その愛天使《キューピッド》強欲にて、シンデレラを売り飛ばす

夢神 蒼茫

第1話   富豪令嬢ソリドゥス

 賑わう祭りの喧騒は、人々の心を浮つかせ、愉快にさせる。笑い声が飛び交い、陽気な歌声が肩を組んで杯を掲げる者達から発せられている。


 その日、街では祭りが開かれていた。名君と名高い国王の生誕祭であり、国民総出でその誕生日を祝った。


 しかも、今回は六十歳という区切りの年でもあり、十日間ぶっ通しで行われることになっていた。


 広場では出店が立ち並び、食べ物の屋台はもちろん、雑貨類や衣類の特売店、あるいは煌びやかな装飾品を扱う店まで、その種類は豊富だ。


 中には弓で的を射る射的屋や、玉を転がして立てた丸太を倒す十柱戯ボウリングなど、遊戯を提供する店もある。


 これぞお祭り、と言わんばかりの活況であった。


 そんな人々が笑いながら行き交う祭りの喧騒の中、装飾品を並べた店先で、一人の少女と店主の間で“交渉”が行われていた。



「この指輪、まけなさい! 金貨一枚に!」



「んな無茶な! そもそもそいつは金貨で五枚ですよ!? 八割引きはいくらなんでも酷すぎる!」



 強引に値切ろうとする少女と、それは無茶だとのたまう店主。始まったばかりの戦であるが、少女が優勢なのは誰の目にも明らかだ。


 良さげな油でも使っているのか、良く動く少女の舌や交渉の話術に、この手の交渉に慣れているはずの店主もたじたじだ。


 少女は癖の少ない銀色の髪を揺らし、手に持つ指輪に嵌まった水宝玉アクアマリンと同じ色の瞳は、雷でも内包しているのかと思うほどに強烈な輝きを放ちつつ店主を見据えていた。


 年の頃なら十代も半ばと言ったところで、少女の可憐さと、淑女の艶めかしさを同居させたような、この年齢特有の色香を放っていた。


 なお、そんな見目麗しい少女ではあるが、店主にとっては悪魔か、魔女かといったところであった。



「お嬢さん、先程も申しましたが、そちらの箱に収まっている指輪は、金貨で五枚でございます! 純金ゴールドの指輪に水宝玉アクアマリンあつらえた品でございます! もうそのお値段での提供ですと、売り手の一方的な犠牲の上に成り立つようなものでございますよ!? それを金貨一枚だなどと!」



「どこが純金ゴールドよ!? 色が鈍いし、どっちかって言うと琥珀金エレクトラムじゃない! 嵌め込んである指輪の宝石も、値段が値段だから、まあ小振りなのは良しとしましょう。でも、純度の悪いクズ宝石だわ。粗悪品もいいとこよ!」



「んなぁ!?」



「私が売り子になって、ここの宣伝されたくなかったら、とにかくまけなさい!」



 まくし立てて売ろうとする店主に対し、少女はばっさりと言い切った。


 だが、店主も言い返し難いのか、言を左右にする。つまり、少女の捲くし立てが、実は正解であることを如実に表していた。


 もはや店主は防戦一方で、強引極まる銀髪の少女の交渉に押し切られつつあった。



「また始まっちゃいましたね」



「そうだな」



 交渉に注力する銀髪の少女から少し下がって、交渉の場を眺める二人が生暖かい視線を向けていた。


 一人は少女で、目の前の銀髪の少女より更に年若い。癖のある赤毛は肩のあたりで切り揃えられ、同色の眼は交渉中の“主人”を半ば呆れ顔で眺めていた。


 もう一人は少年で、年齢としては銀髪の少女に近い。少し濃いめの茶髪をかき、目の前のバカバカしい状況を作り出した“主人”の言動に対して、ため息混じりにその光景を眺めていた。


