向日葵

緒方亜矢子

第1話

真夏のある日、私は微熱が続く中繁華街をウロウロしていた。

私はその頃拒食症に侵され、挙句うつ病にもかかっていて、毎日の強い抗うつ剤と眠剤と僅かな栄養で生きていた。脳の満腹中枢は壊れて考えることはいつも食べ物のことばかり。食べても食べても満腹感のない餓鬼と化していた。

どこにいてもピリピリした精神状態でやせ細った体でとにかくだるかった。

たまらず精神科に行ったら黄疸が出ていると言われて入院もした。どうしても食べることが出来ず、入院は苦しく、退院しては入院の繰り返しだった。

生理は止まり、ガリガリに痩せ細った体で意味無く歩いてた。歩く以上の動作はできないほど体と心はむしばまれていた。

その日何気なく妊娠検査薬を買ってみた。微熱が続いていたのでふと手に取った。

目的もなく歩いてあまりに暑いので帰路についた。

家に戻ると食べ物があって食べずにいるのが辛くて、あまりいたくない場所だったが、外を歩くと今にも倒れそうだったので、選択肢がなかった。生理も止まっていたので妊娠してるとは思わなかったが、微熱の理由が知りたくて何気なく検査した。しばらく待って見ると陽性の判定に息が出来なかった。妊娠してる。

何回見ても結果は明らかに陽性以外の何ものでもない。

あんなに強い薬を飲んでたのに!選択肢だってなかったのに!

私は即座に夫に電話した。あまりの衝撃で頭の中は真っ白だった。夫が出ると叫んだ。「私妊娠した!」

夫も言葉なくふたりはその一言で沈黙した。

飲むと卒倒しかけるくらい強い抗うつ剤と眠剤を常用していたので、きっと子どもには障害だあるだろうということしか考えられなかった。ただでさえ自分が生きるのに精一杯なのに子どもだなんて。私は即座に考えていた。子どもは諦めよう。私には荷が重すぎると。

金曜日の夕刻だったのでもう病院は開いてない。ベッドに倒れ込んでただ泣いた。なんでこんなことが。

私は一切の薬を絶って月曜日の朝が来るのをひたすら待った。薬の禁断症状と絶望感。一切寝ることが出来なかった。

苦しい週末を耐え病院に行った。夫も一緒に来た。医師はエコーを見せながら「これが赤ちゃんの袋」と言った。体に大きな鉄の塊を落とされたような絶望感に襲われた。

夫に「私産めない」とそう言ったら抱きしめて黙っていた。

私は大病院の精神科に通っていたので産婦人科もそこに行くことにした。産婦人科で震えながら「私産めません」と言うと医師は微笑んで出来るだけ早く手術の予約を取りましょうと言った。他の道は無いと思った。

精神科に行くと主治医が怒鳴った。「生理が止まった人が妊娠するのは奇跡だ。また次があると思ってるだろうけどないからね」でも私の意思は硬かった。夫に次に来る時に予約すると言い張った。夫はいいよと言って肩を抱いてくれた。

勝手に断薬した私は朦朧として日々を暮らした。精神科の主治医から薬は妊婦用に調合してあるんだからそれを絶った方がまるで飲まないより赤ちゃんに悪いんだよと詰め寄られた。私はどうせ堕ろすんだし、と思って聞き流していた。でも主治医の言うことも最もだと思って薬を飲めるようになった。その薬は効いているのかいないのかわからなかったほど弱かったけど禁断症状はなくなった。

そして眠れぬ夜を過ごし疲れきっている私にちょっとだけ旅行して気分転換をしようと言ってくれた。

家からちょっと離れた温泉に夫は一泊旅行に誘い出してくれた。家で鬱々としていた私は誘われるままについて行った。

鄙びた温泉宿は粗末だったが、私は久しぶりの外に満足した。温泉に浸かって料理を食べて私は久しぶりにぐっすり寝た。夢も何も見ず、ひたすら寝た。

翌日宿の朝食を食べた。ちょっと狭い朝食場に二組の親子連れがいた。どちらも三人家族で小さい子どもはウロウロして遊びたくて仕方ないようだった。

やがてチェックアウトして宿を後にして、私は夫と田舎道を目的もなくドライブした。

そして向日葵が咲く畑で私は夫に何気なく呟いた。

「ねえ、私産もうかなあ」私もその時ふっと思いついたのだった。宿の家族連れのように三人もいいかもなあと思ったからだった。

夫は驚いたようで、「ちょっと待って」と言って車を路肩に停めた。

そして夫はポロポロと涙をこぼし、うんうんとうなづいていた。

ああ、堕胎にも何も反対せず受け入れてくれていた夫も実は子どもが欲しかったのだなあと思うと、私は夫がとても愛おしくなった。もし薬の副作用で何かあっても私達はきっと負けない。そう思って私は夫に「ありがとう」と呟いた。

そんな私達を思いっきり背伸びした向日葵が見てた。本当に奇跡だったのだよ、向日葵はそう言って私達野新しい道を見守っていた。

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