第25話・ストゥーリアの戦い
林道家の家事は全て龍雅が一任している。
掃除・洗濯・料理に加え子供達の遊び相手。
龍雅は仕事をしていなければ、学校にも行っていない身である。例外としては、月に数回近所の農作業を手伝うだけ。
そんな彼でも、毎日の家事によって疲労が蓄積されていた。
珍しくへとへとな状態。
だからこそ、突然の次女の発言に対して理解するのが遅れてしまった。
「今日は私が料理を作るのです!」
「……何て?」
「何度も言わせるなです。今日は私が料理を作るのです」
「冗談ならフレアに頼む。今疲れてるんだ」
良く分からないことを言う次女を放置し、台所へと向かおうとする。
「冗談じゃないのですー! 私に任せるのですー!」
龍雅の服の裾を掴み食い下がるストゥーリア。
どうやら本気らしい。
「でもお前したことないだろう」
「何時も人間が作る姿を見ていたので大丈夫なのです。それに──」
「それに?」
「ふっふっふ」と、謎の自信を見せながらストゥーリアが後ろ手に隠していた本を出す。
「私にはこれがあるのです!」
目をキラキラさせながら彼女が取り出したのは人気料理漫画。
無駄な自信はそこから来ているようだった。
(あ。あー)
「さて今日は簡単に作れるものにするか」
「無視するなです!」
「いやいやいや、漫画と現実は違うって」
「やってみなきゃ分からないのですー」
「分かるに決まってんだろ!」
漫画に限らず、技術書やマニュアルだけを読み全てを分かってしまったような気を覚えるのは子供あるあるだ。
どうにかならないのは火を見るよりも明らかだった。
「じゃあせめて一緒にやるのですー」
「一緒にぃ?」
つい疑ってしまうが、これは良いことだ。
家事を全部が全部1人でやるから疲れてしまうのであって、分担出来れば龍雅の負担は減る。
彼女が戦力になるのは、龍雅にとって有難い話である。
そう思ったら少しだけ考えが前に傾いた。
「んー、分かった。じゃあコックを頼んだぞ」
「任せるのです! 大船に乗った気でいるのです!」
(不安しかないが、実際問題やってみないと分からないか)
そしてストゥーリアは真っ先に椅子をシンクの前に置くと、その上に乗り手洗いを始めた。
「お、良いね」
「これぐらいは当然なのです」
鼻高々に言う次女を横目に龍雅もまた手洗いに混ざる。
普段はそこまで意識して行っていないが、ストゥーリアの目にはしっかりと焼き付いていたのだろう。
「で、シェフがお作りするメニューはなんでしょう?」
「オムライスにしようと思うのです!」
(ほぅ、オムライスか)
突き詰めればいくらでも難しくなる料理であるものの、こだわらなければ簡単な方の部類である。
初心者には比較的手が出しやすいメニューだろう。
「材料はあるしいけるな。サラダとわかめスープも付ければバランスも良い」
「ふっ、私もしっかりと考えているのです」
「恐れ入ったよ。んじゃまずは――」
「デミグラスソースを作るのです!!」
「待て待て待て急に難易度を上げるな! ソースはトマトケチャップで充分だ」
「冗談じゃないのです。シェフの意向は絶対なのです!」
(くっ、面倒な奴め。ただでさえ量を作らないといけないのに余計な手間が掛かるだろ)
「オムライスとなると、ソースにはしめじとかマッシュルームが欲しいだろ」
「まあそうなのです」
「だろ? でも今日は冷蔵庫に無い。中途半端なものを作るのはシェフも納得出来ないんじゃないかー?」
「むむっ、一理あるのです」
難しい顔を浮かべる次女。
彼女なりに思考を巡らせているようだ。
「だろっ。次の機会にしようぜ」
「……仕方ないのです。」
「んじゃ、まずは野菜切ってくか」
冷蔵庫から人参、玉ねぎ。ついでに鶏肉と卵を取り出しておく。
「さて、まずは玉ねぎをみじん切りにしていくぞ」
「包丁はっと、あったのです」
「ちょちょちょちょいちょい! 何だその持ち方は!?」
何故か逆手に握るストゥー。
何もかもが間違っている。
「えぇ!? ポチョムキン師匠はこうやって持ってたのです!」
「誰だよそいつ!?」
「まさか師匠を知らないのです!? 師匠はクマ殺しと呼ばれる裏料理界最強の芸人なのですよ!」
「料理人なのか芸人なのかはっきりしろ。つか刃物はちゃんと握れ」
「でも師匠はこれで切って――」
「ちゃんと握りなさい!」
