第2話 二回目のキス

※クーデレなので、言葉の端々に現れるデレをお楽しみください。




「もっかい――って何を?」


 指示対象語なんて当然分かっていたが、聞かずにはいられなかった。というか、勘違いだった場合が悲惨なことになるので、確認がしたかった。それに、まさか、という感情が後押しして喉から漏れた言葉がそれで、言ってからかなり陳腐だな、と冷めた心が呟いた。


「そりゃ、ほだしんは現代文の点数高いから分かるでしょ。それとも日本語が出来なくなっちゃった? 英語も出来ないのにこれから先どうやって生きてくの? 言語が堪能な人にお世話してもらうしかないんじゃない?」

「いや、現代文は日本語とは別だろ? 古文の『現代語訳しなさい』は『訳しなさい』だろ? それと似たようなもんだよ。

 うん、何が『はなはだしい』だよ。誰もそんな言葉使ってるとこ見たことないわ。古文教師は使ってんのか? あぁん?」


 焦りが俺に一人ツッコミを強要して、知らぬ間に古文教師への怒りへと変化していたのに、彼女は俺を本筋へ引っ張り込んで逃がしてくれない。


「キスだよキス。昨日したでしょ? 忘れちゃった? ニワトリって三歩で忘れるらしいけど、ほだしんは何歩で忘れたの?」


 今度は、彼女は躊躇いも恥じらいもなく淡々と言った。


「覚えとるわ! あんなバカみたいな事故は無限に歩いても忘れないね!」

「私も忘れないかな。あれファーストキスだし」


 彼女が最高裁の裁判の机の上で小槌を鳴らした。一瞬、判決の申し渡しをされたような、断罪されたような気分になる。

 なんてことはない、彼女は机をノックしただけで、それは話の進みが遅いことに苛ついている合図。こうなると脇道に話を逸らすのは避けた方が良い。でないと――


「俺はファーストキスじゃないからな! 幼馴染みと昔したことあるからな! その幼馴染みは今カレシつくってブイブイ言わせてやがるけどよ! 俺もそのうち――」

「ねぇ、ほだしん。するの、しないの? ちなみにキスはマスク越しね。普通にキスするなんて嫌だから。あの唇の感触けっこうハマってね、もう一回やりたくなってさ。ねぇ、どう?」


 でないと——話の流れをぶった切って、彼女は自分の話を進めてしまう。そしたら、もう逃げることはできない。

 ぐいっと迫ってきた顔は、視界を覆い尽くし、切れ長の目がじっと瞳を見つめ返してくる。

 喉から声を絞り出したら、出てきた言葉はまたもや陳腐なものだった。


「俺が嫌だって言ったら?」

「わかんない。中毒になってたら他の人にお願いするかも。私自身分かんないな。そうだ、ほだしんが決めてよ。私誰とキスすれば良いかな?」


 縫衣が誰かとキスしているのを思い浮かべる。普通に気分が悪い。

 俺には一つ下の妹がいるが、その妹がカレシとベッドでイチャついてるのに遭遇してしまった時と同じぐらい気分が悪かった。


「私はさ、ほだしんが一番仲いい男子なんだよね。ほだしん以外となるとまこととか広芽ひろめとか本田ほんだとかかな。飯田いいだはやめてね」

「いや、なんで――」

遠空とおそらもダメだよ。彼女いるし、人気あるし」

「モテるのか遠空。まぁ遠空はいいやつだからな~。俺は? モテてる?」

「ん~……ヒミツ。で、どうすればいいかな? 私はんだけどな? ねぇ――ほだしん、キスしてくれる?」


 少し間を空けた後の有無を言わさぬ気迫に、俺は反射で頷いてしまった。

 いや――脊髄が、あの柔らかさを求めて、脳が何かを言い出すより先に頷いただけなのかもしれない。


「やった。じゃあ――」

「お邪魔します。どなたですか? 西園寺と申します。そうですか、お入りください。お邪魔します」


 変な口上が聞こえてきて身体が固まる。誰かが入ってくると分かっているのに、硬直した身体は動けない。

 縫衣が俺に迫って、まるで――というか事実、キスしようとしている事態を人に知られかねないのに、身体は動かない。それは縫衣も同じだったようで、縫衣は目を見開いたままでいた。


