第4話   競売

 ソリドゥスは状況打開の方法を必死で考えた。


 まだ聞こえてくる二人の罵声すら、すでにソリドゥスの耳には届いていなかった。下手な仲裁など却って逆効果。なにか状況をひっくり返す強烈な一撃が必要だった。


 そんなソリドゥスの視界に、あるものが飛び込んできた。もしかしたらと思って必死に探していた人物が、状況に変化をもたらすかもしれない者が、見つかったのだ。



(おお、これはラッキ~♪ いるかもとは思っていたけど、この広場に来ていたのは幸運そのもの。どうにかして、あの人を舞台に引きずり込めば、なかなか面白いことになる!)



 逆転の一手を見出したソリドゥスは、まだ喧嘩を続ける二人の間にもう一度割って入った。そして、真剣な眼差しで二人を見据えると、さすがに気圧されたのか、二人は静かになった。



「二人とも、最後に確認しておくけど、本当に別れてしまったとしても、後悔はしない?」



 ソリドゥスが強い語気で二人に問い詰めたため、二人はたじろいだ。だが、再び互いに視線がぶつかると睨み合い、そして、怒りの炎が再燃した。



「ええ、その通りでございます、お嬢様! 女房を縛り上げて売り捌こうなどと、狂人の行いですわ! お嬢様にはなにかとお世話になっておりますが、こんなのと引き合わせた件につきましては、いくらでも文句を言わせていただきますから!」



「ああ、うん。その点は本当にごめんね、エリザ」



 似た者同士だし、まあ大丈夫だろうと浅はかな考えであったことは、ソリドゥスも大いに反省するべき点だと考えていた。自身の“天賦ギフト”を過信し、外面だけで判断して、内面を見なかった浅慮を大いに恥じた。


 であればこそ、今度は上手く成功させよう。ソリドゥスの迷いは晴れた。全力でこの“商談”を成立させてやろう。そう意気込んだのだ。



「お嬢様、今度はおしとやかで貞淑な女を紹介してくださいよ。こいつをできるだけ高く売り飛ばして、それを再婚の資金にしますんで」



 ザックもザックで、もう反省も後悔もしていなかったうえに、もう別れる気満々であった。



(まあ、引っ付けたのが私なら、別れさせるのも私がどうにかしないとね。二人の最後の気持ちを確認したし、もう遠慮はいらないよね、うん!)



 急ごしらえだが練り上げた策を実行すべく、ソリドゥスはアルジャンとデナリを手招きして、自分の近くに呼び寄せた。


 そして、二人に何をするのかを耳打ちした。



「無理でしょう、それは。いくらなんでも相手に期待しすぎでは?」



 案の定、アルジャンの反対意見が入って来た。超常識人のこの従者の反対は予想していた通りのため、あえて無視して、デナリの方を見つめた。



「まあ、どのみち収拾がつきませんし、冷や水を浴びせる意味でも、あるいは成功すれば儲けもの、くらいの感覚で進めましょう」

 


 成功するかどうかは半信半疑のようであったが、慕う姉がやろうと言うのだからと、デナリはソリドゥスの策に乗ることを了承した。


 やっぱり妹は可愛いとソリドゥスはデナリを頭をまた撫でてやり、デナリもまた嬉しそうに微笑んだ。


 そして、人ごみの中へと消えていった。


 アルジャンもやれやれと言わんばかりにため息を吐き、こちらも人ごみの中へと消えていった。


 そして、残ったソリドゥスはエリザを縛り付けている縄を掴み、丁度近くにあった高台にエリザを引っ張って立たせた。



「え、あ、ちょ、お嬢様!?」



「大丈夫大丈夫。ちゃんと高値で売ってあげるから♪ あ、ザックはその看板掲げといて」



 そして、ソリドゥスは懐に忍ばせていた扇子を取り出しまして、パンパンとそれで手のひらを叩き、音で注目を集めた。縄で縛られた女性が高台に現れ、“この牝馬を誰か買え!”という看板が登場すると、さらに人目が集まってきた。