 二人は銀髪の少女の従者であり、この祭りの見物に付き合っていた。



「お姉様も折角の祭りだと言うのに、なんだか不機嫌ですね」



「自分の店を出したいって旦那様に突っかかって、にべもなく断られたんだとさ」



「あぁ~、そっちも相変わらずか~」



 二人は目の前のお嬢様が事ある毎に商人になりたいと言い立て、父親や兄に出資を求めては断られているのを知っていた。


 “才能”はあってもやり方が強引極まりなく、とても店を任せられない、というのが目の前の光景から伺い知ることができた。



「んん~、き、金貨四枚でどうだ!?」



「ぬるいわ! もっと根性見せなさいよ!」



「な、なら、金貨三枚と銀貨五枚でどうだ!?」



「もう一声っていいたいところだけど、そのくらいで勘弁してあげるわ」



 ようやく商談がまとまったのか、少女が勝ち誇ったように鼻息を荒くした。


 店主としても、とっととこの厄介なお嬢さんにはどこかに行ってほしく、普段なら有り得ない値切りに応じた。


 両者の利害の一致によりまとまった商談であるが、とてもいいとこのお嬢様には見えないその立ち振る舞いに、従者の少年はため息を吐いた。



「あの~、ソリドゥスお嬢様……、仮にも栄えある“パシー商会”に名を連ねる者として、今少し自覚と品性をですね」



「うるさいわよ、アルジャン。さっさと財布から出して」



 やれやれと少年は懐にしまっていた財布を取り出し、その中から金貨を四枚取り出して、それを店主に渡した。




「ま、毎度ありぃ~」



 店主の方もドッと疲れたのか、こちらもため息だ。


 さてお釣りをとレジの箱を開閉すると、ここでまた厄介な客人が動いた。


 店先にかけられていた羽根つきの帽子を手に取り、それをアルジャンと呼んだ少年の頭に被せた。



「お釣りはいいから、これも貰っていくわ」



 なお、その帽子に付いていた値札には銀貨六枚と書いてあり、先程少年が出した金貨では銀貨一枚分足りない計算になる。


 追撃の無言による“まけろコール”だ。



「……持ってけ」



 店主は根負けした。これ以上、目の前の悪魔のごとき少女に関わっていては、精神が削られる一方だと、さっさと退散させる方を選んだ。


 悪魔祓いができるのならば、銀貨一枚くらいどうということはなかった。



「うん、ありがとう、店主さん♪ とってもサービス精神旺盛なお店ですね♪」



 強引極まる露骨なまでの値切り交渉の末に、指輪と帽子合わせて金貨五枚と銀貨六枚のところを、金貨四枚まで値切らせた。


 およそ三割引きだ。


 戦果としては上々かと考え、ソリドゥスと呼ばれた銀髪の少女は、従者である赤毛の少女に指輪をはめてあげた。



「わぁ、ソル姉様、いいんですか?」



「いつも頑張ってくれている御褒美よ。可愛い妹を飾り立てるくらい、姉としての義務だわ」



「わぁ~い、ソル姉様大好き!」



 無邪気に抱きついてくる妹の頭を優しく撫でてやり、ソリドゥスもご満悦であった。


 ソリドゥスは自分よりさらに幼い少女を抱き締め、短めの赤毛を撫で回した。


 デナリと呼ばれた少女は、ソリドゥスのことを“姉様”と呼んだが、実際二人は姉妹であった。ただし、血は半分しか繋がっていない。


 いわゆる妾の子としてデナリはこの世に生を受け、しかも父親からは実子と認知してもらえなかったため、ある程度大きくなってからは下女として屋敷で働かされていた。


 そんな不遇な妹をソリドゥスは自分の側仕えとして侍らせ、なにかと面倒を見てきたのだ。特に親しい人間にしか許していない“ソル”という愛称で呼ぶことも許していた。


 ただし、父親の目がうるさいので、自分以外の身内がいる場合は、姉妹ではなく主従を前面に出しておくようにと申し付けていた。


 しかし、今は一般庶民に紛れて祭りを楽しんでいる最中で、気兼ねなく話せるというわけだ。


 そんな半分だけ繋がっている姉妹の仲睦まじい光景に対して、無粋なつっこみを入れる者がいた。


 アルジャンと呼ばれた従者の少年だ。



「そうですか、そうですか、俺の価値は七分の一でございますか」



 金貨三枚と銀貨五枚の指輪を渡されたデナリに対し、銀貨五枚の帽子を渡されたアルジャン。値段にして、七倍の開きがある。拗ねているわけではないが、自分への評価があまりにも低いのではと考え、つい漏れ出てしまった言葉だ。



