第31話 従姉妹と、修羅場る


  *


 幟谷子鯉の問題を解決した俺は、一糸家に帰ることにした。


 その帰り道、なぜか陽葵と葵結とで手をつないで帰路についているところだ。


「なぁ……陽葵、葵結」


「なに?」


「なんでしょう、蒼生」


「どうして、こうなった……?」


「蒼生が、わたしのものになったからだよ」


「なにを言っているのですか? 蒼生は家族なのですよ? みんなのものに決まっているじゃないですか」


「あはは……」


「ふふっ……」


「…………」


 俺を真ん中に挟んで、陽葵と葵結が楽しそうに会話をしているけど、なんか怖い……。


「あのさ……」


「うん?」


「はい?」


「なんで、こんなことになってるの?」


「それは蒼生が、好きだからだよ」


「はい。蒼生は、わたしの大切な家族ですもの」


「……そっか」


「あのですね、蒼生……」


「ん?」


「わたしを選んでくれましたら、もっと気持ちよくさせてあげられますわよ?」


「えっと、……それってどういう……」


「陽葵よりも、わたしのほうが上手にできるということですね」


「は?」


「えへへ……わたし、自信があるのです。陽葵には負けませんよ?」


「いや、どういう意味だよ……」


「うーん、でも、わたしも負けるつもりはないんだけど……」


「陽葵は、いつも蒼生と一緒にいますよね? 蒼生の部屋にも入り浸っているみたいですし」


「葵結は、しょっちゅう蒼生のそばにいるじゃん」


「うっ……」


「蒼生、どうしたの?」


「蒼生、どうしましたか?」


「なんでもないよ」


「えへへ……」


「うふふ……」


 ……と、まぁ、そんな感じで、俺は左右からの視線に怯えながら歩いていくのだった。


  *


 一糸家に帰ってきた。


「ただいま」


「蒼生、おかえり〜」


 出迎えてくれたのは、一華さんだ。


 ――そう思った瞬間、柔らかい物体が俺の顔面に押し付けられる。


「むぐっ!?」


「蒼生お兄ちゃん、おかえり! ぎゅ〜♪」


「……!」


 俺の顔を押し潰しているのは……。


「咲茉っ!」


「えへへ……会いたかったよぉ、蒼生お兄ちゃん」


「いきなり抱きつくのはやめてくれよ……」


「えぇ……? でも、蒼生お兄ちゃんも、嬉しいでしょ?」


「それは……」


「今日は大変だったから、あたしが癒やしてあげようと思って」


「そ、そうなのか……」


「うん。だから――」


 突如、口に柔らかな感触が伝わる。


「……ッ!」


 俺は驚いて目を見開いた。


 目の前に咲茉の顔があって、彼女は目を閉じている。


 そして、彼女の唇が俺の口に触れていた。


「ぷはっ……」


「…………」


 俺は唖然としたまま、呆然として言葉を失う。


「ごちそうさまでした♪」


 咲茉は、ぺろりと舌を出すと、可愛らしい笑顔を浮かべた。


『…………』


 俺と陽葵と葵結は、無言で固まってしまう。


「蒼生お兄ちゃん、だーい好き……!」


 ちゅ……と再びキスされる。


「…………」


 俺は声も出なかった。


 すると、陽葵と葵結が俺の前に立つ。


「蒼生……」


「蒼生……」


 ふたりは、にっこりとしているけど、暗黒をまとったような表情をしていた。


「わたしも……」


「しますね……」


 ふたりがキスしようとしてくる。


「ちょ……待ってくれ……」


 俺は慌てた。


「ダメ!」


 咲茉が俺にしがみついてくる。


「蒼生お兄ちゃんは、あたしのものなんだよ! あたしの恋人なんだから!」


「えっ?」


 そんなこと、咲茉から一言も聞いていないのだが……。


「蒼生お兄ちゃんは、あたしと結婚するんだもん!」


「ちょ、ちょっと待て……!」


「蒼生は、わたしと付き合ってるの!」


「最初にキスしたのは、わたしですけど!」


「最初に好意を示したのは、間違いなく、このあたしなの!」


 三人の女の子たちに迫られる。


「あはは……みんな、落ち着いてくれ……」


 俺は止めようとするが、彼女たちが止まらない。


「もう……! 蒼生は、わたしのなんだから! 誰にも渡さないんだからぁ!!」


 陽葵は、大声で叫ぶと、泣き出してしまった。


