第25話 従姉妹と、ずっと苦しい状況


  *


 琴葉さんはお茶を用意してくれた。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


 俺は礼を言う。それから、俺たちは向かい合って座る。


「あの、琴葉さん……」


「なに?」


「どうしたんですか? こんな時間に……」


「うん、実はね……幟谷子鯉くんのことなんだけど……」


「…………」


 俺は思わず黙り込む。


「幟谷子鯉くんという生徒は、とても危険な人物だと思うの」


「それは俺も思います……」


「だから、気をつけてね……」


「えっ?」


「もし、幟谷くんに絡まれたら、私に連絡してほしいの」


「どうしてですか?」


「だって、蒼生くんは、そういう人間と対立する立場だしね。風紀委員だし……」


「ああ……」


 俺は納得する。確かにそうだ。幟谷子鯉は不良であり、俺にとっては敵対関係にある存在だ。


「それに、私は蒼生くんのお姉ちゃんでもあるからね」


「そうですね……正確には従姉弟ですけどね」


 俺は少し考えてから、口を開く。


「わかりました。なにがあっても、琴葉さんには連絡します」


「うん、お願い……それと」


「はい?」


「これからは、なるべく私たち家族を頼ってほしいの」


「えっ?」


「だって、私たちは蒼生くんの家族だもん。血のつながりは、ちょっとだけある従姉弟だけど、それでも、蒼生くんは私の大切な弟だよ」


「琴葉さん……」


「だから、困ったことがあったら、なんでも相談して。遠慮は絶対にしないで。約束してくれる?」


「……わかりました。できるだけ、頼ります」


「ありがとう」


 琴葉さんは微笑む。


「それじゃあ、そろそろ部屋に戻りましょうか」


「はい……」


 俺は立ち上がる。


「ああ……でも、最後に」


「えっ?」


「助けてくれて、ありがとね。かっこよかったよ」


 琴葉さんはそう言って、優しく頭を撫でてくる。


「…………」


 俺は無言のまま、琴葉さんのなすがままにされていた。恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じる。


「蒼生くんは、がんばっているよ。感謝してる。キミの噂は決して悪いものじゃないと思う。だから、自信を持って」


「……ありがとうございます」


「じゃあ、戻ろうか」


「はい」


 琴葉さんが自分の部屋に戻っていくのを見届ける。


「おやすみなさい」


「はい……おやすみなさい」


 俺も自分の部屋に戻り、咲茉は俺のベッドで横になっているのを確認する。


 どうやら、ちゃんと眠っているようだ。


(咲茉、結局ひとりにして、ごめん……でも、そばにいてくれようとしてくれて、ありがとな……)


