霜月  満月 侵入者

「お邪魔しまーす」

 

 最初の客は、能天気な声で、片手で拝むような恰好をしながら現れた。


「うーわ、じゃっきじゃき、なんちて。邪気じゃきすげえな」

 私とその人物の間に立ちはだかる、クサブキさんを眺めてつぶやく。


くさぶき。そんな、ピリピリすんなって。話せばわかる、な」


 そういいながらも、その人物の目は油断なく光っている。

 それから、くるりと足を組んで、空中で胡坐あぐらをかいた。

 クサブキさんに比べると、若干小柄で、結界破りの時のクサブキさんのような、動きやすそうに裾の絞られた、昔風の服装をしている。


「サダミツ。よく、私の前に一人で顔を出せたものだな」

 クサブキさんの声は、聞いたこともない、凍えるような冷たさだった。


「うわ、こわー。ちょっと、俺もうムリ。キンちゃん、頼むわ」

 

 その声に、のそりと、胡坐をかいた男の後ろに巨大な影が立つ。


「……金時きんとき

 クサブキさんの声は、若干和らいだ。


「久しいな、くさぶき。相変わらず、風流ななりだ」

 明らかに重量級、と言った見た目の大柄な男は、目を細めてクサブキさんを眺める。屈託のない笑顔は、本気で再会を喜んでいるようだった。彼は、なぜか、ジャージ姿だった。


「息災か」

「……まあ、鬼だからな。風邪のひきようもない」

 クサブキさんの声音も、ふるい友に対するそれだった。

 しかしその空気も、ジャージの大男の次の発言で終わりを告げる。


「……くさぶき。そこの女人を、お渡しいただくことは、できないか」


 瞬間、クサブキさんの背後から、青い煙のようなものが立ち昇る。

 私には、彼の背中しか見えなかったが、それでも、彼の形相が変わったであろうことは感じ取れた。


「……ことわる」


 次の瞬間、私たちの前の人物は、4人になっていた。

 ひゅん、と私の顔のそばを、何かが通り抜ける。

 私が息を飲んだ時には、すでに次の矢が、眼前に迫っていた。


「……!!」


 瞬時に私の隣に立ったクサブキさんが、手刀で矢を叩き折る。そしてそのまま私を抱きかかえ、背後へ投げた。


「きゃあ」

「もらい!」

「みやび!」


 3つの声が重なる。

 突っ込んでくる小柄な男が私をとらえようとした瞬間、私と男の間に、緑色の壁が生まれて、男を弾き飛ばした。


「みやび、頼むぞ」

 言い置いたまま、クサブキさんは左腰のあたりに右手を構えると、回転しながら一気に横へ振り出した。

 ぎいいんと、金属のぶつかり合うすさまじい音響がこだまする。

 クサブキさんの振り出した太刀を、ジャージの大男の恐ろしい大きさの太刀が受けている。


 クサブキさんは私の隣に飛び戻り、4人の侵入者と、私たちはじりじりと対峙した。


 私の周りを、つたの垣根のようなものが取り囲んでいる。

 その出所を見て、私は仰天した。

 いつも、ナマケモノがぶら下がっている木の枝に、緑色の龍が、うねうねと絡みついている。その口元から、私に向かい、蔦が吐き出されていた。


「……青龍せいりゅう

 4人の侵入者の内、一人だけだいぶ後方に浮き、弓に矢をつがえている人物がつぶやいた。

 

「マジかよ。……くさぶき、おまえ、式使いじゃなかったろ」

 小柄な男が、困惑したような声を上げる。

しき、出されたら、俺たちだけじゃ、厄介だよ……」

「べらべらとうるさい」

 クサブキさんが言い捨てる。


 ふいに、これまでとは威力の違う矢が、私の前の緑の壁を貫いた。

 私の服を、矢が切り裂く。


「あまね!」

 クサブキさんの切迫した声。

 目を戻すと、4,5本の矢が私に迫っていた。とっさに目をつぶる。


 何も、起こらない。


 目を開けると、飛んできていた矢は全て、空中で静止していた。

 矢の先端に、何か白いものが刺さっている。

 それは、私とクサブキさんが作った、あの、アルパカのフェルトボールだった。


「ましろ、まもれ!」

 クサブキさんの声。

 瞬間、私の周囲を繭のように、白い糸が覆う。


白虎びゃっこ……」

 弓の男のつぶやき。


「二体目!? どんだけ、持ってんだよ。勘弁してくれよ」

 小柄な男のぼやき。

「これ、力づくじゃ無理だろ、出直そうぜ。術使いがいなきゃ、どうにもなんないよ」


 一瞬、侵入者たちの動きが止まる。




「……いや」


 そのとき、これまで軽く下を向いて静かに立ち尽くし、微動だにしなかった、最後の4人目の侵入者が声を出した。


「鬼と通じた巫女は、俺が斬る」


 静かに言い切ると、その男の目が上がり、まっすぐに私をとらえる。

 今までの3人とは、格の違う威圧感だった。


(敗ける。斬られる)

 私は、覚悟を決める。


 

 そのとき。



「はいはい、そこまでー」


 ぱんぱん、と手を叩く音がして、陽気な声に場の緊張が切れた。


 ふい、ともう一人、男が現れる。

 彼は何故か、アロハシャツに短パン姿だった。


「……おい」

 小柄な男が、これまでのキャラにない低い声を出した。


「あんた、どこに行ってた」

「え、沖縄?……ほら、緊急事態宣言、解除されたし?」

 アロハシャツの男はへらへらと周りを見回す。


「それにしても、何でこんなことになってんの。ドンパチやるなって、伝言、しといただろ」

「聞いていないな」

 右手を腰に構えたまま、クサブキさんと対峙していた4人目の男が、底冷えするような声で言った。


「マジか」

 アロハシャツの男は、ポリポリと頭をかく。


 それから、無造作に私に歩み寄ると、突然、現れた太刀で袈裟懸けさがけに私を切り下した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る