002 ラストエンゲージ

 



「私を……殺す? どうして? どうしてそんなことを……?」




 反射的に聞き返すメアリー。


 一体、誰が、何のために――数多の疑問が一気に頭に噴き出してきたが、どうやらフランシスの焦りようを見るに、あまり時間は残されていないようだった。


 彼女は手にした鍵で牢を開き、メアリーの手を握った。




「説明は後。ここから脱出するから、メアリーも急いで」


「は、はいっ」




 フランシスに手を引かれ、駆け足で地下から脱出するメアリー。


 階段をのぼって上層に入ると、すぐ真横に血を流して倒れる男の姿があった。




「ひっ、警備員さんが……っ!」


「私がやったの。たぶん死んではないと思うけど、手加減してる余裕はなかったから」




 冷たく言い放つフランシス。


 その言葉に恐怖するメアリーだが、同時に頼もしさも感じていた。


 普段のフランシスは、決して短絡的に暴力を振るうような女性ではない。


 その気になれば、一流の魔術師として“水”を操り、何人だって殺すことができるはずだ。


 だからこそ自らを律し、むやみに力を使わない。


 そんなフランシスが、メアリーを救うために他者を傷つけたのだ――その覚悟、その決意に気づかないほど、鈍い妹ではない。




「……前から三人、来てる」


「えっ!?」




 フランシスは廊下の曲がり角の手前で止まる。


 メアリーには人の気配はおろか、足音さえ聞こえなかったが――数秒後、奥から話し声が聞こえてくる。


 接近するのは、長銃を携帯し、上半身にチョッキをまとった兵士三人。


 装備はほとんど、メアリーを拘束した兵士たちと同じ。


 チョッキには魔法を防ぐプレートが仕込まれているだろうし、所持している銃もおそらくは、使用者の魔力を使って弾丸を生成する“魔導銃”の類だろう。




「はっ、侵入者だとよ。こんな警備が厳重な施設によく来たもんだ」


「公爵様が隠したがってるもん、全部ここに詰まってるからな。泥棒からすりゃお宝の山に見えるんじゃねえの?」




 フランシスは角から兵士たちの様子を伺いつつ、戦力を見極める。


 彼女の瞳には、“アナライズ”の魔術によって数値化された、相手の評価が表示されていた。




(一人目は魔術評価104、その隣は魔術評価201、三人目は236――どれも“魔術師”ではない。つまり魔術を警戒する必要はない。わざわざ魔導銃で武装してるから当然だけど)




