第4話 ママのいけないこと

 結婚に至るまで、自分を傷付けて来た道があった。


「静江。どうしたのその怪我は」


「分からないよ」


 日常のことで、感覚が鈍麻になっていたのだろう。

 小学校では、学校でも下校途中でも遊んでいるときでも心身への苛めが激しかった。

 抗うことなく過ごしていたが、六年生のとき、盗難及び痴漢の被害で流石に決意する。


「誰かが悪戯しようとしても奪えないように、頭を鍛えたい」


 やっと一人で帰れる雨の日に、傘もなく虫食いのトタン屋根を片手に考えていた。

 その折、お風呂を支度してくれていた母とも意見が合った。


「お隣のお兄さん、中学校で失明しそうになる程首を絞められたらしいよ。お母さん、静江はあそこへ行かない方がいいと思う。今からだけれども、私立を見学したり、進学塾へも面接に行こう」


 だから、荒廃した地元の学区域から逃れるべく、中学受験もする。

 中学時代は担任の先生に恵まれて、楽しかった。

 高校は、好きな先生や科目はあったが、担任やクラスはドブ板を踏み外したかのようだ。

 そこでも、人間関係に悩んだりした。

 進学したら、環境も変わるかと思っていたが甘い。


「最初の大学では、オールAだったのに、自助具じじょぐのデザインをしたら、会ったこともない教授とやらに却下されては腑に落ちないよね」


 教授が年寄りはこんなものを使いたがらないと憤慨していると、他の先生から聞く。

 成績は資格の単位も含めてオールAだったが、卒業制作のテーマでケチがついた。

 滅多に来ない学生のどこがいいのか、私が狙っていた椅子を尻でどかされた気分になる。


「高校生のとき、進路に迷っていたら、ここでも、お母さんが二つ大学へ行ってもいいと思わないかと助言してくれたお陰で、受験して新しい道をもぎ取ったよね」


 母のフォローと思えばありがたい限りだが、無理をしたのかも知れなかった。


「次の大学では、同じ学部の学科でも、別の研究室に入っても居所はなかったよ。実は、一年生の後期に退学を考えていたけれども、お母さんが折角入ったからと引き留めたよね。ただひたすらに、ゆうを集めるだけの日々に辟易していたのかな。部活に管弦楽部を選んでいたよ。でも、煙が漂い、女の話が飛び交う不健康な環境が合わず、後期から行けなくなり、お化けのように去ったよね」


 ここにいる私は要らない子だと感じ始める。


「四月の某日、偶然にも佐祐さんと出会い、この人に好感を持ったものだから、退学するのはいつでもできると思い直すようになったの」


 今風の尻軽女に振り回されて、彼との間にマリアナ海溝ができ、結婚しても殴られることもある程根深いものだった。

 私は真面目に生きて来たから、性的に軽いのを許せない。

 友達だからとか、融通は蹴っ飛ばした。


「真面目に勉強していたら、特待生に数度選ばれ、学費免除となったのが嬉しかったけど、意味なかったね」


 真面目に真面目を着せただけ。

 後に聞いた所、佐祐さんは私が具合が悪そうだから、そういう病院を提案しようと思っていたらしい。

 揉めても遠距離恋愛へと発展した。


「お母さんは、佐祐さんが秋田の人だからか、結婚に反対だったね」


 私はさくさくと佐祐さんのご実家へ遊びに行った。

 まだ、秋田新幹線もない頃で不器用な回り道をして辿り着く。

 そこは、病院には医師がおらず、駅もない、山が住んでいる所だった。


「ふるさとを感じて、ご家庭にお邪魔して考えようとも思っていたし、そうしなくても結婚したかったわ」


 おもてなしなのだろうけれども、家庭や地域の環境を感じた。

 後に聞いた所によると、俺の嫁になる人だから丁寧に扱ってくれと、佐祐さんが支えてくれたそうだ。


「念願の大学院に入って、あれもこれも新しいことしかなかった」


 五月には、喘息発作が頻回に起こり始め、治療費を払うとご飯を食べられずに困った。

 学校への完璧主義が崩壊する。

 その内に私自身で内科の病院と間違えて足を踏み入れたことのある近くの専科病院で、薬を処方されると、自宅で気を失ってしまった。


「誤魔化しつつ学校でがんばっていたけれども、ここでも気不味くなったよね。担当教官はとてもよかったのに、不甲斐ないわ」


 病気になってしまったからと、彼氏は夫になってくれた。


「俺の所に来てくれたからな」


 その言葉でどれ程救われたか。


 ◇◇◇


 私は秋田県の県境に佐祐さんと新居を構えた。

 仕事場はそこから遠い。

 通学先もそこから遠い。

 それでも、歩み寄って共に暮らす道に縋った。


「ここから青森あおもりへ通学するのも大変だろうから、朝と帰りは駅前の公衆電話で俺にかけてくれ」


 佐祐さんは、駅付近に車を待機させて、電話ボックスに車をつけてくれた。

 しかし、青森にある病院へももう通うのが大変になって来た。

 県境にある総合病院に転院する。

 そこで、医師の川原田かわはらだ先生と出会い、私は理解を得られたと感じた。

 夫となった佐祐さんは、あの先生は怖いと今でも言うが。


「私なんて死ねばいいのに」


 この頃から、希死念慮きしねんりょが強くなり、いけないことを考えていた。


「死んだら痛いよ。死んだ先のことは分からないんだ」


 それは、誰よりも私を大切に思ってくれている佐祐さんの本音だが、理解するにはコペルニクス的転回が要る。

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