第6話 その答えは*

 やめさせなければと思うのに、銀鉤ギンコウの頭の中は真っ白でまるで役に立たなかった。

 それどころか、思考の片隅ではこの状況が嬉しいと思う自分がいる。矛盾していた。


「本当に、お前は一体何をしているんだ……」

「何って、決まってる。アンタを俺のものにする」

「私をものにって――」

「さっきも言ったろ。ココに俺が挿入るんだ」

「ッ!!」


 そう言うと金霞は、銀鉤の尻に添えていたその手をいやらしく動かし始めた。奥の方にまで手を伸ばし、揉み込むようにそこ刺激しだしたのだ。

 銀鉤はびくりと体を揺らした。


「銀鉤、大丈夫、心配ない。何度も練習した」

「練習って……」

「そのままの意味だ」


 金霞は体を銀鉤に密着させると、尻を掴みながら首筋にその顔を寄せた。

 鬼となってからというもの、銀鉤はずっと一人だったのだ。こんな事は初めてで、どのように対処していいのかまるでわからなかった。

 ましてや、その相手は金霞なのだ。下手に抵抗でもして傷付けるような事はしたくない。


 それに、こうして触れる人肌も悪くないと思ってしまう程には、銀鉤だっているのである。


 しばらくすると、金霞はいよいよ行動に移った。身を固くする銀鉤のあちこちに口付けを送りながら、先へ先へと進めた。


「っ……、」


 その手に触れられる感覚に、銀鉤の背筋がゾクリと震えた。

 長い年月の中で羞恥なんていう感情はとうに忘れてしまったし、元々そんな殊勝な事を言うような人間でもない。

 けれど、時折熱の篭ったような目で見つめてくる金霞の視線に、銀鉤は堪らない気分になるのだ。


 金霞に指摘された通りだったのだ。

 銀鉤だって、ひとりは寂しい。


「銀鉤」

 

 金霞は何度も彼の名前を呼んだ。

 その声はどうして、甘い響きを伴っていた。続けて優しい口付けで更に蕩かされてしまえば、離れようという決心なぞはあってないようなものだった。


 その声に絆されてしまいそうになる。銀鉤は悶えていた。


「キン、カ――ッ!」

「ずっとずっと、こうしてアンタを手に入れる日を夢に見てきた。やっと夢が叶ったのに、これが現実なのか夢なのか、区別がつかなくなりそうだ」


 まるでうわ言のように何度も、金霞は言ってみせた。


「夢心地だ……銀鉤、好きだ、愛してる。だからこれからもずっと一緒に――」


 金霞の気が済むまで、銀鉤はひたすら揺すられ続けた。それこそ夜が明けてしまうまで、銀鉤が気を失うまで何度も。


 気絶する間際、金霞の頭に二本の角が生えているのを銀鉤は見た。


 そんなまさか。自分の頭がついに妄想を錯覚するようになってしまったのか、だなんて愕然としながら。銀鉤はずっぷりと闇の中へ、その意識を落としていったのだった。



◇◆◇



 銀鉤が姿を消す度に、金霞は銀鉤を探した。


 それこそ、金霞が少年だった頃から。彼はどうしてだか、どんなに遠く離れていても数日もすると銀鉤を見つけてしまった。


 ――銀鉤の馬鹿! 阿呆! 消えるなんて酷い! 俺を置いてかないで……!


 そう言って、銀鉤に縋りながら大泣きする金霞に耐えかね、銀鉤は結局元の小屋へと戻って来てしまうのだ。


 どんなに覚悟を決めていたって、金霞と顔を合わせたらもう、その時点で銀鉤の負けだった。

 表情豊かなこの子が、目の前で泣いて騒ぐのにはどうも弱い。すっかり感情など捨ててしまったと思っていたけれども、そこまでには成りきれないらしかった。


 毎度見つからないようにと姿を隠す。気配も経つ。痕跡を残さない。

 それでもどうしてだか、金霞は泣きながら銀鉤の前に立った。


 それを二人は、本当に何度も何度も繰り返してきたのだ――。



◇◆◇



 銀鉤が目を覚ますと、そこはいつものあの小屋の中だった。外はすっかり夜のようで、煌々とした月明かりが小屋の隙間から差し込んできていた。ここ十数年ですっかり見慣れた光景だ。


