第17話 従姉妹と、お風呂


  *


 それは俺たちが夕食を食べているときだった。


 咲茉の様子が、なんだか変だったのだ。


 それもそうか。


 俺と朝、あんなことがあったもんな。


 咲茉は思春期なのだ。


 異性が近くにいたら、それなりに意識して当然なのではないだろうか。


 だけど、俺と咲茉は従兄妹だ。


 血のつながりがあるから、兄妹みたいなものだから、そこまで無神経な行動は取れない。


 でも、このまま朝のことを黙っていたとしても、いずれはバレてしまうだろう。


 それならば、早めに話したほうがいいかもしれないけど、慎重に対応したほうがいいと、そのときの俺は思ったのだが、俺は気づいてしまった。


 咲茉は顔が真っ赤になっている。


 まさか……風邪を引いてしまったのか?


「大丈夫か? 熱でもあるんじゃ……」


 俺は手を伸ばして、咲茉のおでこに触れた。


 すると、咲茉の身体がビクンッ! と震えて、目を大きく見開いた。


「あっ……」


「えっ……」


「うわああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっ!」


「ど、どど、どうしたんだぁっ!?」


「あ、ああ、あああ……」


「おい、しっかりしろっ! 大丈夫なのかっ!?」


「だ、だだ、だいじょ〜ぶだよ! 心配しないで!」


「えっ……」


「べ、別に、なんでもないよ! 本当に! ぜんぜん! まったく! 大丈夫だからっ!」


「そ、そうか……」


「じゃあ、あたし、先に部屋に戻るからっ! ごちそうさまっ!」


「あ、ああ……」


 いったい咲茉は、どうしてしまったんだ……?


