三章 再捜査 1

 月曜日。海で発見された遺体が、十年前のコンビニエンスストアの強盗犯のDNAと一致したことで、刑事たちは十年前の事件を再捜査することになった。岩山田と鈴木は、事件当日に警察の訪問を受けた家への聞き込みを行う。


 岩山田は、その中の誰かが、もしかしたら、当日強盗犯をかくまっていて、警察が帰ったあとに逃がしたのかもしれない、と思った。しかし、そんなことする理由はわからない。考えられるとしたら、脅されていたということか。しかし、十年も経った今、どうして病死した強盗犯は、顔面をつぶされ、指紋を焼かれ、海に捨てられなければならなかったのか。わからないことが多すぎる。


 一軒家の家族にはすぐに会えた。当時のままの家に住んでいたからだ。田中隆たなかたかし(当時四十三歳)、あき(当時四十歳)、しゅう(当時十二歳)みゆ(当時十歳)の四人家族であった。五十歳になった母親のあきは、十年前の事件の夜のことをよく覚えていた。年配の女性用ファッション誌を熟読していそうな風貌だな、と岩山田は思う。ゆるくパーマのかかった髪はおそらく美容院でセットされたものだろうし、服装も五十にしては若々しく、少女趣味な印象であった。 


 あきは岩山田の訪問に少し怯えた顔をしたが、鈴木がにこやかに声をかけると少し表情を緩めた。


「十年前に近所でコンビニ強盗がありましたよね、そのことでちょっとお話伺ってるんですけど」

「あぁ、はい。ありましたね。よく覚えています」

「警察の人が家まで来て、大変でしたよね?」

「はい。子供たちはもう寝てましたし、強盗なんて怖いなって思いましたけど、特に物音とかも聞かなかったですし、戸締りちゃんとして寝ようって主人と話していたんです」

「じゃあ、誰も見ていないし、誰も家には来なかった?」

「警察の方だけです。来たのは。でも、十年も経って、今更、どうしたんです? 捕まってないって聞いてましたけど、捕まったんですか?」

「えっと~」


 何か言いそうになる鈴木を「捜査中のことはお答えできません」と岩山田が制した。


「そうですよね……」

「でも、この街やご近所が、危険にさらされているということではありませんので、ご心配なく、いつも通りにお過ごしください」


 岩山田の突然の丁寧で穏やかな口調に、あきはちょっと面食らっていた。強面な人相とのギャップを感じたのかもしれない。驚いたあとにゆっくり微笑んで「ありがとうございます」と言った。


 鈴木は、やはり岩山田のことはよくわからないな、と思った。


 田中家の父親は上司とゴルフに行っており、息子はすでに社会人で一人暮らし。娘は大学のサークルで出かけているとのこと。


「もし何か思い出したら、些細なことで結構ですので、こちらにご連絡ください」


 そう言って岩山田は田中あきに名刺を渡し「ご協力ありがとうございました」と、田中家を後にした。




「どう見えた?」


 岩山田は鈴木に聞いた。


「嘘をついているようには見えませんでした。それに、最近になって強盗犯の遺体を損壊して遺棄したようにも、見えませんでした」

「だよな。もしかしたら、父親や息子が関わっているのかもしれないが……」

「父親はともかく、息子は当時十二歳ですよね? 今になって何か関与してくるでしょうか?」

「わからん。可能性は全てつぶそう」

「そうですね」


 鈴木は汗で張り付いた長い前髪を指でかき分けた。蒸し暑い真夏の空は青々と輝いていて、岩山田は、十年前に一体何があったのだろうと思いをはせた。車で通りすぎるとき、アパートが建っていた場所を見ると、駐車場になっていた。

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