報い

「いや、待てって」

 そこで、声がかかった。


「ここで心中されたら、俺たち全員、寝覚め悪すぎるだろ……」

 安倍吉昌が、眉根を寄せて立っていた。


「私の今生の願いだ。頼む」

 クサブキさんの静かな声。


 安倍吉昌が、ため息をつく。


「……なあ、くさぶき。お前、忘れちゃいないだろうな。俺に、まだ、『報い』をしてないこと」


 安倍吉昌の言葉に、クサブキさんは渋面になる。そう、クサブキさんの『お告げ』に応じたのは彼。クサブキさんは、ペンギンたちの餌を貢いでもらった借りを、彼に返さなければならないのだ。


「俺の求める『報い』は、……お前だ」


 クサブキさんは絶句して安倍吉昌を見つめる。


くさぶき。戻って来いよ。また、俺たちと一緒に、戦おう」

「……できるわけが、ないだろう」

 苦々しいつぶやき。


「できるさ。俺たちみんな、ずっとそれぞれ、お前を斬らずに済む方法を、探してた。勝手に成ってくれたのは、予想外だったけど」


 安倍吉昌は、ニヤリと笑う。


「それに俺、鎖つきになっちゃったからさ。もう、前みたいには、術も使えない。お前が戻ってくれて、術使いはやっと、一人前だ」

 

 そこで、安倍吉昌の目は私を向いた。


「それはそれとして、あまねちゃん。成仏したくないなら、いれもの、用意してあげようか」

「え」


 そんな、都合の良いことが、できるのだろうか。

 パチリ、と安倍吉昌の指が鳴り、その手元に、クサブキさんの白うさぎが現れる。


に、何をする」

 クサブキさんの硬い声。

 もなかちゃん。うさぎの名前、可愛すぎる。私は、この状況でもつい湧き出る笑いをかみ殺す。


「これ、俺の式だからさ。……この姿でいいかな」

 つぶやきながら安倍吉昌がうさぎを浮かせると、それは徐々に姿を変える。やがて、そこには懐かしい姿が立っていた。


「私……」

 人間だったころの、私の姿だった。


「薫子ちゃんを見つけた時、あまねちゃん、君の身体に、魂の痕跡をたどって御礼に行ったんだ。その時、一応、式に型を写しておいたんだけど、こんな形で、役立つとはね」

 安倍吉昌は、しみじみと、私をかたどった彼の式神を眺める。


「……ちょっと待って。むっちゃ可愛くない……?」

 いつの間にか安倍吉昌の後ろに浮いていた小柄な男がつぶやく。

「何でくさぶきにばっかり、美人とか可愛い子が行くわけ……?」


 私もクサブキさんも、急展開に黙って座り込んだままだ。


「あまねちゃん。この身体は、人間ではない。見た目も、使い勝手も、違和感はないと思うけど、君は、あやかしに宿ることになる。いいかな」


 安倍吉昌の言葉に、私は、かつての自分の姿を眺める。

 ここに留まれるなら、うさぎのままでも構わないくらいだった。


「問題は、くさぶきかな。ついてこられてる? あまねちゃんがこの中に入ること、受け入れられそう? もちろん、あまねちゃんが入ったら、この式のかせは外すよ」

「……お主、式神を、俺のために手放すというのか」

 クサブキさんは、信じられない、という口調で安倍吉昌に尋ねる。


「いや、そこ気にする? お前たちが手放そうとしていたものと比べたら、話になんないだろ……」

 安倍吉昌は、苦笑いする。


 しばらく、クサブキさんは黙って、安倍吉昌と、かつての私の姿をした、彼の式神を見つめていた。

 やがて深く息をつき、目を閉じる。

 再び開いた彼の瞳に宿っている力に、その場にいる全員が、思わず息をつく。


「……深謝する」


 それが、クサブキさんの、答えだった。

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