第2話 勇者に話は通じない

「魔王、お前を倒す!!」


「また、同じ光景だな……」


 このセリフを聞くのも既に4回目。

 どんな馬鹿でも、なぜか時間が戻り続けていることがわかる。


 そして時間が戻る直前に、何が起こったのかも。


 ヒヤリとした感覚が額に流れ、思わず手で抑える。

 触れたところには傷ーつ入っていない。まっさらな皮膚があるだけだ。


 けれども確かに、俺の頭のその部分には


 矢が突き刺さっていた。


 ゾクリ、悪寒を感じて身震いした。


 俺は確かに、何回か死んだ。

 斬られ、切断され、最後は脳を貫かれ、

 血を流し、骨を砕かれ、呼吸は止まり、心の鼓動が遅くなり、意識が遠くなっていった。


 だが俺は生きている。


 時間の巻き戻った世界で。

 勇者とやらが剣を振り回してくる、奇妙な部屋の中で。


 現実にこんなことが起こるのだろうか。


 普通はない。


 多分これは俺の夢だろう。

 そうじゃなきゃ、何て説明する?


 変な奴らに魔王と言われ殺されました。


 現実である訳がない。

 流石に頭がイカれたとは思いたくない。


 さっき激痛を味わったことについて考えると、今の俺にとっちゃ限りなく現実に近い世界だが。

 今大事なことは、この状況は一体何なのか。それを確実に理解したい。

 取り敢えず、前で剣を構える銀髪の彼に質問してみた。


「なあ、銀髪クン。君たちは一体何なの?」


 三回程殺された相手にも関わらず、こんなにフレンドリーに話せるのは、俺がこれを夢だと思っているからだ。

 自分の妄想に腹をたてることも、怖がることもないだろう。

 これが現実なら、彼と目が合った瞬間に発狂して絶叫しているところだ。

 そんな目の前の青年は、俺の質問に対してフッと鼻で笑った。


「俺たちは……勇者パーティーだ!貴様を倒すために此処に来た!!」


 銀髪くんは強く言い放ち、キメ顔を見せた。

 成る程、勇者パーティーか。


 ………ええと、パーティー?


 ……RPGでよくあるアレか?魔王を倒す為の、基本3,4人のアレか?


 勇者と魔法使い、格闘家に聖職者。場合によって弓使いや剣士も入り、全員で互いの短所をカバーしつ つ、強力な連携攻撃を加えてくる、みたいな感じだった気がする。

 最近はモンスターのパズルゲームしかやっていなかったから、うろ覚えだが。

 そう言われれば、彼らは勇者一行に見えなくもない……


「うーん、勇者って、君のこと?」


「そうだ!」


「じゃあ俺って魔王なのか?」


「当たり前だ!何をとぼけている!」


さっきから「!」が途絶えない彼の言うことが正しいなら、俺は魔王らしいが……


「いやいや、俺は魔王でもラスボスでも、そもそも魔人でもないよ?」


「ふざけないでよ!!」


 と、可愛らしくも刺々しい声。

 見ると、金髪ちゃんが喋ったらしい。

 笑えば絶対に可愛いのだが、今は怒りの表情しか読み取れない。

 彼女はこちらを睨みながら、続けて口を開く。


「その金色の角、黒い翼、緑の髪に紅い瞳! 何よりここからでも感じる邪悪な魔力! あんたが魔王じゃなかったら何者なのよ!!」


「……え?」


 身体を調べる。

 頭を触り、背中に手を伸ばし、髪を掻きむしってみた。


 ……普通の日本人男性そのものだ。



「角………生えてる?」


「どう見ても飛び出してるじゃない」


 ええ〜〜


 どうやら俺と彼らの五感は違うらしい。


 いや、確かに服装は変かもしれないけどさ。

 ツノとか生えてたらカッコ良いとか思った頃もあったけどさ。


 それでも、こんな黒髪高校生を魔王呼ばわりとは。

 ……俺の夢ってどうなっているんだ?


 夢は奇々怪々なものだとは言うが、「無いもの」を「有るもの」とするとは随分と哲学的だ。

 深層心理とは依然として人智を超え、本人でさえも理解不能なモノなのだろうか。

 それともこの人たちは寝癖を魔王の角と呼ぶ習慣があるのだろうか。

 全員が厨二病の真っ最中なのだろうか。


 ああ、もう!!


 余計に訳が分からなくなってきたっ!!


 混乱して頭を掻き回す。

 そんな俺を見て不思議に思ったのだろう。


「………魔王が随分と狼狽えているが、何かしたか?」


 勇者は眉間にシワを寄せて金髪ちゃんに尋ねる。


「わ、私たちはまだ何もやっていないわよっ!」


「すると、魔王っていうのは頭が狂っている奴なのか?」


 何……だと。


「違うぞっ!! ………………………多分」


 勢いで言ったはいいものの、最後は自信ない言い方になってしまった。

 自分が何でココにいるのかすら、記憶にない男だ。


 ……もしかしたら、頭がイッているのかもしれない。


 そう思うと、多少ばかりあった自信が空気の抜けた風船のように、急速に小さくなっていった。

 気づけば、うつむきながら顔を手で覆い、意気消沈のポーズを取っている始末。

 そんな自分に溜め息しか出ない。

 ああ、願わくば、早くこの夢から覚めますように。


「どうせ、俺なんか……お前らの気がすむまで倒され続ける木偶の坊でしかないんだ……」


 口から出た言葉に、思わず涙が出てきてしまった。

 と、銀髪クンは眉を潜める。


「お前……………………本当に魔王か?」


 !?

 今、俺を疑った?

 俺を魔王じゃないと思ってくれたのか!?


「グスッ…………初めて……そう言って貰えた………」


「!? 今度は泣き出したぞ!! ……本当に何だこいつは、王の威厳が全く感じられない」


 そりゃそうだ、だって俺は


「だって俺は自分が何者なのか、全く記憶がないんだからなっ!!」


 そう、だからこそ言い切れるのだ!!


「俺は魔王じゃない!!」



 やっと!!

 やっと、彼らに自分の主張を言うことができたっ!!


 俺の頭の中で記憶が克明に蘇る。

 思い返せば、自分の状況を把握できないまま、問答無用で殺され続けた。

 痛みを何度も味わった。悲しむ間もなく死んでいった。

 けれども遂にっ!!

 俺は彼らと話をすることができたのだっ!!

 この一歩は、人類にとって大きな躍進となるのだっ!!


 俺が感動している間、勇者パーティーはしばらく固まっていた。


 そして、金髪ちゃんが一言。





「馬鹿なの?」





 彼女は非情であった。

 その言葉を聞いて俺は思った。


 あ、これ現実だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る