第16話・小さな戦争
「りょうがはアタシとあそぶの!」
「違うのです! 人間は今から絵本を読むのです!」
土曜日の昼過ぎ。
雨の音など気にも止まらないくらい、龍雅は長女と次女の喧嘩に巻き込まれていた。
それぞれ龍雅の片腕を引っ張り合い、自分と遊ぶのだと強調する姿は可愛くもある。
しかし今は、素直に腕の痛みの方が先行していた。
「俺、届いたパソコンの組み立てしたいんだけど!」
「パソコンなんて私が一人立ちしたら存分に
「何年後の話だよ!」
「うー! りょうがはアタシとチュパカブラさがしにやねうらに行くんだからぁ!」
「嫌なんだが!? 実在したとしても純粋に嫌だよ!!」
必死に叫んで見るものの思いは伝わらない。
最早龍雅の腕よりも上着の方が持たなそうだった。
肩の辺りがミシミシと音を立て始めた時、急にインターホンが鳴り響いた。
「ほらっ、お客さんだから離してっ!」
「橋爪だから問題ないのです! 匂いで分かるのです!」
「友達でも応対しないといけんだろうがっ──ってもう! ゼファー行ってきてもらえるか」
「ん」
しれっと部屋の隅で生き物図鑑を読んでいた三女に依頼する。
彼女は気だるそうに返事をすると、もそもそと玄関の方に向かっていった。
「手を離すのですー!」
「そっち、こそー!」
腕を掴む力が更に増す。
いよいよ服も腕も限界だった。
「おっす、林道。って何だ? 大岡裁きか?」
大岡裁きとは、ある捨て子に対して、親を名乗る2組の女性が親権を求めて子供の両腕を引っ張ったという落語である。
話の中では、痛がる子供を案じて先に腕を離した方が親と認定されていたが、このドラゴン達が話を知っているとは思えなかった。
仮に知っていても離してくれそうではないが。
「冷静に見てないで助けてくれ!」
「モテモテで良いじゃん?」
「痛いんだよ!」
「しゃーないな」
やれやれといった具合で親友が長女と次女を
「こうなったらお互い一歩も引けないだろ?」
「もちろん!」
「当然なのです!」
「それじゃあ」
勢い良く答えた2人を見ながら橋爪がにんまりと笑う。
「ゲームでケリをつけようぜ」
「「ゲーム?」」
彼女達が脱力する直前、びりっと嫌な音がした。
★
「はい、これでアタシのかちー!」
「はぁ!? ズルなのです! 卑怯なのです!」
来訪者により、突如始まったゲーム3番勝負。
最初のお題目であるオセロで1本取ったのは、意外や意外フレアの方だった。
これに関しては、フレアが強いというよりもストゥーリアの弱さが目立った形だ。
知識はあっても経験に活かせるほどではないらしい。
ところで。
「何で俺は縛られてるわけ? しかもリボンで」
「そりゃあ商品だからな」
さも当然のことと言った口振りで友が返してくる。
「橋爪! 次の勝負を言うのです!」
「えー、もう一回オセロしようよー」
「こんなクソゲーやってられないのです!」
何処からそんな言葉を仕入れてくるのか。
ストゥーリアは目をギラギラさせながら、橋爪に近寄った。
「次はそうだな。じゃあこれで」
橋爪はにこやかに背後から次のゲームを取り出した。
「何なのです、これは?」
「海賊危機一髪。タルの中に順番に剣を刺していって、中の人形を飛び出させた方が負けってゲームだ。簡単だろ?」
「ふーん」
あまり興味がなさそうにフレアはゲームを受け取った。
そして試しにとばかりに剣を穴に入れてみる。
すると。
「わ!?」
見事に1本で飛び出た。
ある意味かなりの豪運だった。
「これは?」
ストゥーリアがちらりとこちらを向く。
「あー、フレアちゃんの負けだな」
「なっとくいかない! 今のはおためしだもん!」
それはそうだろう。
初めてやったゲームで初手で負ければ誰だって同じ反応を返す。
「ふふふ、私は構わないのです」
「良いのか? 勝ちは勝ちだぞ」
「勝った気がしない勝負には何の意味もないのです」