「……付き合ってるのは、わたしなのにぃ……うぅ……ひくっ……」


「あぁ……泣かないでくれよ……」


 俺は困ってしまうが、陽葵を慰める。


「大丈夫だから……な?」


「蒼生……」


 陽葵が顔を上げて、じっと見つめてくる。


「あのさ……」


「なに?」


「俺と陽葵は、本当の意味で恋人になろう」


「えっ?」


「俺は陽葵のことが好きだよ」


「ほ、本当に?」


「ああ、本当だ」


「じゃ、じゃあ……」


「陽葵のことが好きだから、陽葵だけを彼女にするよ」


「えへへ……やったぁ……」


 嬉しそうな顔をする。


 そのあと、彼女は俺に抱きついてきた。


「蒼生、大好き……」


「うん。俺もだよ」


「えへへ……♪」


 俺と陽葵は見つめ合う。


「じゃあ、お口直ししますわね」


「――は?」


 葵結が突然、俺にキスをする。


 ……この流れで、なぜ……?


「わたしとも付き合いましょう。蒼生」


「えっと……」


「陽葵だけなんて、ずるいですわ。わたしも蒼生の恋人になりたいんです」


「葵結……」


「わたしも蒼生を愛しています」


 葵結は真剣な眼差しで、俺の目を見て言う。


「蒼生は、わたしも選んでくださいますよね?」


「…………」


「選んでくれないなら、蒼生のそばにいますわ」


「それは……」


「蒼生、わたしは蒼生が好きです」


「…………」


「だから、蒼生と離れたくないのです」


「葵結……」


「それに、蒼生だって、本当は陽葵だけの彼女になるのは嫌なのでしょう?」


「いや、そんなことは……」


「ふふっ……蒼生は優しいですね」


 葵結は俺の頬に手を当てて微笑む。


「でも、わたしには、わかります。蒼生は、陽葵だけにしか自分の気持ちを伝えていませんよね?」


「それは……」


「陽葵のことを考えているふりをして、結局は自分が傷つきたくなくて逃げてるだけです」


「…………」


「蒼生は、いつも自分より他人を優先してきました。でも、それは同時に、あなた自身が救われていないということでもあります」


「……それは」


「わたしは、そんな蒼生を放っておけませんでした。だから、蒼生が自分を偽ってまで守っているものを壊したくなったんです」


「…………」


「だから、わたしも選んでください。わたしも蒼生を守りたいのです」


「葵結……」


「蒼生が、わたしのことも愛してくれるのであれば、わたしは幸せです。だから、お願いします。蒼生」


 葵結が優しく笑う。


「わたしも蒼生の恋人にしてください」


「…………」


 俺は言葉が出なかった。


 咲茉も俺のことを見ている。


「蒼生お兄ちゃん……あたしも恋人にして」


「咲茉……」


「あたしは、蒼生お兄ちゃんと一緒にいたいの……」


 咲茉は目に涙を浮かべていた。


「あたし以外の女の子に渡したくない……! だけど、蒼生お兄ちゃんが陽葵お姉ちゃんを選ぶなら、あたしのことも選んでほしい……!」


「…………」


「咲茉は、ずっと蒼生お兄ちゃんと一緒にいたかったから……。だから、咲茉も蒼生お兄ちゃんの特別になりたい……」


 咲茉が悲痛な表情で言う。


「咲茉も蒼生お兄ちゃんのこと、好きなんだよ……?」


「咲茉……」


 俺は迷っている。


 彼女たちの想いは本物だ。


 だからこそ、俺は答えないといけない。


 彼女たちは俺を求めている。


 でも、複数と付き合うなんて不誠実なことはできない……。


 俺は、どうすればいいのか……。


「みんな……俺は……!」


「あのさ〜! 玄関の前で修羅場るのやめて〜!」


「あっ……」


 一華さんがいたことを俺たちは忘れていた。


「どしたん〜? 話きこか〜? お姉ちゃんにわかるように説明して〜? どうしてこうなった〜?」


『…………』


 俺たちは、ここが玄関だということを思い出した。


 しかも俺にとっては、居候している親戚の家の……だ。


「とりあえず、中に入って〜!」


「はい……」


 俺は素直に一華さんに従う。


 陽葵と葵結と咲茉も、大人しくついてくるのだった。

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