「分かったのですぅ」
渋々ながらストゥ―が包丁を握る手を改める。
続いて、彼女の小さな手の上から龍雅もまた包丁を握った。
「な、何をするのです!?」
「危ないからな。最初は2人でやるぞ」
「な、何だか恥ずかしいのですよ」
「文句を言うな。ほらっ、左手はこうやって猫の手だ。で、玉ねぎのお尻を切って」
レクチャーしながら一緒に具材を切っていく。
やはり知識と実践は違うようで、すんなりとはいかなかった。
それは他の工程も同じだった。
「こらこら一週間分の鶏肉を使うんじゃない。何こそっと使う量を増やしてる!」
「レタスはちぎれって言ったんだぞ。粉々にするな」
「フライパンを謎に横に一回転させるんじゃない!」
「卵を投げるなぁ!! いや、何で中身だけ鍋に入ってんだよ!」
「塩を入れるときだけ変なポーズしなくて良いから。カリスマとかいらんから」
ストゥーリアと格闘すること1時間。
肩で息をする龍雅の前にはどうにか料理が並んでいた。
形は悪いもののどうにかそれっぽくは仕上がっている。
メニューの選択が良かったおかげで、それほど悪いようには見えない。
初めてということを考慮すれば充分すぎる出来だろう。
「龍雅がごちゃごちゃ言うせいで、綺麗に出来なかったのです」
「俺のせいなのか」
が、シェフはご不満らしい。
「今日は随分と個性的」
「何かぐちゃぐちゃだねー」
廊下からぞろぞろと姉妹がやってくる。
そして思い思いの感想を口にした。
「い、嫌なら食べなくとも良いのです!」
「何でストゥーがおこるの?」
「ふっふっふ、今日は私が作ったのです」
「何を?」
「料理に決まってるのです!」
ゼファーとフレアが揃ってこちらを見てくる。
露骨に不安そうな表情をしていた。
「俺も手伝ったし見た目よりかは悪くないって。ほらっ、作ってくれたストゥーに感謝して食おうぜ」
「そうです。全力で褒めるのです」
そして龍雅はスプーンを手に取ると、ケチャップの掛かった卵焼きと一緒にチキンライスを口の中に入れた。
(ん――うん。うん? ―――うんんんんっ!?)
間違いなくオムライスを食べたはずだった。
形は悪くとも、チキンライスと卵とケチャップが揃えばそれは間違いなくオムライスだ。
が、龍雅の口の中は明らかに何か違うもので溢れていた。
「あまっ!?」
「何これ!? ケチャップじゃ、ない!?」
ストゥー以外の3人が咄嗟にスープに手を伸ばし口に運ぶ。
せめてスープはおかしなものでは無いだろうという当然の期待を込めて!
「「「ぶふっ!?」」」
そして3人して吹き出した。
頭をハンマーで殴られたような衝撃が走ったからである。
「何ごれぇ!? じょっばい!!」
「なに入れだんだおまえぇ!」
海水よりも遥かに濃度が高い塩水にやられた喉を抑えながら叫ぶ。
「
「おまっ!? じゃあこのケチャップは!?」
「チキンライスを作った時にケチャップが足りなくなったのですよ。だからイチゴジャムを足して増やしたのです。人間のミスをカバーしてやったのです」
(こいつ目を盗んではちゃっかり行動してやがった!?)
「たまごも甘いのは?」
「こっそり隠し味の砂糖を混ぜたのです。ポチョムキン師匠も漫画でやっていたのです」
(ポチョムキンおまえぇぇぇぇ!!)
「ストゥー!!!!」
ゼファーが凄い形相で次女を睨んでいた。
ご飯に目が無い彼女にはこの現実は酷過ぎるものだったらしい。
「食べ物で遊ぶのはダメ!!」
「遊んでないのです。私は真剣に作ったのです!」
「こんなのたべられないよう。ストゥーはへいきなの?」
「勿論平気に――」
全員の反応を見るためにまだ食していなかった次女が問題作を口に運ぶ。
瞬間、彼女の余裕たっぷりだった顔が酷く歪んだ。
「もう、ストゥーのバカぁ!」
「信じられない。怒りを通り越して不愉快」
「何でそんなに怒るのですか! ちょっと失敗しただけなのです!」
「ちょっとじゃない!!」
ご飯はドラゴン達にとって至福の時間。
それが邪魔をされたとあって、フレアとゼファーの怒りは相当だった。
龍雅はというと、疲れも相まって
結局、ストゥーの魔の手を逃れたチキンライスとサラダだけ食べることとなった。
その間、ストゥーリアの顔は悲哀と悔しさに満ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます