携帯電話会社に問い合わせると、林克行のスマートフォンは、家族の証言通り、日曜の夜八時に家族へ送信されたメッセージが最後の使用であった。その後、使われた形跡はなし。


 岩山田と鈴木は克行が最後に行ったと思われるパチンコ屋に行ってみた。防犯カメラを見せてもらうためだ。しかし、周辺のパチンコ屋を三軒あたったが、鈴木らしき男は映っていなかった。 


「みんなカメラに映らないやつばっかりですね」


 運転しながら鈴木が愚痴る。


「これじゃ透明人間ですよ」

「まあ、ぼやくな」

「だって、十年前の強盗犯も消えてしまって、林克行も消えてしまった。それに、強盗犯はこの十年間、どこで何をしていたのかもわからない」


 鈴木の発言に岩山田は眉を動かした。


「十年間、どこにいたのか……か」

「え?」

「敬二、お前コンビニ強盗の防犯カメラ、見ただろ?」

「はい、見ました」

「犯人、痩せていたよな?」

「はい。店員も『細身だったから怖くなかった』といった供述をしています」

「だよな」

「どういうことです?」

「横浜で見つかった死体は、少し肥満に見えた」

「十年も経っていますからね」

「そうだ。そこだ。この十年、強盗犯は、ということだ。服装も身ぎれいであったし、少なくとも生活に困っていなかったということだ」

「まあ、そうですね。でも、犯罪さえ起こさなければ、普通に生活できたんじゃないですか? 自分がやったってバレてないわけだし」

「そうだよな。それならなぜ今頃になって、病死したのに顔をつぶされて指紋を焼かれた?」

「さあ……実はコンビニ強盗には共犯がいて、今頃になって仲間割れしたとか?」

「共犯……かあ」


 そう言うなり、岩山田は黙った。こういうときは何か考えているときなので、あまり話しかけないほうがいいと鈴木は学んでいた。黙って運転する。



 十分もすると、克行の職場に着いた。このあたりは大学が多いせいか、学生向けの飲食店が多い。そのうちの一つ、【高尾定食】という定食屋の厨房で克之は働いていた。


 【高尾定食】は、平日のためか空いており、二人は遅くなった昼食をとることにした。店は広くはないが清潔で、メニュー数が豊富で、しかも安い。学生に人気であることは容易に想像がついた。厨房で調理をしているのが店主か、禿頭の痩せた男性。


「はい、サバの塩焼き定食と、ハンバーグ定食ね。ごはんおかわり自由ですから、言ってくださいね」


 店主の妻と思われる女性が料理を運んできた。エプロン姿の似合う、ふくよかな中年の女性だ。岩山田と鈴木はまず腹ごしらえをすまそうと、割り箸を割った。


「うまっ」


 ハンバーグを口に入れるなり鈴木が声を出す。


「サバもうまい」


 岩山田も焼き魚を食べながら、心の満たされる感覚を味わった。胃が満たされると心が満たされる。食事というのは大事だなと思う。十年前のコンビニ強盗犯は、この十年間、食事に困っていなかった。飢えというのは、ときに人を歪めることがある。逆に、いつも食事に満たされていたら……人が更生されることはあるのだろうか。


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