第37話 ネトリィ・テーゼ

 ネトリィは当時、死に際に自身の魔力を結界と同化させる事で、魂だけでも消滅を防いだそうだ。

 その結果、殆どの魔力は失われ、今では時々現世に現れては人間を脅かすだけの存在になっていた。


 本当に全く敵意がないようで、ネトリィは自分が死んだ時の事を語りながら、ニヒヒと笑顔を向けてくる。


 これがあの虹色等級なのかと思うと、他の人と比べても少し軽い性格のように見えた。

  それでもクーコは警戒心を解かずに口を開く。


「貴女に一つ問いたい」

「おう、何でも聞いてくれて構わねーぜ」

「時々現世に現れるようだが、出現条件とかはあるのだろうか?」


 今まで何度調査をしても現れなかったネトリィが、今回だけは何故かすんなりと姿を現した。

 それが腑に落ちなかったのか、出てくる条件が気になったようだ。


「ああ、それな。私は目の前でイチャつかれると寝取りたくて我慢出来なくなるのさ」


 しかし、今はゴーストの為何も出来ない。それが歯痒くて、イチャつき始めた奴らを片っ端から脅かしてやってる、という事らしい。


「お前みたいに斬りかかってきた奴は初めてだけどな、ケケケ」


 ネトリィはふわふわと俺たちの周りを浮いて回る。


「ほう、つまり今までの目撃者は全て、ナイナ殿の神聖な墓前にも関わらず不貞行為を働こうとした奴らと言う事だな? とんだ不届き物がいたものだな」

「そういうこったな。あと私がこの場に姿を現した理由をもっと考えろな?」

「……うむ……そう……だな」


 最初こそ強い口調で不快感を露わにしていたクーコだが、ネトリィに突っ込まれると顔を赤くし、消え入りそうな声で返事をしていた。


 ナイナの大ファンだからこそ、怒りが先行してしまったのだろう。自身の不貞行為の件は素で忘れていたようだ。

 恥ずかしさのあまりクーコがもじもじし始めたので、次は俺から質問をする。


「ねぇ、ところで寝取りって何?」

「ケケケ、純真無垢かよ。お前みたいな奴ほど寝取ると楽しいんだぜ?」


 ネトリィは茶化しながらも教えてくれた。

 寝取るとは相手がいるにもかかわらず、強引に体を重ねる行為を言うらしい。


 通りでネトリィの名前を聞いてもピンとこない筈だった。俺の場合、精神年齢は高くても性知識は小学生で止まっていた。


 生前は新婚や初々しいカップルを見つけては問答無用で寝取っていたそうだ。


 何でも、純粋な人や真面目な人ほどネトリィの体を忘れられなくなるそうで、泥沼化する二人が最後には破局していく様を見るのが最高に楽しいのだとか。


「最低だなこいつ」

「ケケケ、最初は皆そう言うが、最後は向こうから私を求めてくるけどな。何ならそこに転がってる体を好きにしていいぜ、忘れられなくしてやるよ」


 そう言ってネトリィが指さす方を見ると、先ほどのゾンビもとい死体が横たわっていた。


「いや、抱かないから……ってか死体じゃん、真っ二つだし」

「あれ、生きてた頃の私の体な。あれでもかなり治したんだぜ? 多少傷んでるけど、胸とか揉んでみ? 柔らかいぜ?」


 ネトリィはゴーストになった自身の胸をこれ見よがしに揉んで見せた。これと同じものがあの死体にもあるんだぜとアピールしてくる。

  

「お前の胸など不要だ! ショタ殿には私がいる。先ほどみたいに易々と錯乱させられるとは思わないことだ」


 恥ずかしさから立ち直ったクーコが、俺の視界を遮るように間に割って入る。

 ただ、クーコも先程の薄着のまま剣を持ち歩いているだけなので、十分刺激的な格好をしていた。


 錯乱と言われ、そう言えばいつの間にか俺の錯乱状態も解けているようだった。今思い返しても、かなり恥ずかしい事をしていたと自覚している。

 クーコやペペも巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「いや、そもそも私は何もしてねーぜ?」


 どうやら、俺がただテンパっていただけらしい、そこは嘘でも錯乱させたと言ってほしかった。

 変な沈黙が流れたので、俺はすぐに話題を変える。


「そういえば、ナイナはここにいないの?」


 そもそもの目的がナイナに会う事だと思い出し、辺りを見渡すがそれらしき影は見当たらない。


「あの女ならいねーぜ」


 面白くなさそうにネトリィはそう告げた。理由もなく殺されたのだ、当然にムカついているのだろう。


「っていうかアイツ、いきなり泣き出したと思ったら、次の瞬間には私を殺し始めたんだぜ? サイコパスかよっつーの。しかも今度は自分の体を切り刻み始めてよ、とんでもねーのに狙われたぜ」


 恐らくだが、ナイナ発見当初に死体の損壊が激しかったのはその所為かもしれない。

 自ら死のうとした……ということなのだろうか。


「しかもあんだけ細切れになっときながら全然死なねーの、時間が立てば元に戻ってたし、ありゃ化け物だな。その後も絶望して自分に魔法を放ってたぜ、よく分かんねーけどザマァ見ろってんだ」


 その情景を想像して、居た堪れなくなった。死にたくても死ねない辛さが俺にも理解出来てしまったから。

 ナイナはそこまでしても、結局は死ねなかったようだ。


「その後、ナイナはどこへ行ったんだ?」 

「知らね、結局私を殺した魔法でも死ねなかったみたいでどっかに行っちゃったよ。最後はそりゃもうぐちゃぐちゃになって原形なんて留めてなかったしな、血と肉が混ざりあって赤黒いヘドロみたいでキモかったぜ。何か元に戻れなくなってたみたいだしな」

「赤黒い……ヘドロ?」


 それを聞いた瞬間、俺の中であるモンスターが思い浮かぶ。

 

(いや……そんな筈はない! そんな事があって言い訳がない!!)


 それは地獄のような想像だった。

 しかし、考えれば考える程、俺の知っているモンスターとナイナが結びついていく。

 その仮説が正しいのなら、俺は既にナイナに会っていることになる。


 ――もし、赤色が血の色なのだとしたら、それはいずれどす黒く変色するのではないだろうか。


 ――もし、今もナイナが生きていたのだとすれば、既に虹色等級になっていても不思議ではないのではないか。


 ――もし、元が人間なのだとしたら……時折、意味もなく人間の仕草をしていたことにも合点がいく。


 俺はゆっくりと後ろを振り返り、恐る恐る尋ねた。


「ペペ……お前がナイナなのか?」


 その問いかけに、ペペは普段と変わらない様子で首をコテンと傾げると、あの時と同じ言葉を返した。


「ショタ……ナカマ……ペペ……ナイ……」


 出会った時と同じ言葉。

 しかし、今となっては全く別の意味に聞こえてしまっていた。


 ――自分も俺と同じ勇者であり、そしてペペではなく……ナイナなのだと。

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