



 まさか二話目にして物語終了の危機を迎えようとはな。




※ ※ ※





「こんちはー」


「すみませんまだ準備中…………なんだ、久遠悠か。あんた休みじゃなかったけ?」


「ああ、休みなんだけどさ。ちょっと聞きたいことあってな」


「なに? 忙しいから短くね」


「じゃあ単直に。バイト辞めるの? 秋田谷」


「ああ、そのこと。あんたには明日の出勤日に言うと思ってたのよ。うん、そう。ここ辞めることにした」


「辞めるって……親父さんの店だろ? どうするんだ、店は」


「残したかったら残してもいいけど。そうだ、あんたにぜんぶあげてもいいや。そのほうが面倒なくていいかも」


「おいおい。ちょっと……ちょっと待てよ。そんな、どうして急に」


「急でもないよ。あんたには急に思えても、あたしはずっと前から考えていた。言わなかっただけ。あたしは前から決めていたことだからこれは急じゃないの。もう決定だから。お店は好きにしていいよ」


「おい……いや、ちょっと」


「なに?」


「そんな、簡単に……」


「そうよ。決めたんだもの。マスターにも話してあるわ。お店のことはマスターと相談するといいかもね」


「秋田谷……」


「じゃぁ、そういうわけだから。あたし後ろ行って準備しなきゃだから」



 彼女の目が潤んでいたのは言うまでもないことだった。




 秋田谷の親父さんが亡くなったのはもう四年も前のことになる。




 四年も前のことなのに、それは今でもつい最近のことのようにずっと思えてならない。友人であった俺と庵原と秋田谷で病院に駆けつけたあの日のことを忘れることはない。その日、この店を続けると言ったのは秋田谷だった。残したいと言ったのは彼女だった。親戚のおじさんがマスターを引き受けてくれ、俺と庵原がタダ働き同然で仕事をしたおかげでなんとか店を維持してきた。最近では夜にバイトを新たに雇おうかという話も出たぐらい順調だった。なのに、なのにどうして。



 秋田谷は最後までその理由について話してはくれなかった。


 

 

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