 魔術評価は、本人の保有する最大魔力量と、一度に出力できる量が掛け合わされ決定される。


 “魔術師”と呼ばれるのに最低限必要なのは300と言われているが、それは保有量と出力量のバランスがよかった場合の話だ。


 保有量だけ多くても火力が足りず、出力量だけ多くてもすぐにガス欠になる。


 だが、使用者の魔力を使い弾丸を放つ魔導銃を使えば、“出力量が少ない”というアンバランスさを補うことが可能である。


 もっとも、それはあくまで魔術師になれない人間の都合であり――一流の魔術師には、そこらの魔導銃など必要ないし、通用もしないのだが。




「無駄口を叩くな、二人とも。どこに侵入者がいるのかわからないんだぞ」


「大丈夫だって。今どき、並の魔術師じゃあ俺らの装備を突破することすらできない――」




 ちなみに――参考までに、フランシスの魔術評価は5658である。




「行け」




 彼女が手を前にかざすと、透明の水が現れる。


 それは蛇のように兵士の足元に伸び――足首を掴んで引っ張り、男を転ばせた。




「何ッ!?」




 二人の視線が倒れる男に向けられる。


 その隙にフランシスは前に出て、水針を生成して男の眉間を一突き。




「お、あっ……!?」


「きっ、貴様ぁぁぁあああッ!」




 至近距離で仲間を殺された兵士が銃を撃とうと構える。


 フランシスは死体を盾にガード、それを見て相手は発砲をためらう。


 その隙に”盾”から銃を奪ったフランシスは容赦なく引き金を引く。


 至近距離での連射を食らい、痙攣したように体を震わせながら絶命する。




「残るは一人」




 事務的にそうつぶやき、フランシスは倒れた男の額に銃口を突きつけた。


 熱を帯びた金属を押し付けられ、ジュウッと音を立てながら焼ける彼の皮膚。


 今後のことを考えてか、消耗を避けたコンパクトな戦術――それでもフランシスの力は圧倒的だった。




「ひ、ひいぃっ! 許してくれ……お、お、俺は死にたくない……!」


「……そうだね、私も殺したいわけじゃない」




 フランシスの少し優しい言葉に、ほっとした表情を浮かべる男だったが――直後、強く足裏を叩きつけられ、鼻骨を折られながら気絶した。


 戦いが終わると、メアリーはフランシスに駆け寄り、抱きつく。




「お姉様ぁ……」


「怖がらせてごめんね、メアリー。出口はすぐそこだから、急ごう」




 再び妹の手を引いて走り出すフランシス。


 メアリーは死体を振り返り、目に涙を浮かべたが、ぐっと恐怖を飲み込んで、雫はこぼさずに廊下を駆け抜けた。




 ◇◇◇




 建物の裏口から外に出る。


 メアリーは振り返り、初めてその外観を見た。




「街の中央に建てられたビル……私、こんな場所にいたんですね」




 灰色の壁に、いくつも並んだ大きなガラス窓――それは公爵の権威を主張するように、天高く伸びていた。


 婚約パーティが開かれたのはスラヴァー公爵が所有する木造の“屋敷”だったが、このビルディングもまた、彼が所有する建物である。




「街並みが台無しだよね。この外観はロミオの趣味だって噂だけど」


「悪趣味です、あんな地下牢まで用意されてるなんて……」


「よからぬことに使うつもりだったんだろうね」




 話しながらビルから離れていくと、目の前に高い塀が立ちはだかった。


 フランシスはメアリーをお姫様抱っこして、水の魔術で作った紐を塀の一番上に引っ掛ける。


 そしてジャンプして、一気に体を引き上げた。


 ひとっ飛びで飛び越え――ほとんど音もなく着地。


 さすが近接戦闘を得意とする魔術師だけあって、魔力コントロールのみならず、身体能力も相当なものだ。


 メアリーはうっとりと、憧れの視線を姉に向けた。




「さあメアリー、車に乗って。早くここから離れないと」




 目の前には、フランシスが手配した黒い車が乗っていた。


 いわゆる“魔導車”と呼ばれる乗り物で、電気と魔力を併用することで、高速に長時間走り続けることができる。


 オルヴィス王国全体で見ると普及台数はまだあまり多くないが、比較的裕福なスラヴァー領では、それなりの数が走っている。


 メアリーは後部座席に乗り込むと、フランシスは扉を閉じようとした。




「お姉様は乗らないんですか?」


「ごめんね、メアリー。私にはまだやることがあるんだ」


「そんなっ!」


「大丈夫、すぐに合流するから」




 メアリーの頭を撫でながら言うフランシスだが、その言葉をすぐに信用するのは難しかった。


 たとえフランシスがそのつもりだったとしても――彼女はすでに、警備員を数名殺害しているのだ。


 無事でいられるとは思えない。




「嫌です、私はお姉様と離れたくありません!」


「メアリー……」


「私では役に立たないかもしれませんが……それでも、嫌なんです。ここでお姉様と離れ離れになったら、もう二度と会えなくなってしまいそうで!」




 その言葉を受け、悲しげな表情を浮かべたフランシスだったが、すぐに満面の笑みを浮かべてこう言い切る。




「そんなことは絶対にありえない。私は、いつ、どんなときでも必ず、メアリーの近くにいるから」


「お姉様……」


「約束する」


「約束、ですよ? 絶対に、絶対ですからね! 指切りだってしますから!」




 小指を絡めるメアリーとフランシス。


 そして指が離れると――今度こそフランシスはドアを閉めた。


 運転手がアクセルを踏み、車が走り出す。


 メアリーは窓に張り付いて、離れゆく姉の姿を目に焼き付けた。



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