第13話 怠惰卿、死者を悼む。

 戦い終わって、雲間に陽光が射す。

 三日三晩続いた戦、一時の休息。

 石畳に散らばるは、凍てついた血肉。

 転がる剣に、裂かれた鎧。

 苦悶の表情のまま捨て置かれたアンデッドが、陽光に溶けて、失せていく。


 死者の残骸を見下ろすは、美少年。

 青い瞳は慈しむように憂いに満ちて。

 金の髪が、涙の代わりに北風に揺れている……。


 俺です。

 いい加減覚えてくれたかな。ニュート・ホルン・マクスウェルです。

 あ、別に憂いとか慈しみは無いです。

 寒いだけ。


「やー……派手にやったな」

「ふ、ふへ、ふへぇ……な、にゃしとげました……でんかぁ!」

「えらいえらい」

「うぇへへ……」


 バケツ頭は今日もかわいい。

 兜がひしゃげて剣を杖かわりに腰ぷるぷるしてるの良いよね。

 中身が努力の結晶タイプの美女じゃなければ愛してた。

 うむ。

 こいつのお陰で、民……獣人やら盗賊から死者は出ていない。

 流石にけが人はいるが、そいつらは魔法を使わなくてもどうにかなりそうな軽傷ばっかだ。打撲とか。

 まぁ、皆が頑張ってる間、俺は寝てたんですけどね!


「俺が働いていない。つまり大勝利では?」

「で、ですとも! ヴェルヴェルク騎士団の初陣はこれにて初代騎士団長ジャスミ」

「えらいぞぉバケツ頭!」

「名乗らせてください! ……ま、まぁ? この私にかかればこの先の戦も大勝利ですとも。えぇ。すごいですから、もう。うぇへへえ……」


 無理っぽい。

 明確に疲労しているのが分かる。

 こんなだらしない笑い方するキャラだったかな、バケツ頭。


「……次の戦はねぇよ。今回は不慮の事故だ」

「え、えぇ?」


 不満そうな声をあげるな。次やったら死ぬぞ。

 人間、疲れてる時に働いたら死ぬ。それで脳みその血管プッツンってやった友人が前世いた。知り合いの不幸は俺の不幸じゃないので赤ちゃんにならない。

 っつーか、なってる暇がねぇ。


「確かめたい事がある。馬を出してくれ。それが終わったら寝ろ。貴族様のベッドを貸してやる」

「んぁ……たしかめるって、なにを?」

「イベントの芽は摘むに限る」


 俺が働かないために、だ。



 道案内はネコミミチャイナメイド、マオ。

 護衛は盗賊7人衆。そろそろ盗賊呼びも可哀想になってきたな。

 御者台にはいつも通りバケツ頭だ。


「かあさんが呼んでたって言ったが、どこに?」


 瓦礫と雪とアンデッドの残骸が散らばる石畳に轍を残しつつ、聞く。


「……あっち」

「そっちに頼んだ。バケツ頭」

「どっちですかぁ!?」

「……マオ、御者台に行ってやれ」

「わかた」


 窓から器用にするりと抜けて御者台に行くマオ。ケモミミ素早い。

 イベントの芽。

 それは、最初のアンデッド戦の夜にマオが言ってたうわごとだ。


「ニュート様。こいつぁなんです? もう借りは返しきったと思いやすが」

「こっからは俺からの貸しだ。冬を越したらいくらでも褒美をくれてやる」

「ほう?」


 だってさ。

 ぜってぇなんかあるし。

 それ、ぜってぇ危ない奴じゃんね。

 マオの母親は死んでる。

 別に直接聞いた訳じゃない。雰囲気を見れば分かる事だ。

 獣人の家族に対する考え方は分からないが、あの時……メイド服を着る前に人身御供的に自ら出てきた三人組には、特別な相手がいないように思えた。

 恋愛的な意味ではない。あんなちっさいのに許しません。

 彼女らの無事が分かった時、群全体が彼女を迎えに出てきたのを覚えてる。

 誰かが特別に、抱きしめに行ったり、泣いたりなんてことはしてない。

 ……生贄になる娘を止める親も、生きて帰って来た娘を抱き締める親も居ないという事だ。

 冷遇されてる訳ではないのだろう。

 死んだか、離れ離れか。獣人たちに大事にされていても、どのみち直接的な親はいないらしい……そんな空気。


 親なしのケモミミが、「かあさんがよんでる」だ?


「厄介なイベントはいらねぇんだよな……」


 働いたら負けだ。

 これを切っ掛けに家族の心温まるエピソードなんかあった日には、俺は発狂する自信がある。残りの冬ごもりの期間、ずっと家でだらだらしてたいんだよ。

 そのために、まずマオがよばれたという先を調べる。

 それっぽいのはすぐ出てきた。

 塔だ。


「冬に出歩いた事がねぇから知らなかったが……!」


 盗賊が驚きの声をあげる。

 それは、廃墟の都に唐突に聳え立っていた。

 黒レンガ積なのは変わらない。

 しかし、ねじれている。

 グミみたいな捻じれ方を、黒レンガでやってる。

 純粋な直方体っぽい、のっぺりした雰囲気の黒さなのに、ねじれてる所為で禍々しい……秋ごろ、盗賊に案内されて山に登った時には見えなかったものだ。


「バケツ頭、見えたか?」

「見えましたけど、あれは一体……」

「ニュート様!」


 客車の窓から塔を見上げた盗賊が、声をあげた。

 敵襲かと思ったが、声はそこはかとなく嬉しそうだ。


「ダンジョンだぜ! こいつぁ!」


 ……やだ…………。

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