「さあさあ、皆様、お立合い! 今日は連れ合いの方に幸運をもたらす牝馬をご用意いたしました。一度足を止めて、ご覧になられていただきたい!」



 ソリドゥスは少し品がないと思いつつも、声を張り上げて行き交う人々を呼び止めた。祭りの喧騒に負けているようでは、注目を集めることなどかなわないので、必死で声を張り上げた。



「ほら、そこのあなた! よくご覧になってください。どうですか、この手入れの行き届いた綺麗な金髪に、透き通った瞳。健康そうな肌艶に、豊満なる乳房。見事なものでございましょう?」



 ここで扇子を使って乳房をペチペチ叩き、周囲にそこのところを強調。実際、エリザは中々のものをお持ちで、足を止めた観衆の中には生唾を飲み込む者までいた。



(う~ん、男を釣るには、スケベ心に訴えかけるのが一番。この手に限る! いや~、それにしても、一度くらいは啖呵売やってみたかったのよね)



 まくし立てるソリドゥスもノリノリであった。次第に何事かと足を止める者も増えてきて、人だかりが出来始めてきた。なんだなんだとエリザに視線が集まり、困惑しつつもソリドゥスの言葉に聞き入った。


 なお、商品と化したエリザはどうしていいのか分からず、ただ無言のまま立ち竦むだけであった。



「この牝馬のお名前はエリザ。齢は十七歳で、今まさに食べ頃の出来合いでございます。お値段たったの金貨一枚から! 金貨一枚ですよ! 今買わずにいつ買われますか? さあ、お買い上げください! 買ったその場で即お持ち帰りですよ!」



 なるべく高く売るなら、やはり競売形式オークションにするのが一番。物が確かならば煽ってやりさえすれば、値は上がっていくというもの。そう考えたソリドゥスの策であった。


 そして、寄付よりつきを金貨一枚に設定したのが重要であった。もし、銀貨や銅貨にしてしまうと、遊び半分に競りに参加してくる輩が現れてしまう可能性があった。


 それはソリドゥスの意に反している。なにしろ、数多の群衆の中で、これを買って欲しいと考えるのはたったの一人であったからだ。


 金貨一枚以上ならば、そこいらの庶民にはまず手が出ない。遊び半分で参加するには高すぎるし、万が一競り落としてしまうと、その代金を払う羽目になる。


 そうなると、せいぜい物珍しさからにぎやかす程度で終わるとソリドゥスは踏んだのだ。


 一方で、裕福な者であるならば、出せないことはない金額ではあるが、そういう者は教養や品性が身に付いており、こんなバカげた競りには尻込みして参加はしないと予想した。



(つまり! この牝馬エリザをお買い上げになるのは、“庶民のような軽いノリを持つ裕福な方”というわけよ。フフッ、そう、あなたでございますよ)



 まくし立てつつ、ソリドゥスの意識は一人の人物に集中していた。この群衆の中からその人物を見つけたのは幸運と言うものであった。



「はいは~い! 金貨一枚で買います!」



 ここで群衆の中から手が挙がった。背が低くて、その姿は確認できず、ブンブン振られる手だけが見えていた。


 なお、これは群衆の中に溶け込んでいたデナリであり、要は競りの雰囲気作りの“茶番”であった。


 しかし、ここで重要なのは、競りが“成立した”ということだ。誰も値を付けなければそのまま流れてしまい、エリザに売れ残りと言う看板が追加されるだけだ。ここでちゃんと値が付いたことで、買えるんだという感覚を人々に植え付けることができた。