中々に大人の台詞を残し、中の人形をセットする次女。
「今度は私からなのです」
あっさり剣を刺したと思うと姉に渡す。
その目はとても力強かった。
「さあフレアの番なのです」
「あとでこうかいしても知らないからね! えいやっ!」
勢いよくフレアが剣を樽に差し込む。
途端、中の黒髭の人形が勢いよく外界へと飛び出した。
「なんでっ!?」
意味が分からないとばかりに赤髪の少女が叫ぶ。
全てを見ていたはずの龍雅も意味が分からなかった。
それは他の2人も同じだったようで、ぽかんと口を開けていた。
「だ、第2戦はストゥーリアちゃんの勝利だな」
「えええええっっ!?」
フレアが思いっきり叫ぶ。
気持ちは痛いほど伝わってきた。
「ツイてるのかツイてないのか分からないのです」
★
「3戦目はこれだ!!」
一番楽しんでいるのは無いかと思えるほどの声量で、親友が叫びながら何かを取り出した。
勝負に問われるものが知力、運と続けば次は大体予想は出来た。
しかしながら、彼が取り出したゲームのスケールは龍雅のそれを超えていた。
「これは、何なのです?」
ストゥーリアが初めて目にするものに触れながら言う。
「パンチングゲームだ。つってもパンチ力を測るだけだからゲームではないんだけどな」
橋爪がボクシングの練習で用いるミットのような物体を手にはめながら答えた。
勝負の当事者達にはあまりピンと来てないようだったが。
「ようはそれをたたけば良いの?」
「ああ。点数が出力されるから高い方が勝ちな」
ミットの電池カバーを外し、新品の単三電池をはめていく橋爪。
(衝撃力を数値化するってわけか。大丈夫かな)
「橋爪、橋爪」
「何だ林道」
「相手は子供とはいえドラゴンだぞ。大丈夫か?」
「プロボクサーが全力で殴ってもびくともしないらしいし、イケルイケル」
「俺が心配してるのはお前の方なんだが」
「気にし過ぎだって。それにちゃんと力を測っておくのも大事だろ」
「それはそうだけど」
意気揚々と構える親友に、龍雅はそれ以上何も言えなかった。
しかしながら、これから起こり得る悲劇を予想してか、後ろ手にひっそりと友の背後の戸をあけた。
彼の後ろには中庭が見えており、雨こそ止んできているが水溜まりが幾つか出来ていた。
「さあこい」
橋爪がミットを少女の前につきだす。
それに応えるようにストゥーリアが前に立った。
「まずは私からなのです」
青髪の少女はゆっくりと腕を引いた。
まるで
加えて橋爪とは身長差がある。
幾らなんでもだいの大人が吹っ飛ばされることなど無いだろう。
そう、人間同士なら。
「せーい!」
「うぉーい!?」
ストゥーリアが繰り出したパンチを受け、橋爪が1メートルほど後ろに追いやられた。
思った以上の力だったようで、友の顔は驚きに溢れていた。
「マジ?」
何故かこちらを見てくる。
「マジマジ」
首を縦に振りながら返す。
ようやく現実を理解したらしい橋爪。
そして、顔をひきつらせながら機械の数値に目線を移すや否や、今度は青ざめていた。
「俺より遥かに高いんだが!?」
「何度でも言うがこいつらドラゴンだからな……」
「今どはアタシのばん!」
凍りつく橋爪の前に今度はフレアが出てくる。
「あー、えっと。引き分けってことでやめないかな?」
フレアは妹達の誰よりも活発なのは周知の事実である。
力もきっと強い。
そう予想した親友の心は激しく揺れていた。だが、そんな大人の事情など子供には関係無いわけで。
「やめない!」
彼女がこう答えるのも当然だった。
「むぴー!?」
次の瞬間、橋爪はカエルが潰れるような音を放ちながら中庭へと飛んでいった。
結果、勝負はフレアの勝ちだったものの、白目を向いた友の対応に追われ有耶無耶となった。
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