 心の中で咲茉に感謝しながら、俺は眠りにつくのであった。


  *


 ――次の日の朝。


「おはよう、お兄ちゃん……」


「おはよう、咲茉……」


 目を覚まして、挨拶を交わす。咲茉の目元を見ると腫れていた。昨日のことを引きずっているのだろう。


「お兄ちゃん……」


「なんだ?」


「あのさ……お兄ちゃんは、本当にすごいよ……」


「急にどうしたんだ?」


「だって、お兄ちゃんは、あんなにも怖い目に遭ったのに、わたしを助けてくれた……」


「…………」


「お兄ちゃんは、やっぱり優しいよ。かっこいいよ……」


 咲茉の声は震えていた。


 きっと、怖い思いをしたのは咲茉も同じだろう。


 だが、咲茉はその恐怖を我慢してまで、俺を褒めてくれるのだ。


 そんな妹を俺は誇らしく思う。


「ありがとう……咲茉」


 俺は礼を言った。


 そして、そんな会話をしたあとに、ふたり揃って朝食を食べるためリビングに向かうと――そこには一華さん、琴葉さん、陽葵、葵結がいた。


『おはよう(ございます)!』


 そこにいた全員が声を揃えて言った。まるで、俺たちを待っていたかのように……。


「おはようございます!」


 俺も全員に返す。


「お姉ちゃんたち、おはよう!」


 咲茉も元気よく返した。


 こうして、俺たちは朝を迎える。


「蒼生、今日もよろしくね〜」


「はい、こちらこそ!」


 笑顔の一華さんに、俺は返す。


「咲茉も、今日もがんばろう!」


「うん! お姉ちゃん!」


 咲茉は嬉しそうな顔をする。


「さて、カフェの準備をしよう〜! 朝ごはんを食べたらね〜!」


「はい、もちろんです!」


 俺はやる気を出して返事をする。


「おー!」


 咲茉も拳を上げて気合いを入れる。


「ふぁ……」


 あくびをする琴葉さん。まだ眠たそうな表情をしている。


「琴葉さん、大丈夫ですか?」


「うん、なんとか……」


「無理しないでくださいね」


「うん、わかったよ」


 琴葉さんはうなずく。


「ねえ、蒼生……」


「んっ?」


 陽葵が話しかけてきたので振り返る。


「その……えっと……」


「どうかしたのか?」


「……昨日のことなんだけど、幟谷くんみたいな人が、また、カフェ・ワンスレッドに来たら、どうする?」


「まあ、そうだな……」


 俺は相槌を打つ。確かに、昨日の幟谷子鯉のような人間が再び現れたら、危険なことは間違いないだろう。


「……そのときは、また俺が対応するさ」


 俺は即答する。


「……わかった。ありがとう」


「気にすんな」


 俺は軽く笑ってみせる。


「じゃあ、カフェ・ワンスレッドへ行こうか」


『おー!』


 みんなが元気よく返してくれた。


 それから、カフェ・ワンスレッドの営業が始まる。


  *


 昨日と変わらずに営業できるはずがなかった。


 幟谷子鯉のせいだ。


 幟谷子鯉という不良のせいで、客足は遠退き、売り上げは激減してしまった。


 だからと言って、店を閉じるわけにはいかないだろう。


 生活をするためのお金を稼ぐために働いているのだから。


 つまり、このままではいけないのだ。


 ――そう考えた俺は、ある行動に出ることにした。


「あの……一華さん……」


「なにかな? 蒼生?」


 仕事中、俺は一華さんに声をかける。


「昨日、来ていた幟谷子鯉という一糸学院の不良生徒ですけど、ちゃんと訴えたほうがいいと思います」


「えっ?」


 一華さんは驚いているようだった。


「どうして、そう思うの?」


「えっと、それは……」


 俺は口ごもる。


「蒼生くんが心配しているのは、お金のこと?」


「そうですね……」


「なるほど……」


「はい……」


「確かに、このままだと生活が苦しくなって、家族の生活に影響が出てしまうかもしれないもんね……」


「はい……」


 俺は深刻そうな顔で言う。


「でも、私は訴えるつもりはないよ」


「えっ!?」


 予想外の答えに驚く。


「なんでですか?」


「だって彼、力で押さえつけはしたけど、暴力を振るったわけじゃないから」


「でも、あいつは……」


「だからって、私は、なにもできないよ。警察だって同じだよ。証拠がないと動いてくれないと思うよ」


「…………」


 俺は黙り込む。


「それに、訴えてどうするつもりなの? まさか、裁判を起こすとか言うんじゃないよね? それなら、お金がもっとかかるよ。今の私たちの状況じゃ、とてもじゃないけど払えないよ」


「…………」


 俺は言葉を失う。


「……ごめんなさい」


「ううん、わかってくれればいいんだよ」


 一華さんは微笑む。


「蒼生くんの気持ちは嬉しいよ。本当に感謝してる。でも、私にできることは、お店を閉めないように努力することだけなんだ」


「……わかりました。変なこと言って、すみませんでした……」


 俺は頭を下げて謝った。


「そんなに自分を責めなくていいよ。蒼生は正しいことを言ったんだから」


「……ありがとうございます」


 俺は礼を言う。


「ほら、今は仕事に集中しないと! お客さんを待たせちゃダメだよ!」


「はい!」


(やっぱり一華さんはすごいな。俺よりも大人だ)


 改めて一華さんのすごさを実感する。それと同時に申し訳なく思った。


 ――俺なんかより、ずっと苦しい状況なのに……。


 それでも、笑顔を絶やさない一華さんを見て、俺もがんばろうと思えたのだった。

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