第4話 従姉妹と、新しい生活


  *


「ふぅ……」


 陽葵は入学式を終えたあと、学校の廊下で、ひと息を吐いた。


「お疲れ様」


 俺は労いの言葉をかける。


「うん、ありがとう。でも、やっぱり、ちょっと恥ずかしかったかな」


「大丈夫だよ。堂々としていて、素敵だった」


「あはは、そう言ってくれるとありがたいよ」


「本当にすごいよ。あんな立派な挨拶ができるなんて」


「ううん、そんなことないよ」


「いやいや、謙遜することじゃないって」


「あはは、ありがとう」


 俺も陽葵と同じように笑う。


「そういえば、蒼生」


「ん? なんだ?」


「同じクラスになれたね!」


「ああ、そうだな」


「よろしくね!」


「こちらこそ」


 こうして、俺たちの新しい生活が始まったのであった。


  *


 入学式と始業式が終わったあと、俺と陽葵は下校することになった。


「あーあ、もう終わっちゃったねー」


 陽葵は少し残念そうな表情をする。


「まあ、入学式と始業式だしな」


「うん、それは、わかっているんだけどさー」


「陽葵は高校生活が楽しみなのか?」


 少し含みを持たせた言い方をした。


「うん、すごく楽しみにしてるよ! それに……」


「それに?」


「蒼生と一緒に同じ学校に登校できるなんて夢みたいで嬉しい!」


「そっか。俺も、これから陽葵と一緒に登校できるのが楽しみだよ!」


 俺は自然と笑顔になっていた。


「えへへ〜。ねえ、蒼生はどんなことがしたいとかあるの?」


「そうだな。とりあえず、平々凡々……普通に毎日を過ごせたらいいかな」


「え〜、夢がないよ〜」


「別になくても困らないだろ」


「むぅ、そんなんじゃダメだって! もっと夢を持って!」


「わかった、わかった。考えておくよ」


「絶対に考えるんだよ!」


「はいはい、わかりましたよ」


「よろしい! 約束だからね!」


「はいはい」


  *


 他愛のない会話をしながら、俺たちは一糸家に到着した。


「ただいま帰りました」


「ただいま〜」


 陽葵が先に家の中に入る。


 すると、玄関まで出迎えに来てくれたのは、一華だった。


「おかえり〜」


 一華は優しい声で言った。


「あれ、陽葵と蒼生だけ?」


「うん、ふたりだけだよ〜」


「琴葉と咲茉は?」


「琴葉姉さんは生徒会関係、咲茉は部活関係で遅くなるみたい」


「そう。じゃあ、ふたりは少し休んでて〜。私は夕食を作るからさ〜」


「えっ!? わたしも手伝うよ!」


「陽葵は今日、在校生代表として壇上に上がったんだから、ゆっくりしてていいの。お疲れ様」


「……うん、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて、そうするね」


「はい、そうしてくださ〜い。蒼生も休んでていいよ~」


「ありがとうございます」


 俺は靴を脱いで家に上がる。


「それじゃあ、私は夕食の準備をするから、部屋で、ゆっくりしていてね~」


「はい、了解です」


「ほーい!」


 俺は陽葵と一緒に二階にある自室へと向かう。


 部屋に入ると、陽葵は制服姿のままベッドの上にダイブした。


「はぁ……」


 陽葵は大きく息を吐く。


「お疲れ様」


 俺は労いの言葉をかけた。


「うん、ありがとう。蒼生も隣に座って」


 俺は陽葵の隣に座る。


「なんか、こうやって、ふたりきりになるの久しぶりじゃない?」


 陽葵が上目遣いで訊いた。


「確かに。数年ぶりに会ったばかりだからな」


「だから、久しぶりに蒼生とふたりっきりになれた気がして、なんだか嬉しいなぁ」


 陽葵はニコッと笑う。


「…………」


「ん? どうしたの?」


「いや、なんでもない」


「変なの〜」


 陽葵はクスッと笑うと、突然、俺にもたれかかってきた。


「陽葵?」


 俺は戸惑いながら名前を呼ぶ。


「えへへ〜、しばらくこのままでいさせて」


「……わかったよ」


 陽葵の体温を感じる。


 とても温かい。


 俺は陽葵の温もりを感じつつ、窓から見える景色を見つめる。


「……綺麗だね」


 陽葵がポツリと言った。


「そうだな」


 俺も同意する。


「ねえ、蒼生」


「ん?」


