第2話 ゲーム中のラスボスって、掃除機かけに来るお母さんだよね
これは、俺がまだゲームの世界に転移する少し前の事だ。
「よし! そのまま……いけ!」
俺は今、買い溜めていたゲームに夢中になっていた。
ボスの動きに合わせ、躱すと同時にタイミングよくカウンターを浴びせていく。
「もうちょっと……あと少し!」
「……ショータ……早く降りて来なさい」
1階から俺を呼ぶ声が聞こえる。
さっきから何度か呼ばれていたのは気づいていた。けど、もう少しでこのステージのボスを倒せるといった所。何とかコイツだけでも倒したい。
何度呼んでも反応がない事に郷を煮やしたのか、声の主が階段を駆け上がってくる。そして勢いよく部屋の扉を開ける。
「ショータ! ご飯出来てるわよ、そろそろ起きなさい! ……ってあら、珍しく早起きじゃない」
一旦スタートボタンを押してゲームを止めると、後ろには母親が立っていた。
いつもならまだ寝てる筈の俺を見て、怒りよりも珍しさが勝った様子で俺を見下ろしていた。
「今日から夏休みだからね、時間は有効に使わないともったいないよ」
「いつもは寝てばっかりの癖に何言ってんだか。それに起きてるなら返事くらいしなさい。ご飯出冷めるわよ」
時計を見るとすでに8時を回っていた。
母が部屋のカーテンを開けると、朝陽が差し込み目が眩んだ。
どうやら気づかない内に朝になっていたようだ。
眩しさから自然と出てくる涙を拭っていると、あくびが出た。
母は俺が早起きしたと思っているようだけど、実は昨日から一睡もしていない。
何故ならこの日の為にまとめ買いした新作ゲーム10本をクリアするまで、一睡もしないというルールを自分に課したからだ。
ゲームを全てクリアするまでは何もしない。寝ることも、宿題も、友達との遊びも全てだ。何人たりとも俺を止められる者はいない。それが例え母親だろうと例外ではない。
「ゲームはいいから先に朝ご飯食べちゃいなさい」
「先食べてていいよ、俺は暫くゲーム漬けになると思うし」
「ゲーム禁止にするわよ」
「はーい、今すぐ行きまーす」
俺はすぐにルールの変更を余儀なくされた。
俺を止められるのは一日3食のご飯だけだ。ただし、それ以外はゲームしかしない。ご飯は食べないと死んじゃうからね、仕方ないね。
急いで朝食を食べた俺は部屋に戻りゲームを再開する。
「
それからも何度も
衛生管理を疎かにすると多分死んじゃうから仕方ないよね。
もう少し早くクリア出来ると思っていたが、何とかその日の内に1本目のゲームをクリアすることが出来た。邪魔者がいたにしては良くやった方だと思う。
そんな事を繰り返すこと10日間。遂に最後のゲームもエンディングを迎えることが出来た。
「あ”あ”ーしんど……マジで死にそう」
いくらゲームが好きとは言え今回ばかりは無謀な挑戦だったと反省する。
寝ないという事がこんなに辛いことだとは思わなかった。マジでぶっ倒れる寸前だ。
これでようやく寝られる。
そう思った時、視界の端にまだプレイしていないゲームがある事に気が付いた。
(あれ? もう一本残ってたのか、それにしてもこんなゲーム買ったかな?)
そのゲームに関しては買った記憶が一切なく、どんな内容かも分からなかった。
「いん……ごく……クエスト?」
パッケージには『淫獄クエスト』の文字が書かれている。
タイトルだけでは内容はよくわからなかった。
裏側を見ると勇者やモンスターが描かれている。どうやらファンタジー系のゲームのようだった。
眠さは既に限界を迎えており、意識が朦朧とする。
最早これが10本目なのか、11本目なのかも分からない。それでも俺はゲームを開始した。目標は一日でクリアだ。
簡単なチュートリアルをこなし、城に呼ばれた主人公がスパン王と名乗る王様に名前を尋ねられている。
自分の名前を入力しろということだ。
寝不足により精神的にハイになっていた俺は、迷わず下ネタを入力する。
「『ポコチン』と、あれ、駄目かぁ……じゃあ『ポコティン』でいいか」
『ポコチン』と入力し決定ボタンを押したが、スパン王にふざけるなと怒られてしまった。
ゲームによっては下ネタが入力できないように設定されているものもある。なので仕方なく『ポコティン』にすると、問題なく会話は進み始めた。
【勇者ポコティンよ、仲間を集めてこの世界を救うのだ】
王様のその言葉を最後にチュートリアルは終わり物語が始まった。
そして、それとほぼ同時に俺はコントローラーを握ったまま静かに息を引き取った。死因は睡眠不足による過労死だった。
寝不足でも人は死ぬことを俺は知らなかった。
薄れゆく意識の中、誰かが俺に話しかける。
『おお……ショータよ。死んでしまうとは情けない』
暗転したテレビ画面には、白く無機質な文字が浮かび上がる。
【コンティニューして、新しい人生を始めますか?】
【はい・いいえ】
俺は死にゆく間際、無意識に「はい」を選び決定ボタンを押していた。
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