 ガラガラと扉が開く音が鍵だったのか、身体を縛る鎖が解け、縫衣と俺は咄嗟に距離を取った。


「おっはよー」

「おはよう騒香そうかちゃん。今の何だったの?」

「ん~ノリ? てかソウカって誰やねん、ウチは静香しずかや! あと今のは聞かんといて、なんのオチも考えんと喋ってた」

「西園寺、気にすんな。いつもお前はそうだから。そのままが一番可愛いぞ。バカっぽくて。いや、バカそのものか」

「なんやとこんにゃろー! いくらほだしんでも容赦せぇへんで!」


 日常を繕い、穴をマスクで覆う。覆ったマスクのその下で、俺の、そして後で聞くところでは、縫衣の顔も赤く染まっていた。



 *



 放課後、屋上階段でね。

 縫衣はそう言って、授業が始まるまで別の教室に行っていた。


 屋上は施錠されているが、むしろそれが故に屋上階段は人気がなく、しかしそれが故に、よく秘め事の際に使われる場所だ。

 分割教室なんかでは、扉に翌月までのカレンダーがあって、使いたい人が空いてる日付に時間と目的を書けば好きに仕えるようになっているが、屋上階段でもそういうのをすれば良いと思う。


 いついつ、某が誰々に告白します。とか。そんで、そこに白と黒のはんこを用意して結果を記入するのだ。成功は白丸。失敗は黒丸。みたいなかんじで。


 階段の外から告白シーンを眺めながらそんなことを考えて、空想世界のカレンダーに俺は黒丸をつけた。


 うちの学年のトップカーストに君臨する誰にでも優しく快活な聖女――秋夜あきやへの告白は絶対に叶うまい。あやつにはベタ惚れしているカレシがいるのだ。

 告白に破れた下級生が涙目で階段を降りていくのを見て、俺は合掌せずにはいられなかった。


「よっ、大変だな」

きずなくん、こんにちは」

「おう、このあとここ使っていいか?」

「もちろん、ここ私の場所じゃないし。ねぇ、遠空くんって今どこにいる?」

「お前のカレシなら教室で西園寺に絡まれてたぞ。おアツいことでようござんす」

「ありがとう、じゃあね~」


 聖女の声は麗しい。聖女は俺のタイプではないが、あれは胸と知性と顔のアドバンテージがでかいので、文句なしの守備範囲内。カレシがいるから眼中にないが。

 ぴょんぴょんとポニーテールを跳ねさせながら聖女は階段を下っていった。


「で……人を呼んどいて自分は遅れんのか」

「いるよここに。秋夜さん聖女と鉢合わせになって、あわててここに隠れただけだよ。私はバカじゃないし不潔でもないから」


 掃除用具入れから姿を現した縫衣は先に俺の悪口を防ぎながらそう言った。

 彼女は言いつつ、俺に迫る。さぁ、キスをしようと。


 何故こんなことになってしまったのか分からない。

 縫衣はマスクの上で目を細めてニヤつきながら、俺の視界を覆った。

 そして、誰も邪魔はしないからと、遠慮なしに強く長く、唇を押し付けた。人肌で温もったマスクは、終わってからもその感覚を忘れさせてはくれなかった。








PS:なんか昔の自分と違うけど、軽やかな文章書くには深層心理がそう軽くない。3/10よ、二度と来るな。

 ちな、登場人物の名前はこれからの作品のキャラの伏線だったり、クロスオーバーだったりかけてます。

 リハビリ:

 今日の失敗点:文章が軽くない。なんでだろ?

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