7:お前も私のものにならないか?



「し、師匠、その……。だいじょーぶ……、でしたか?」


「え、何が?」



馬車、それも私が奴隷商人にドナドナされたぼろの荷馬車なんかとは全然違う高級の馬車。そんなお貴族様とかが乗りそうな車内でぽけぇ、としてると急にアルちゃんがそんなこと言い出した。



「いやだって師匠今日すごく早く起きてたじゃないですか。私が勝手に入っちゃったから……。」


「あぁ、それ。別件だから気にしなくていいよ。むしろウェルカム。」



ウェルカム、の意味が通じずに首をかしげるこの子の頭を撫でてやる。昨日私が悪夢のせいで起きたのを、自分が寝台に紛れ込んだせいで起きたのだと思ったようだ。それぐらい気にしなくていいのにねぇ? ……あ、もしかしてこの表情。迷惑かけたことだけじゃなくて、寝ぼけて布団に入り込んじゃって恥ずかしいってのも入ってるな! くぁわいい!



「にしても、アルちゃんもお宅訪問は慣れてきたかな?」


「……正直まだ別世界過ぎてついていけてないです。」



そう、今日は“ビクトリア”としてファンのお宅訪問デーとなっている。この名前で活動し始めたときにオーナーに提案した商品の一つに、『私を一日自由に連れまわせる権利』ってのがある。オーナーが超富豪層メインに売り出しているだけあってとても高額、それに私のスケジュールの都合もあってそもそもの枠が少ないってこともあり無茶苦茶競争率が高い商品らしい。


まぁそんな一押し商品を今回お買い上げなさったのが私の一番の上客、元老院議員の奥様ことヘンリエッタ様だ。高齢な方なんだけど、とてもパワフルで『一日自由権チケット』をめぐって他の奥様方と殴り合いをして勝利の雄たけびをあげたかと思えば、領地経営とかもバリバリにやってるクレバーさも併せ持つパーフェクトお婆ちゃんだ。



「元老院、って私一生関わりないと思ってたんですけど……。」


「人生何があるか解らないよねぇ。」



元老院議員、まぁ簡単に言うと貴族の中でもかなりの高位で。その上無茶苦茶お金を持っている人のことだ。アルちゃんみたいな農民の子なんて一生合わない身分の人たちだし、私も会うことになるなんて全然想定してなかった。だってオーナーに提案した時も『一般の人でも何とか手を出せる値段ね? ファンとの交流を増やしてより深く応援してもらえるようにしたい。』って言ったんだよ? お金持ち相手にするつもりじゃなかったのよ?


なのに気が付いたらそれが多くの人間を顎で使うことができて、とんでもなく広大な土地を持っている人たちの相手をすることに。毎日金貨風呂ができる人たちだぜ? 奴隷なんかのためにわざわざ宿舎までこんな高級な馬車回してくれるんだぜ? 議員というか家としてのメンツもあるんだろうけど、わざわざ家紋付の馬車に完全防備の護衛付きで。しかも車内はふわふわのクッション付きと来たもんだ。



「他の方もそんな感じですし……、師匠がすごいのは解るんですけど奴隷にこんな良くしてもらえるのはなんでなんでしょう? なんかもう感覚が可笑しくなりそうです。」


「大丈夫、私はもうぶっ壊れてるから。」


「駄目じゃないですか!」



そうなのよ。最初は私も動揺してたんだけど、最近はビクトリアをやってる時の面の皮が厚くなったせいか、何食わぬ顔で『丁重なお迎えに感謝を、○○様のところまでよろしくお願いします。』みたいなこと言えるように成っちゃってんのよ。慣れって怖いね!



「まぁ理由なんだけどさ、オーナーが色々手を回したみたいだよ?」



どこにでもグループがある様に、私のファンのメインを担っているご婦人方にもいくつかのグループがある。そこの超富裕層、今日お伺いするヘンリエッタ様みたいなお金もあるし権力もあるような奥様方が集まる茶会かなんかで、オーナーは売り込みをしたらしい。そのグループの中で頂点にいるヘンリエッタ様に、『ウチのビクトリアの一日貸出ってのを始めたんですけど……、どうです?』と。


ヘンリエッタ様もまぁものは試しに。とやってみることにしたそうだ。そしたらやって来たのはもちろん私ってわけ。


前世の記憶のおかげでこの国のスタンダードなものではないけど異国情緒溢れる礼儀作法を押さえていて、この国とは別系統だけど奴隷にしては高すぎる教養を持っている。私も全力で頭働かせながら頑張るし、そも私を家に呼べるぐらいの人たちはそれまで政治や陰謀みたいな権力者の世界にいたせいか普通に話がうまい。結果的に無茶苦茶話が弾むってわけだ(もちろん無理なときもある)。代わりに私の胃が死ぬんだけど(無理なときはもっと死ぬ)。



「沈黙がね、辛いのよ。ほんと。」


「なるほど……。」



ま、この世界の人間って基本学ぶ機会を一度も得ずに生涯を全うするって人が多いみたいでね。こっちに来てから無理やり詰め込んだ知識もあるけど、そういった学びを得る機会があるほど稼いでる富裕層とちゃんと会話が成立する奴隷って珍しいみたいなんだ。そこに顔がよくて? 紳士的で? 無茶苦茶強い“ビクトリア”様を? 一日自由にできるってなると? みんな買うよね、って話。私も私でリピートしてもらえるように全力で演じてるしね?


しかも奥様方の情報拡散力はどの世界でも凄まじいらしく、すでにブームは過ぎちゃったけど一時期奥様方の間では私を家で呼ぶことが一種のステータスみたいになっていたらしい。上から数えた方が早いあの有名な奥様がやったってことで親交を深める話題にもなったみたいだし、私を呼べるくらいの財力がある、っていう証明にもなるみたいで。今はそこまで人気じゃないけど、『チケット』は基本売り切れ状態。ほんとありがたいことです。



……まぁこんなことになってるから私の価値が上がって値段が2億になってるし、まだ剣闘士になってないのに私の弟子だって理由でアルちゃんが1000万になってるんだけど。稼ぎたいから始めたのに逆に目標金額が上がるとか本末転倒かな?


だけどこれぐらいしないと一生奴隷のままだったし……、お商売って難しいね。



「でもうれしいことに? これに関しては競争相手がいないからねぇ、独占状態。」



まず私が女ってことで女性相手ならば男女の縺れ、みたいなことは気にしなくていい。昔なんか剣闘士と貴族の女性の身分違いの恋ってのがあったらしく、そこらへん結構厳しいみたいなんだけど同性なら大丈夫らしい。え? 男の場合だと私が襲われないのかって? そうなる前にそいつを切り刻むから大丈夫。


あと剣闘士としての強さと保ちながら私みたいな義務教育を受けた奴隷ってのも全くいない。普通学あったら剣闘士にしないで商売の手伝いとかさせるからね、逆もまた然り。そうなるとなんで私が剣闘士やってるのかって話になるけど……、まぁそれは置いておこう。考えると悲しくなる。


ちなみに他のオーナーが同じことをやろうとしたらしいんだけど、そいつの奴隷がお貴族様に無礼をはたらいたとしてオーナーともども処刑された、ってのはちょっと前よく聞いた話だ。一時期処刑ブームか! ってぐらいやってたもん。



「…………え、ちょっと待ってください処刑!? 今処刑って言いました!?」


「そうだぞ、もちろん私がなんかミスったら死ぬぞ。みんななかよく、くびちょんぱだぞ。」



アルちゃんも。どうでもいいけどオーナーも。



「あはー! おなかいたい☆ ビクトリアちゃんぽんぽんいたいの☆」



ま、ヘンリエッタ様に関してはそういう心配はないだろうけどね。


あの人は私のことを人間として見てくれてるから。






 ◇◆◇◆◇







「今日はお招き頂き誠にありがとうございます、ヘンリエッタ様。」


「あら? 私、そういう堅苦しいあなたは求めてないのだけど。」


「平にご容赦を、ここには他の方もいらっしゃいますので。」



帝都の貴族街、そこでも一際大きいお屋敷。ここが今日の仕事場だ。実際の試合みたいに命のやり取りをするわけじゃないけど、それ以上に精神が擦り減っていく。ただでさえ“ビクトリア”やってるときは一挙手一投足に全力を掛けないといけないのに、相手はとてつもない権力者だ。いつもの倍以上に胃の壁が削られていく気がする。



「確かにそうね、人払いを。」



彼女がそう言いながら手を叩くと、その場から使用人たちや護衛が離れていく。最初は『せめて護衛は』などとひと悶着あったが、この方が『じゃあ一度屋敷にいる兵を全員連れてきなさい? どうせ彼女には敵わないわよ。』ということがあり、お屋敷にいる兵全員VS私という模擬戦があったのだが……、まぁ普通に全員叩き潰してしまった。


結果『ほら、この子が本気になれば私なんかすぐよ? 護衛なんかいるだけ無駄だわ。下がりなさい給料泥棒たち。』てなことになっちゃったんだよね。


おかげさまで人払いはスムーズになったけど一部護衛の方々からはすっごく敵視されてる☆ おなか痛い!