 一華さんと琴葉さんと陽葵に「咲茉は大丈夫なのか?」と聞いてみたが「さぁ?」と首を傾げられただけだった。


 そして、咲茉の行動はエスカレートしていくようになり、俺とお風呂に入るまでに発展してしまうのだった。


  *


 俺は風呂場で今日の咲茉のことを考えていた。


 どうして、こうなったのだろうか。


 本当に意味がわからなかった。


 でも、咲茉の気持ちを考えれば、わかってあげるべきだったのではないだろうか。


 しかし、いくら考えても、俺には理解できなかった。


 俺は女心というものがわからない。


 まあ、それは男だから仕方がないと思う部分はあるけど。


 でも、俺が咲茉にしてあげられることがあるとしたら、それはなんだろうか。


 目の前の純粋無垢な咲茉を見て、思うのだった。


「蒼生お兄ちゃん……」


「ん?」


「お背中を流します」


「ああ……あっ!?」


「どうかした?」


「いや、その……なんで……」


「嫌……なの?」


「そういうわけじゃ、ないけど……」


「なら、問題ないね!」


「…………いや、でもっ!」


「はいはい、早く早く」


「ああ……、ああ…………」


 出ていけっ! ……と、ピシャッと言えるくらいの鋼の意志を俺は咲茉に示せなかった。


 俺は咲茉にされるがままに……咲茉は一生懸命、俺の身体を洗ってくれている。


 俺はというと、咲茉の裸を見ないように目を閉じていた。


 これは俺なりの優しさなのだ。


 決して、邪な感情を抱いているわけではない。


 そう自分に言い聞かせる。


 だが、咲茉は、なぜか不満そうな声をあげた。


「むぅ〜」


「どうした?」


「あたしのほうをぜんぜん見てくれないね」


「そりゃそうだろ。咲茉は、まだ子どもなんだし」


「もう……また、そんなことを言う。本当は興味津々なくせに。それに……あたしの胸に興味あるでしょ」


「な、なに言ってんだよ。俺は中学生の女子には興味ねえぞ」


「ふーん。本当かなぁ〜?」


「ほ、本当だっ!」


「怪しいなぁ〜。なんか、慌てているし。もしかして、蒼生お兄ちゃんはロリコン?」


「違う!」


「じゃあ、こっち向いても大丈夫だよね?」


「それはダメだ!」


「やっぱり、興味あるんでしょう?」


「…………」


「素直になったほうがいいと思うけど。正直に言えば、咲茉の身体は綺麗だと思う。あと、おっぱい大きいと思う」


「おいっ!」


「なに? もしかして照れてるの? かわいいなぁ、蒼生お兄ちゃんは」


「うるさいな。とりあえず、身体を洗い終わったのなら、早めに上がるからな」


「うん! わかった!」


 俺は身体を素早く洗うと、すぐに風呂場から出ようとするが……。


「あっ、わっ……!」


「えっ、ちょ、蒼生お兄ちゃんっ!?」


 緊張しているせいで最後まで演技することができなかった。


 俺はズルっとコケて咲茉を押し倒すような形になってしまった。


 幸いにも咲茉はバスタオルで肌を防御していたので、もし、カメラマンが撮っていたら、ギリギリR指定的な映像にはならないだろう……たぶん。


 ただ……俺が押し倒したことによって、咲茉の身体に覆いかぶさるような感じになってしまっていたのだ。


「あ、ああ……ごめん…………」


「い、いや……蒼生お兄ちゃんになら、別に、いいけど……」


「…………」


「…………」


 なんだ、この空気は……。


「……あっ、そ、その、ご、ごめん……」


「う、ううん……」


「…………」


「…………」


 沈黙が流れる。


 お互いに気まずい雰囲気を感じ取っていた。


 俺たちの間に妙な緊張感が漂っている。


 そして、お互いの顔の距離が近いことに気づいた。


 このままだとキスしてしまいそうな距離だ。


 でも、ここで顔を近づけたら、きっと、いけないことになる。


 だから、俺は我慢して、ゆっくりと咲茉から離れようとしたのだが……。


「待って!」


「えっ……」


「行かないで……」


「……」


「お願い……」


「……」


「……」


 咲茉の潤んだ瞳を見て、俺は動けなくなってしまった。


 まるで金縛りにあったように……いや、催眠術にかけられたかのように、咲茉の言うことに従ってしまう。


 俺は、そのまま咲茉と見つめ合う。


 そして、どちらからともなく、顔を徐々に近づけていく……が、寸前まできたところで、俺はハッと我に返った。


「だ、だめだっ……! は、離れてくれっ……!」


「どうして?」


「そ、それは……だって、俺と咲茉は従兄妹で……それに、こういうことは好きな人とするものであって……」


「あたしは蒼生お兄ちゃんのこと好きだよ?」


「………………へっ?」


「蒼生お兄ちゃんのこと好き。大好き。愛してる」


「え、咲茉……」


「だから……蒼生お兄ちゃんも、あたしのこと、好きになってよ」


「…………」


「あたしのことが嫌いなの?」


「そ、そんなことはないけど……」


「じゃあ、どうして?」


「…………」


「蒼生お兄ちゃん?」


「…………」


 どうして?


 どうして、だろう?


 どうして、なんだろう?


 それは口に出して、いいものなのか?


 わからない……わからないけど、今、言わなければいけない気がした。


 だから……俺は……言うのだ。


「……咲茉は大切な家族だから」


「…………」


「咲茉のことを大切に思っているし、これからも一緒に暮らしていきたいとは思う」


「…………」


「でも、それは……」


「…………」


「…………」


 あれ……?


 言葉が、出てこない……なんでだ? 俺は咲茉のことが大切だと思っている。


 でも……それは……なんで……?


 わからない……自分で自分の気持ちがわからなかった。


 でも、これだけは言える。


 俺は今、咲茉のことを異性として見ている。


 だけど、それは言ってはいけないことだ。


 俺と咲茉の関係は従兄妹だ。


 だから、俺は咲茉との関係が崩れてしまうことを恐れている。


 だから、俺は咲茉に対して抱いている感情を隠し通さなければならない。


 それが俺のできる唯一の方法だった。


「そう……わかった」


「咲茉?」


「蒼生お兄ちゃんの答えは……今は出せないんだね」


「……すまない」


「ううん、謝らないで。むしろ、あたしこそごめんね」


「いや、そんな……」


「あたしのほうこそ、変なこと言っちゃって……ごめんなさい」


「いや、そんな……」


「もう、上がろうか」


「そうだな。今日は疲れたし」


「うん、そうだね」


「…………」


「…………」


 再び沈黙が流れて、俺だけ風呂場から出た。


 咲茉は俺が風呂場から出て行くのを見届けると、ゆっくりと風呂場の扉を閉めたのであった。

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