 だがそれと同時に理解した。金霞は一体どうやったのか、たったの一日でこの小屋へと戻ってきてしまったのである。

 この地からあの土地へは、例え銀鉤のような鬼が走ったとしても丸二日はかかるような距離だ。それ程遠くへと、銀鉤は逃げていたのにも関わらず。


 金霞の師匠とやらはよっぽど優秀らしい。

 銀鉤の体に、嗅いだ事のないあやかしの匂いが残っていた。つまりここまで、金霞はあやかしの力を借りて戻ってきたという訳であろう。

 人を乗せて空を飛べる程のあやかしを仕えさせるだなんて一体、どれ程の力を付けているのか。銀鉤には想像もつかなかった。


 もぞりと体を動かすと、腹の中に違和感があった。昨夜の名残なのか、未だそこにナニかが挿入っているような感覚を覚えている。

 それほど何度も、銀鉤は犯されたのだ。


 刻み付けると金霞は言っていたけれども、それは確かに成功したようだった。頭の中で、昨晩の光景が蘇る。


 ――好きだ、愛してる。だからずっと一緒に――


 そう言ったあの目は真剣そのものだった。金霞は本気で、ああ言ってみせたのだ。


 伊達に十数年にも渡って彼の人生を見てきた訳ではない。それが金霞の全てではなかったようだが、銀鉤だって金霞の事はそれなりに分かるつもりでいた。



 ゆっくりと体を起こす。微かに鈍い痛みを覚えたが、少しだけ動きを止めてそれをやり過ごし、床に足を立てて座り込む。

 着物はすっかり新しいものに着替えさせられていて、けれど下穿きは何も身に付けて居なかった。銀鉤はそれに違和感を覚えたが、深く考える事はしなかった。……考えてはいけないような気がしていた。


 小屋の中を見渡すが、出て行った時とその様子は何も変わらなかった。相変わらず古ぼけていてボロで、どこか温かみを感じる。


 ゆっくりと立ち上がって、銀鉤は戸口へと足を進めた。別に逃げようだなどと思ってもいない。金霞の姿を探すついでに、外の様子でも見ようと思ったのだ。


 しかし、扉は開かなかった。

 と言うより、扉にすら触れられなかった。

 疑問に思ってよくよく目を凝らしてみると、何やら透明な結界のようなものが張り巡らされていたのだ。小屋の内側をぐるりと囲うように。銀鉤を逃さぬとばかりに。


「用意周到な奴め……」


 成る程、金霞も本気だという訳だ。銀鉤は呆れながらふぅと息を吐き出すと、ゆっくり元の位置へと戻っていった。

 ゴロンと再び横になって天井を見上げる。ボロの割に小屋の手入れは行き届いていて、蜘蛛の巣ひとつない。


 金霞が良く家を空けるようになってからは一人の時間が多く、手持ち無沙汰に掃除なぞをする機会も増えた。そのおかげで埃も少なく、小屋全体が小綺麗になっているのだ。


 子供は親の背中を見て育つと小耳に挟んだものだから、身なりだって人間の頃を思い出しながら気を遣った。優しかった乳母らしき女人の事をどうにか思い出しながら、所作や行動もそれらしいものに改めるようになった。

 あちこちを渡り歩き、戦場にばかり身を置いていた頃とは雲泥の差だった。


 それもこれも金霞のせいだった。

 最初はとっとと人里近くにでも捨てて来ようと思ったのだが、銀鉤が捨てようとすると、計ったように金霞は泣き喚いた。おかげで人に見つかりそうになり、何度も失敗した。

 

 もしかするとその頃から、金霞は策士として好き勝手に暴れていたのかもしれない。一度そのように考えてしまうと、あの時やこの時はどうだったろうか、と思い出を辿るように金霞との日々を思い出してしまった。

 それのどれもが決して悪いものではなくて、銀鉤は参ったなぁと両手で顔を覆う事になった。


 離れ難い。

 その気持ちは一層強くなるばかりだった。いっその事本気で、金霞も鬼にでもなってしまえばいいのに。

 そうすれば何の問題もない。先立たれる事もないし、かつての同族を食らう罪悪感だって共有できる。

 一度考え始めてしまうと、そういう馬鹿げた妄想は止まる事を知らなかった。


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