「何もかも、うまくいっていると思いました。当時、主人は、仕事もしていませんでしたし、親戚からは縁を切られていたのでバレる心配はありません。死体は、掘り起こさない限り見つからない。強盗犯はもういない。林克行は生きていることになっている。これでいいと思っていました。でも、あの日、金曜日です。久しぶりに友人と会っていて、帰ってきたら、藤田さんがリビングで倒れていました。二十時頃だったと思います。慌てて駆け寄ると、もう冷たくなっていました。亡くなっていたんです。私は、何をするのがベストなのか、考えました。今思うと恐ろしい発想ですが、あのときは、一番良い手段だと思ったんです」

「藤田の遺体を損壊し、遺棄した」

「はい。あの人は、私たちにとっては神様でした。救急車を呼んだり、警察に連絡したりすることになったら、あの人が林克行ではないとバレてしまいます。つまり、あの人が強盗犯であり、克之を殺した殺人犯だということも、バレてしまいます。あの人の顔が万が一世の中に公表されることになったら、八王子の近所の人たちや職場に、『あの人、知っている』とバレてしまいます。何もかも隠し通すには、藤田さんの身元を隠して、死体を捨てて、林克行の捜索願を出すことがベストだと思いました。行斗は何もしていません。全て私が決めて、私がやったことです。私は、私たちを救ってくれて、十年間一緒に暮らしたあの人の顔を、毛布の上から庭にあったコンクリートブロックで、何度も何度も……つぶしました」


 ふっと目に涙を浮かべる喜美子。毛布をかけて顔をつぶしたから、遺体の衣服があまり汚れていなかったのか。岩山田は最初に抱いた遺体への違和感が、晴れていく感じがした。手口は残忍なのに憎しみを感じない、不思議できれいな遺体。


「指紋まで焼いたのはどうして?」


 岩山田は聞いた。これはずっと疑問に思っていたことだ。


「八王子の自宅には、あの人の指紋がたくさん残っています。いくらきれいに掃除したとしても、十年間住んだ家です。どこに指紋が残っているか、わかりませんから……」


 岩山田はきれいに整頓された清潔な林家の居間を思い出した。そして、涙を浮かべて淡々と語る喜美子を少し薄気味悪い気持ちで眺めた。嘘を言っている気はしない。ここにきて嘘を言う必要もないだろう。


「それから川に捨てた?」

「はい。捜索願いを出すタイミングで庭を掘り起こしていたら完全に怪しいと思ったので、どこか遠くに捨てるのが良いと思いました。車で川の近くまで降りられる場所は、行斗が小さいときに遊んでいた横浜の河原しか記憶にありませんでした。幸い、記憶と変わらず車で川べりまで降りることができました。毛布でくるんだままの死体を、行斗と一緒に運んで、川に捨てました。本当は一人で全部やりたかったんです。でも、行斗が帰ってきてしまって……それに、一人じゃ重くて運べませんでした」


 喜美子に聞いた河原は、防犯カメラも水位計測カメラも設置されていない場所だった。喜美子は、行斗を犯罪に加担させたことを悔やんでいるように見えた。母親として、それは当然の感情であろう、と岩山田は思った。


 そして、喜美子は最後のひと押し、偽装工作のために、スマートフォンからメッセージを送ったという。


 八王子の自宅は別の捜査員が調べている。隅まで調べれば、藤田が生活していた証拠や、居間が死体損壊現場である証拠が出るだろう。喜美子の車を調べれば、死体を運んだ証拠も出るはずだ。自供に矛盾もなく、これで事件は片付くだろう。


 それにしても……と岩山田は思う。やっていることは残忍なくせに判断が冷静で、不気味な女だな、と。


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