「これから、ずっと一緒にいられるよね?」


 陽葵は不安げに問いかける。


「ああ、もちろん」


 俺は即答する。


「よかった……」


 陽葵はホッとしたように呟いた。


「俺は陽葵が望む限り、そばにいるよ」


「本当?」


「ああ、本当だ」


「えへへ、ありがと」


「こちらこそ、ありがとうな」


「うん!」


 陽葵は嬉しそうな表情を浮かべると、そのまま眠ってしまった。


「ふぅ……」


 俺は、ひと息つく。


「これからも……よろしくな、陽葵」


 俺は眠っている陽葵に向かって、優しく微笑みかけるのだった。


  *


 さすがに一華さんばかりを働かせたままだと悪いと思ったので、俺は陽葵を寝かせたあと、一華さんの手伝いをすることにした。


 一華さんは「カフェ・ワンスレッド」の経営者である。


 なので、料理の腕はプロ並みに上手い。


 ちなみに琴葉、陽葵、咲茉も「カフェ・ワンスレッド」のメイドとして手伝いをしていることもある。


 一糸家と「カフェ・ワンスレッド」は同じ家の中にある。


 そのため、「カフェ・ワンスレッド」で働くとき以外は、ほとんど一糸家の中で過ごしている。


 さっき、一華さんが家の玄関から出迎えてくれたときは、たまたま、お客さんが入ってこなかったからだと思う。


 そんな説明を頭の中で考えているうちに、俺は店の食器洗いを終えようとしていた。


「よし、これで終わりっと」


「お疲れ様〜」


「ほかに、なにかできることはありませんか?」


「いいよ〜。蒼生が手伝ってくれたおかげで、だいぶ楽になったから〜」


「そうですか」


「でも、本当に助かったよ〜。ありがとう〜」


「いえ、気にしないでください」


「うん、わかった〜。それじゃあ、次は私の番だね〜」


 一華さんはエプロンを身につけて、キッチンに立つ。


 そして、冷蔵庫の中から食材を取り出すと、手際よく調理を始めた。


「蒼生は、なにが食べたい〜?」


 一華さんが質問してきた。


「えっ? ……うーん、一華さんのおすすめでお願いします」


「わかった〜。任せて〜」


 一華さんは嬉しそうに言うと、テキパキと作業を進める。


 それから、ものの数分で、オムライスが完成した。


「はい、できたよ〜」


 一華さんはテーブルの上に、出来上がったばかりのオムライスを置く。


「おおー! おいしそうですね!」


「えっへん! まあ、私が愛情という魔法を込めて作ったんだから当然だけどね〜」


「さすがです!」


「えっへん!」


 一華さんは誇らしげに胸を張る。


「じゃあ、みんなには内緒で、冷めないうちに、おやつとして食べてみる〜? まだ、高校生になったばかりだから、夕食なんて、ぜんぜん食べれるでしょ〜」


「そうですね。では、お言葉に甘えて、いただきます!」


 俺はスプーンを手に取り、オムライスを一口食べる。


「一華さん、このオムライス……とっても、おいしいですよ!」


「ありがとう〜。それは、よかったよ〜」


 一華さんはニコニコしながら言った。


「ところで、蒼生は高校生活、うまくいきそう?」


 一華さんは唐突に訊いてきた。


「うーん……正直、まだ、わかりません」


 俺は少し悩んで答える。


「そっかぁ。蒼生もいろいろ大変だねぇ」


「まだ、大変と言える時期かは、わかりませんが……」


「蒼生は真面目だなぁ。もっと肩の力を抜いてもいいと思うよ〜」


「…………」


「でも、蒼生なら大丈夫だよ」


「どうして、わかるんですか?」


「だって、蒼生は昔から、がんばり屋さんだから」


「…………」


「だから、これからも、がんばっていけるはずだよ」


「…………」


「あれ? どうしたの?」


「いえ……なんでも、ありません」


「ん? 変なの〜」


「ははは……」


 俺は苦笑した。


(やっぱり、この人には敵わないな)


 俺は心の中で思った。


 一華さんは俺の気持ちをすべて見透かしているような気がする。


 それが不思議でたまらない。


(でも、なんだろう。すごく安心できるんだよな)


 俺はオムライスを食べながら、優しい眼差しで俺を見つめる一華さんに視線を向けるのだった。

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