第29話 マーキング
その後、再び変な空気になってしまった所で、水浴びを終えたクーコに愛の液を教えてもらう事になった。
暗がりの中。
「ンッ……これが……そうだ」
「なんだ、これの事か」
「ちょっと待て、何だその素っ気ない反応は……これでも結構勇気を出して見せたんだぞ」
「いや、だって。ステラのを何回も見た事あるし」
だとしても、いつも早々に脳破壊されるので、これが愛の液という事を知る機会はなかった訳だが。
「おーいー! そのステラって誰だよー」
「いや、別に大した関係ではないけど……」
「これを見せる関係が大したことない仲な訳ないだろぉ」
クーコが心配そうな眼差しを向けてくる。ただ、こればっかりは説明が難しい。
死ぬまで監禁されてましたと言っても、今こうしてここにいる理由の説明がつかない。
「念の為聞くが……ショタ殿の妻とかでは、ないんだよな?」
「え? それはもちろんだよ」
「そうか……それなら良いんだ。まぁ私は二番目と言われようが甘んじて受け入れる覚悟はあるけどな」
クーコはほっとしたよう息を吐いた。
「ちなみに、何で俺なの?」
これは本当に疑問だった。
まだ出会って一日、命を懸けて守られるような間柄ではない筈だ。
「オークにやられそうな所を助けてくれたじゃないか。生理的に苦手って言っただろ? 力が入らなくてさ、あの時は結構ヤバかったんだ」
あのままもし捕まっていれば洞窟へ連れ帰られ、死ぬことも許されず慰み者になっていたかもしれないという事だった。
俺以外も一歩間違えば監禁エンドだという事を知り、本当にとんでもない世界だなと息を呑んだ。
「だから、俺の事も助けてくれるってこと?」
「ああ、そして守り抜いた暁には私を妻にしてほしい」
「そこまで? てっきり冗談かと思ってた」
「いや、私は本気だ。強い男をみすみす逃す女はいない」
ギラつく視線で俺を見るクーコ。どちらかというとそっちが本音にも聞こえたが、深くは考えないようにした。
「それにしてもショタ殿の指は本当に細くて綺麗だな」
クーコは俺の指をうっとりとした表情で眺めていた。
「先程の時も……凄く良かった」
先程とは、愛の液を見せてもらった時のことだろうか。
見せるのに少し時間がかかるから手伝って欲しいと言われ、俺はクーコに言われた通りに指を動かしていた。
「もし夫婦になったら、ショタ殿の右手の薬指をくれないだろうか?」
「ッ!???」
突如、突拍子もない事を言うクーコに理解が追いつかなかった。
「ああ、もちろん私のも渡す。指を交換したいんだ」
「ち……ちなみに、何で?」
ようやく絞り出した声で俺は尋ねた。
「お互いの右手の薬指をな、自分の左手の薬指に巻き付けるんだ。エンゲージリングというやつだな」
「………………」
理解が追い付かず何も言えない俺を見て、クーコが慌てて付け足す。
「いや、違うんだ、そんな顔をしないでくれ! これは騎士団長達の中で流行ってる儀式でな、皆やってるから変な事ではないんだ、皆やってるから安心してくれ!」
この世界の常識は一体どうなっているのか。
ただ、死にゲーの世界だと言われると、あながち異常とも言い難かった。
恐らく、指を失っても聖水で治せるからこそ違和感なく出来るのかもしれない。
ここまで命を張ってくれているクーコの一生のお願いと言われてしまえば、もしかした受け入れてしまうかもしれない自分がいた。
それに皆やっているというし、意外とこの世界では普通のことなのかもしれない。
「ちなみに、騎士団長って何人くらいいるの?」
「私一人だが?」
「………………」
(こいつ、こういう嘘をしれっと吐くよな)
極度のストーカー、すぐバレる嘘を吐く、指愛好家。でも監禁も洗脳もしてこないし、それどころか命を懸けてめちゃくちゃ助けてくれる。
(有りか無しかで言えば……有……いや、無……う〜ん……)
中々答えを出せないでいた。
「よし、わかった! そんなに悩むなら、どの指でも構わないから! 愛されてるっていう証が欲しいんだ! 頼むから!」
「そういう問題じゃないんだよなぁ」
その後も全く諦めようとしないクーコと、何とか諦めさせたい俺。
「ほら、俺の指はまだ小さいから、クーコの指に巻けないと思うよ」
「それなら心配ない。巻ける太さになるまで自分の指を削って細くするだけだ」
そんな事をさも当然のように言うクーコに俺は怖くなってしまいすぐ寝ることにした。
それと、やっぱ無しだなと思った。
※ ※ ※
二人とも寝付いてから暫く経った頃。
まだ深い夜の暗闇の中、それは起こった。
バキ……ズチャ……ゴキ……。
近くで聞こえる不快な音で俺は目を覚ました。
それはすぐ隣、クーコが寝ていた辺りから聞こえてきていた。
焚火の火はいつの間にか消え、星空と月明かりだけが暗闇を照らしていた。
体を起こした俺が寝ぼけ眼でクーコの方を見ると、暗闇よりも黒い何かがクーコに覆いかぶさって蠢いていた。
「……クーコ?」
俺の声に一瞬反応したそいつは、それでも動きを止めることもなく不快な音を立て続けている。
目が慣れた頃、ようやくそいつを視認することが出来た。
それは大きな黒いスライムだった。
俺の腕に体の一部を撃ち込んできたあの時の黒いスライムと同じ。
しかし、その何倍も大きく虹色の魔力を纏っている。直ぐにコイツが本体だと分かった。
「クーコ!!」
嫌な予感がして、俺はクーコに覆いかぶさるスライムをどかそうと触れた。
その時――。
グチャッ……バキ……。
俺の手が一瞬にして押しつぶされていくのが分かった。
そのまま手が、腕が、肩が徐々に黒い塊にバキバキと音を立てて飲み込まれていく。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ”ッ”ッ”……………………」
あまりの痛みに叫び声をあげたが、俺の声はあっという間に飲み込まれていった。
――魔王討伐に失敗しました。
スキル【コンティニュー】を発動します。
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