1-3 頬を撫でるような霧雨も強かに日々を流す

 御神酒を飲んでもらったのは、体内に神様の一部を取り入れたかったからだ。一般的に祭礼の後に振る舞われる奉ったお酒だが、それを体内に入れることで神様の霊力が宿り恩恵やご加護を受けることによって無病息災で過ごせると言われる。儀式的なこと、作法的なことを省いて簡略化してもその意味は大きい。

 

 

「酔ったりとかしてない? 気分とか、大丈夫?」

 

「はい。ホントに、ひとくちも飲んでないです。微かに舐めただけですが、大丈夫ですか?」

 

 

「大丈夫、それでいいよ」と、彼女に声を掛ける。変化や異変はまだ見当たらない。僕は専門知識があるだけで、その手の超能力者でなければ異能力者でも無いので、すぐに幽霊妖怪その他諸々が見えるわけじゃない。しかし、現象が起きれば、それはその限りじゃない。

 

 

 場所は当ビルの屋上。都会と化した街に神社の土地は無くなり、終にはビルのコンクリの上。現代の神社はビルの屋上に設置されているというか、追いやられている。

 

 

「さっきも下で話したとおり、神様のご利益を宿すことが大切なんだ。外と内の繋がりができるからね。見えないものが見えるようになってくる。発火系能力ならば、尚更そのチカラは使わせたくない。僕らも君自身も危険に晒すことになる。最悪、自分自身を焼き始めるなんてことになったら手に負えなくなる」

 

「そんなことになるんですか?」



「大丈夫。そうならないために、今こうしてる」僕は続ける。「できればあと、ここは仮にも神前だから失礼のないように」

  

 

 「あと、これ」と、彼女に丸い銀の包み紙を渡す。不思議そうに開いた中には綺麗なおにぎりがあった。

 

 

「おにぎり。駄洒落だよ。ほら、鬼を斬るで、オニギリ。おむすびって言い方もある。御結。何と何を結ぶのかは願い次第だけど、今は神様と結ばれることを祈るのが先決だろうね。神が懸かっているならなおさら」

 

 

「妖怪なんじゃ……」

 

 

「似たようなものさ。似て非なるものだけど、同じだということもできる。邪悪な面を取れば災いや超常現象を起こす妖かしと化し、手順を踏んで祈り奉れば善をもたらしてくれる神様となる。それに、僕の勘だと本当に神様な気がするんだよ」

 

 

「話すより、見たほうが早い。神の気が変わらぬうちに、邪に悪化する前に始めよう」

 

 

 彼女を御神殿と反対方向、ビル屋上の端へ行くように指示し、僕と庵原は神社を背にして彼女と向き合う。それから彼女は手にしたおにぎりを食べ始める。こちらは刀を抜き、臨戦態勢を取る。

 

 

「来るよ」

 

「ようやくですな、久遠氏」

 

 

 そう、それはあっという間だった。食べかけの握り飯は彼女の両手から淡い炎のようなモノを漂わせながらその手中で回転し始めた。彼女は呆気に取られたように口を開けて驚いていたが、こちら側は待ってましたと刃を向ける。

 

 

『オマエハ何者だ。を手にして、私に仇ナスというノカ』

 

「お初お目にかかります。私は久遠悠と申します。単刀直入に申し上げますが、できればその女の子から離れていただきたい」

 

 

 剣のような鋭く鋭利なツノが頭に一本。それは鬼と言うより、蛇に近い姿をしており、大きさは佐藤氏本人二人分ほどの巨体。妖気のような、炎のような何色ともつかぬ気体に近いモノを纏い、徐々にその全体姿を現し始めた。

 

 

『ソレハできぬ。何ヨリ、かの娘の方からワレヲ欲したのだぞ。イマ更ナニヲ』

 

 

「やっぱりか」

 

「やっぱりとは? 久遠氏?」

 

「発火の正体は鬼火。間違いない。しかも鬼の中でも恐れ多い鬼神様だよ、おそらく。この鬼に出逢うときっていうのは大抵不幸に遭った人間の場合が多いんだ。彼女もきっと身内か知り合いの不幸があったはずさ。そしてそれは自分から鬼の方へ会いに行っていることが百あれば百該当する。自分からお願いしてるんだ。神様にね」



「左様……。ワレハ栃木の山中に祀られしモノナリ。かの娘が彷徨いし時に帰り道ヲ導いて進ぜたに過ぎぬ……」


「ならば問おう、鬼の神よ。なぜ未だして彼女に執着する」


「ソレハ我の仇討ちナリ!!!」



 途端、姿が豹変。彼女を飲み込むように肉塊が膨れ上がり、その八方位に無数の目が開眼した。髪は刃のように鋭く、人型の姿ではあるが顔らしき部分が見当たらない。



百目鬼どうめきか!」


「百目鬼、とな?」


「宇都宮の伝承怪異だ。炎と毒気を放つ鬼さ。言い伝えでは僧侶に成仏させられたはずだが……残滓が残っていたかーー庵原!」


「承知!」



 庵原は一つ投げクナイを百目鬼に向けて投げると、身を翻して立て続けに複数クナイを放った。百目鬼はそれを妖気の炎によって勢いを無効化。クナイは金属音を立てて地に落ちた。



「我に仇成すナラバ貴様ら諸共……」



 そこで百目鬼の動きは止まった。そう、クナイには神札が施されていたのだ。妖懸しには効果てきめん。由緒正しき御札。税込み五百円である。



「そこまでっ!!」



 一気に距離を縮め、踏み込んで一切り。



 妖刀 蹂弐一重のじゅうにひとえのつるぎ



 

 その斬撃は炎の盾も物ともせず、きれいに肉塊を二つに切り裂いた。百目鬼は火を上げて身を焼き、焼失した。



「おっと……」



 彼女は意識を失うようにして倒れたので、それを近くにいたので支えた。



「お疲れさまです。これで普通に戻れますよ」



 異能の能力を手にしたモノはその能力から羨ましがられるだろうか。否。異端者と蔑まれ、忌み嫌われるのが現実。普通じゃない自分になった時、普通ではない人間は普通からはみ出し、居場所を無くす。普通の人間が普通とは限らないのに。なあ、普通に生きるって難しいよな。妖が懸かり、超能力者という普通でなくなったのなら尚更の事。現実問題、超能力者なんてのは厄介でしかない。夢見たり憧れるやつは少年漫画の読み過ぎか妄想のしすぎだ。この妖刀を受け継いだときから決めた通り、俺は現代の妖懸しをすべて斬る。この刀の妖気の一部にしてやる。そう決めたのだから。






 

 

 

 

 

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