第53話 怠惰卿、裏切られる。

 菫色の瞳は伏せられ、頬を涙の雫が伝う。


「あーしの所為かもしれない……」


 金の髪は寝室の淀んだ空気の中でもなお輝いて。


「異国の生まれの私を、“嫉妬卿”などという権威のある座に父上が置いたから。

 敗国の将の娘に、不安定な土地の統治を任せたから。

 こんなあーしを、父上が愛してくれたから……!」


 その零れる涙と、白い肌と、震えるフリルのひ弱さを強調しているようだった。


「だからあーしが責任を!!!!!!!!!!!」

「それってあなたの感情ですよね?」

「わぁ」


 前世で一番か二番に嫌ってる奴の台詞が出ちゃった。

 俺です。

 ニュート・ホルン・マクスウェルです。

 いやさ。

 泣いてうるさい姉相手に、マトモに会話しろって方が馬鹿だろ。


「お前めんどくさいんだよ!!!!!!!!」

「姉に向かってなんだその口はぁ!?!?!?!?!!?!?!?!?!?」

「ハゲ、手伝え。取っ組み合いになったらあるじさまが負ける」

「致し方ありません」


 邪神に抑えられた! 畜生のじゃロリの恰好してるクセに馬鹿力!

 というかハゲ強い。


「さ、サルヴェぇ! あいつッ!! 弟のクセにあーしをめんどくさいって!!!」

「ギザザ王女、どうかお気を確かに」

「めんどくせぇヤツにめんどくせぇって言って何が悪いんだよばーか!!」

「どうどう」


 醜い姉弟喧嘩である。

 だけどさぁ。

 罪悪感とか責任感とか義務感で戦争起こされても困るんだよ!!

 前世にもそんな知り合い居たよ!?

 責任感ばっか強くて政治やらなんやら駆け抜けて身内に殺された馬鹿!

 そいつに付き合った所為で俺まで牢屋暮らしだったよ畜生!

 前世思い出した。


「ばぶぅ」

「赤ちゃん化って役に立つことあるんじゃの」

「ひぐ、えぐぅ……!」

「ギザザ王女は良い子です。良い子です……」


 俺より泣いてる奴見ると正気になるな。

 泣くなよ姉さん。ハゲに撫でられて泣くと薄い本になるぞ。

 これはハゲに失礼かもしれん。

 ハゲじゃない、執事だ。

 見た目の印象が強すぎてハゲ連呼しちまった。


「ごめんハゲ」


 睨まれた。


「……めんどくさいより酷い事言うぞ、俺は」

「言うな!!!!!!」

「言う!」


 息を吸って。


「お前はどうでも良い!」


 吐く。


「……ぇ」

「姉さんが戦争やろうが何しようが勝手だ。同じ王族だから金バトルでも勝てないし、正面からの喧嘩でも俺が負けるだろうからな」

「どうでも良い……? あーしが???」

「だが」


 ハッキリしときたい事がある。


「バケツ頭を巻き込むな!」


 そうだ。

 サルウェイタンの未来なんざ正直どうでも良い。

 交渉もそうだが、戦争なんてめんどくさい事の極みだ。

 止めようと思えば王族パワーでなんとかなるかもしれんが、それをやる労力は俺の領分を越えている。

 俺はただ。

 バケツ頭が、そんな無謀な危険に巻き込まれないならそれで良い。

 それ以上の事を望むのは、面倒くさい。


「勿論平和なのが一番だから、姉さんを殴ろうと思ったが……どうせ聞かねぇんだろ! 泣くし五月蠅いし!」

「……おまえ」

「なんだよ姉さん!」


 ハゲを突き飛ばす、姉さん。



「実の姉の涙より、騎士一人の命の方が心配だと?」



 いやあの、ゆらりと立って普通の事言われても困る。

 そりゃ涙より人命だろ。


「……妬ましい」

「姉さん。落ち着いてくれ。せめて『!』を付けてくれ。怖い」

「妬ましい」

「へーい?」

「おっほっほ。こりゃダメじゃのう! あるじさま、儂の背後へ」


 のじゃロリが初めて神に見えたぜ。

 いや、基本的に邪神なんだが。とりあえず隠れる。

 男のプライド? そこに無いなら無いですね。


「サルヴェ=イタニア」

「ここに」

「こいつら嫌い。潰して」

「御意に」

「わぁ」


 目の前でハゲ執事の姿が変わっていく。

 ギザザ姉さんの冷たい声に呼応して、その禿げた頭に鱗がびっしり生えて、執事服が裂けて、寝室を埋め尽くすみたいに肥大化して。

 でっかい、青色の蛇。

 ただでかいだけじゃなくて、人間の皮膚が、仮面みたいに頭にへばりついている。


「バトル展開だったら俺寝て良い?」

「絶対に儂の背から出ないように。腐るぞよ」


 冗談も通じねえや。

 えー。

 やだ!!

 シリアス+バトル展開とかやだ!

 小生寝る! 悠々自適ごろごろエブリデイケモ吸いスローライフ送る!!

 どなたか助けてくださりませんかね。


 ……なんて思ったのが悪かった。


「ギザザ・ホルン・クレンラート王女」


 寝室の扉が開き、入って来たのは。

 兜を脱ぎ。

 決心に目をぎゅむってつむった。

 鎧姿で、茶髪がカールした美女。


「お……南方遠征、お供させていただきます!!」


 バケツ頭。

 すごい決断だったのは分かるけどよ。

 本人に行くって言われたらどうしようもないってのは置いておいてよ。


「せめてその王女に襲われてる俺の事には気付いてほしい」


 むりぽ。

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