第26話 虹色 vs 虹色

「その男の子、見たかもしれないわね。こんな状態だけど、とりあえず中へ入ったらどう?」


 首をはねるのは一瞬。

 建物の中に入ってしまえば、暫く放置しといても周りにバレる心配もない。後でゆっくりと血や胴体の処理も出来る。


「これは……血ですか?」


 入口付近に落ちていた刃物を少女が拾った。坊やの腕を切り落とそうとして使ったものだ。


 刃にはごく僅かだが、坊やの血が付いていた。


「今回の騒動でちょっと手を切ってしまっただけよ。大した傷じゃないわ」

「こんな……大怪我をなさってるのに……大した傷ではない……と言うのですか?」


 今にも泣き出しそうな表情で、刃物を抱きしめる少女。


「ああ……痛かったでしょうに。きっと今頃泣いているに違いありません。私が……私が付いていれば」

「ただのかすり傷に……お前はさっきから何を言っているの?」


 目の前で遂には泣き始めた少女に困惑した。刃についた少量の血が一体何だと言うのか。


 だが、もういい。これ以上は付き合っていられない。

 私にもやらなければならないことがある、もし騒ぎになってしまった時は全員殺そう。そう思い、一歩前へ出た時。


「貴女は嘘つきですね、これはご主人様の血。私にはわかる。今すぐご主人様がどこにいるか答えなさい」


 目の前で泣いていた少女の雰囲気が変わった。

 ただの情緒不安定な煩いガキだと思っていたのに、今では視線だけで人を殺せそうな冷たい目をしている。

 そしてその視線を、こともあろうに私へ向けている。

 生意気なクソガキが! そんなにあの坊やが大事なら絶望させてあげる。


「アハハハ! 残念だったわね、お前のご主人様ならとっくに死んバッ……ッ!!?」


 一体何が起きたというのか、急に口が回らなくなる。

 口元に手をやると下顎が根本から抉られていた。動きが全く目で追えていない。


「話せなくても、筆談くらいはできるでしょ? さぁ、どこか答えなさい」

「……ォアお……お前えぇ……よくもっ!!」

「……再生能力ですか」


 抉れた顎はすぐに元通りに修復された。

 若返りの能力。それは細胞の再生によるもの。まさしく不死の魔女と呼ばれるに相応しい能力だと言える。


 だが、その能力を持ってしても、少し厄介な相手で有ることに違いはなさそうだ。

 あまり近付き過ぎるのは危険ね。


(……さぁ可愛い坊や達、私を助けるのよ)


 天井を這う無数の足音。

 握り拳程の大きさの蟻型魔獣が所狭しと蠢いている。


 全ての蟻の腹部には少年の顔が浮き出ている。どれも違う顔で、どれも年端もいかない男の子の顔ばかり。


 全て私が過去に食らった子供達の残骸を利用し合成したものだ。

 少しでも触れると破裂し、蟻の腹に溜まった強力な酸が降り注ぐ。その一滴一滴は一瞬で皮膚どころか骨を溶かす程だ。


(さぁ、風穴を沢山開けておやり!)


 蟻が女を目掛けて飛び掛かると、一斉に腹部が悲鳴を上げて破裂した。

 それでいい、自ら破裂し逃げ場をなくす。私の指示に忠実な可愛い子達ね。


 しかし、蟻は酸もろとも黒い炎に包まれ、一滴も女に到達する事なく灰へと変わった。


「あらあら、貴女のご主人様もいたのに、燃やしちゃうなんて酷いわねぇ」

「全ての顔は確認済みです、この中にご主人様はいませんでした」

「あらそう、意外と冷静なのねぇ」

「冷静……? そう見えますか?」


 その瞬間、体が崩れ落ちる。

 咄嗟に手で支えようとしたが、黒く炭化した腕が地面へぶつかると粉々に砕けた。

 結局、顔から地面へ激突し横たわったまま身動きが取れない。

 足元を見ると両足も同様に黒く炭に変わり、粉々に砕けていた。

 そこで初めて、手足が燃やされたことに気づく。


「何でッ……こんな!?」


 明らかな異常事態。

 何故私が追い詰められなければならないのか。

 しかし、その間にも私の手足は再生していく。もはや無傷と言っていい状態で立ち上がる。


「残念だったわね、私は不死身なの! お前がどんなに強くても、いずれはお前が先に力尽きる! その時が楽しみね、お前の歪む面を楽しませてもらうわ、アハハハ!」


 逆立ちしたって勝てないのはわかった。

 でも何回殺されようが、それまでに一度でも相手を殺せれば私の勝ちだ。

 それでいい、スマートに勝つ必要はない。


「不死身ですか、それは誰が証明するのでしょう。私に言わせれば、貴女は今まで死ななかっただけ、ただそれだけに過ぎないのですが」


 いちいち小賢しい事を言う。

 殺す時に後悔させてやらなければ気が済まない。


「最後にもう一度だけ聞きます、ご主人様はどこですか? もし死んでいるのなら死体を見せなさい」

「死体? それは無理ね、あの坊やなら既にこの中よ」


 私は腹を撫でて見せた。

 相手をもっと挑発し、怒り任せの攻撃を誘い魔力切れを起こさせる狙い。


 しかし、今度は腹部にさわれない。見ると再生したばかりの右腕が再び無くなっていた。


「やはり貴女は嘘つきですね、この中にご主人様は入っていない」


 いつの間にか女は両手に何かを持っていた。赤黒く、まだ温かいのか少し湯気が上がっているそれを凝視していた。

 何度も見た事があるから、それが何かは私にもすぐにわかった。あれははらわただ。


(一体誰の? イヤ……そんな、嘘よ)


 女は既に興味を失ったはらわたを床に放り捨てた。すぐそばには私の右腕も転がっていた。


 何もなくなっていた腹部が徐々に回復し、重みが戻っていくのがわかる。


「嘘つきの貴女に聞くことは、もう何もありません。自分で探した方が早そうです」

「ふっ……ふざけんじゃっガハオ"ッ"!!!」


 一瞬にして全身が黒い炎に包まれる。再生されるそばから炭へと変わっていく。


「絶対……殺じで……や……る……お前……だげ……は、絶……だいに……」

「まだ喋れるのですか、不死身を名乗るだけの事はありますね。ですが、再生が遅くなっているようですよ」


 自分の体を見ると、確かに再生速度が落ちているようだった。


「ぞん……な……嘘……よ……」


 この時、初めて私は恐怖した。

 自分が不死身などではなかったのだと理解してしまった。


「い……や……死に……だ……ぐ……ない」


 私はいつから自分を不死だと勘違いしていたのか。不死に憧れただけの、ただの人に過ぎなかったのに。


 とうの昔に忘れた子供だった頃の記憶がフラッシュバックする。

 かつて黄金等級でありながら、全ての虹色等級をこの地から消し去った英雄の姿。


 私はただ……あの人のようになりたかった……あの人のような本当の不死に……でも私は……紛い物に過ぎなかった。


「……シニタク……ナ……イ……」


 ラブの体に蓄積していた若返りのエキスも、もはや残ってはいなかった。

 再生能力が失われたラブの体は、細胞の最後の一つまで灰となって消えた。


「例え本物の不死だとしても、私には関係のないこと……」


 ステラが最後にそう呟く。

 そこにはもうステラの姿は見当たらなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る