「素直に喜びなさいよ、このバカ従者! 貰えるだけでも泣いて喜びなさい!」



「男が泣いていいのは、身内を亡くした時と、財布を無くした時だけだと、親父より教わっておりますので、それはできません」



「ええい、息子への教育はどうなってんのよ、あの庭師!」



「変わった人ですけど、息子への教育はしっかりしてますよ」



 ああ言えばこう言う、生意気な従者にソリドゥスは苛立ちを覚えたが、これも十年以上続けてきた腐れ縁であり、いちいち起こる気にもなれなかった。


 アルジャンはソリドゥスの実家で庭師を務める男の息子であり、小さな頃からの顔馴染みであった。


 そのため、幼子の頃からソリドゥスの無茶ぶりに付き合わされ、適当にあしらったりつっこみを入れたりするのが、十年以上続く毎度の光景となっていた。


 そんないつものやり取りに、それを見ていたデナリがクスリと笑った。



「ほらほら、ソル姉様も、アルジャンも、折角のお祭りなんですし、しっかり楽しみましょうよ」



 デナリとしてはいつもの二人の取り留めもないやり取りが微笑ましいが、今は折角の祭りである。非日常を楽しんでこそだ。


 二人を宥めすかし、場を鎮めた。


 そんな可愛らしい妹を、ソリドゥスはギュッと抱き締め、癖のある赤毛を撫で回すのであった。



「あ~、もう、可愛いなぁ~、デナリは。どっかの性格が蛇みたいにグニャングニャンな奴とは大違い!」



「えへへ~♪」



 甘えさせてくれる姉は大好きであり、デナリもまたソリドゥスに抱き付いた。


 なお、そんな二人を見ながら、アルジャンはまたため息を吐くのであった。



「やれやれ、相も変わらず切り替えの早い事で。先程までの殺伐としたやり取りが終わったと思ったら、甘ったるいことこの上ない姉妹のイチャイチャですか。胃がもたれそうなんで、引き揚げてもよろしいでしょうか?」



「荷物持ちが勝手に帰んな! まだ何か買うかもしれないし、帰るのは厳禁!」



「また、先程のようなことを来る返すおつもりで? いくら“眼”に自身があるとはいえ、いささかやり過ぎだと具申いたしますが?」



「折角備わった“天賦ギフト”を使わないでどうするのよ! 神様からのありがたぁ~い贈り物なのよ? 有効活用しないとね」



 アルジャンを睨みながら言い放つソリドゥスに、アルジャンはやれやれと言わんばかりに頭をかいた。


 その神様からの贈り物とされる“天賦ギフト”と呼ばれる異能、それこそ、ソリドゥスの自身の源であった。


 子供は十歳になると洗礼を受けるため、神殿に出掛けるのだが、その祝福の儀礼を受けると同時に神より奇跡の力を一人一人が受け取るのだ。


 それを“天賦ギフト”と呼ぶ。


 ただし、これには難点があり、誰がどんな異能を授かったのか、それが分からないのだ。


 そのため、洗礼を終えた子供はどんな力が備わったか確かめるため、職業訓練を始め様々なことに挑戦するのが常だ。


 それで自分の才能に気付けばよいが、“天賦ギフト”が判別する者ばかりとは限らず、一生分からずじまいということもままある。


 その点、ソリドゥスの“天賦ギフト”はすでに内容を把握済みであった。



「先程の店主との押し問答、お嬢様の“天賦ギフト”を用いて、強引に押し切ったようにしか見えませんが?」



「当然でしょ! 持っている能力を有効に使わなくてどうするのよ! そう、私の能力【なんでも鑑定眼】はめちゃ強いんだから!」



 どうだと言わんばかりにソリドゥスは胸を張った。



           ~ 第二話に続く ~

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