「はい、金貨一枚が入りました! いや、お目が高い! さあ、他にありませんか? 早くしないと、買われてしまいますよ!」



 ここで当然のごとく、ソリドゥスの煽りを入った。煽って値段を釣り上げるなど、やり方としては常道であった。



「金貨二枚!」



 ここで別の所から手が挙がった。ちなみに、こちらは同じく群衆に溶け込んだアルジャンであった。


 もちろん、これも仕込み。はっきり言えば、賑やかし以外の何ものでもなかった。


 ここで重要なのは、値が上がったということだ。競争相手がいるからこそ、競りは盛り上がりを見せる。空気に熱を帯びさせ、本当にここが競りの会場だと錯覚させることが重要なのだ。


 なにより、デナリから離れた場所にいるアルジャンに観衆の意識を渡して、遊びではなく本当に競売を行っているのだと、皆に思わせるのが重要であった。


 ちなみに、財布をアルジャンに預けていた。もし目当ての人間が乗ってこなかった時のために、商品買取をアルジャンにやってもらうためだ。


 嘘を付けないアルジャンのための措置でもあった。



「はい、そちらの方が金貨二枚を出されました! 見る目のある御仁ですね~。さあ、他、他はございませんか? 現在、金貨二枚です! 上、これより上はございませんか?」



 この値段ならば、もう庶民には手が出ない。しかし、賑やかしにはなる。


 実際、なんだかわけの分からない競売に、奇妙な熱気が生み出され、やんややんやと歓声を上げる者まで出る始末だ。



(うんうん、これぞ祭り! 羽目を外して、正常な判断力を奪っていく。さあさあ、どうします、どうします!?)



 状況は予定通りに進行しており、ソリドゥスの声にも更なる活気が注入されていった。



「さあ、ございませんか? 金貨二枚でございますよ。あちらの方で決まってしまいますよ!?」



「はいは~い! 金貨三枚!」



 ここで再びデナリが手を振り上げた。


 観衆も熱気の呑まれて歓声を上げ、“茶番”に華を添えた。



「はい、来ました! 来ましたよ、金貨三枚! 見る目がありますね~、お嬢ちゃん。さあ、更に上、上ありませんか!?」



「金貨四枚!」



 再びアルジャンが手を挙げ、囃す拍手がまた沸き起こった。



「さあ、来ました! 来ましたよ、金貨四枚! ああ、まだ行けるでしょう! 上、更に上はございませんか!?」



 扇子を振って煽るソリドゥスに、観衆もまた熱を帯びて、更にまくし立てていった。


 そして、その時がやって来た。



「金貨五枚!」



 次に手を挙げたのは、デナリでもアルジャンでもない、別の男であった。


 そして、ソリドゥスは心の中でガッツポーズ。お目当ての人物が熱に当てられ、まんまと競売に乗ってきたのだ。


 ソリドゥスは笑いを堪えるのに必死であったが、競売の最中に司会役が腹を抱えて笑い転げるわけにはいかないため、どうにかこうにか平静を装うのに苦労した。


 なお、乗ってしまったその男は、顔から“しまった”という表情を出していた。ノリと勢いで、ついつい競りに参加してしまったという感じで満ちており、今更引っ込みがつかなくなって困惑していた。



(まあ、“それ”が狙いだったのですけどね。ご愁傷様~)



 まんまと引っ掛かったその男には申し訳ないが、全力で売りぬくつもりでいるソリドゥスは一切の容赦をしなかった。



「はい、そちらの方、金貨五枚来ました! さあ、他にございませんか?」



 もちろん、ここでデナリもアルジャンも引き下がった。標的をおびき出すための囮であったので、これ以上の競り合いは無意味であったからだ。見せかけの競売客はここで退場し、人ごみの中に消えた。


 当然、他の観衆の中に競り合う者もいなかった。商品の事、値段の事を考えると、なにがなんでも競り勝とうとする理由はまずないからだ。



「はい、他にいらっしゃらないようなので、そちらのお兄さんに決定! こちら、雌馬エリザを金貨五枚にて落札、落札ぅ~!」



 ついに茶番せりの決着がつき、ソリドゥスはあらん限りの声で叫んだ。



           ~ 第五話に続く ~

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