「これで誰もいないわよ?」


「……ありがとう、ヘンリ。」


「ふふ、やっぱり闘技場のスターにそう呼ばれるのは気分がいいわね。剣を振るう普段のあなたとは違った姿が見られるのも、とても。」



そう私に笑いかけるのは生まれながらの権力者、クライズ元老院議員夫人のヘンリエッタ様。平民どころか奴隷の私たちじゃ一生顔を見ることすらできないようないと高きお方。お孫さんがいるほどのお婆ちゃんなんだけど、普通に剣は振るうし旦那さんを差し置いて領地経営すらしているスーパーお婆ちゃんだ。あと私のファンの一人。



「そう言ってもらえると剣闘士冥利に尽きるよ。……それで、今日は君にどう尽くせばいいのかな、ヘンリ。」


「あら! せっかちさんね。」



普通、奴隷がこんな喋り方してたら普通に首を跳ねられる。行きの馬車の中でちょっとアルちゃんを脅しちゃったせいか、私の従者役として来ている彼女が端っこでちょっと震えてる。大丈夫大丈夫、こうしてほしいって言われたからそうしてるだけで普段はしないって。それにこれぐらいで怒る人だったら私何回死ねばいいのか……。



「楽しい時間ほど短く感じる、一日なんかあっという間さ。そう考えればせっかちになっても仕方ないとは思わない?」


「相変わらずお上手ねぇ。」



彼女の眼が、ティーポットの方へと移る。入れてくれということだろう。


魔法やらスキルやら魔物やらと、元の世界じゃありえないもの溢れるこの世界だが茶の入れ方は似ている。茶葉も、水も。基本的な道具は既知のものだ。それに前世は結構お茶とかに凝ってた時期があったからね、お任せあれって感じ。


姿勢や見え方を気にしながらその場まで移動し、茶を入れる。元の世界とかじゃ電気ケトルが欲しいところだけど、こっちじゃその代わりに魔道具がある。やっぱりお湯がすぐ手に入るのはありがたいよねぇ……。まぁこの魔道具ケトル一つで小さな家が建つらしいから丁寧に扱わないとだけど。



「これはしっかりと蒸した方がおいしいかな?」


「そうね。じゃあその間に……、ビクトリア様? 私のものにならない?」


「なりませんよ。」



間髪入れずに拒否の言葉を口にする。ちなみにだけど紅茶の蒸し時間は2,3分。どう考えても奴隷の引き抜きが成立する時間じゃない。明らかにこのお婆様、断られる前提で話していらっしゃる。



「え~!」


「え~! じゃないよヘンリ。何度も言ってるだろう? 私は私で自身を買い戻す。確かにありがたい申し出だけど受けられないって。何回このやり取りを続けるつもりだい?」


「ほらお芝居でもあるでしょう? 『何度も言葉を重ねれば、きっと思いは伝わる!』って!」


「断られる前提で話したらただの否定が積み重なるだけでは?」



子供のように文句を言う彼女を半ば雑に扱いながら、使用人があらかじめ用意してくれていたのであろう茶菓子をセッティングしていく。もう解ると思うがこのお婆様、かなり愉快な方なのだ。



「あんなに情熱的に求め合ったのに!」


「私にとってファンのみんなは平等だよ?」


「あんなに優しく手解きしてくれたのに!」


「剣ね? 艶めかしく言っても無駄だよ?」


「普通に仕事の悩みとか相談してるのに!」


「……それに関してはもう無理だね。記憶消す道具とかない?」



情熱的に求め合ったのは多分お婆様の妄想が入ってるし、私は基本ファンのみんなには平等に接するように心がけてる。まぁお貴族様相手には許可貰わない限りこんな話し方しないからそういう区別はするけどね?


あと剣は教えてくれって言われた時はまぁサービスとして体を寄せるぐらいのことはしたけど内容は普通だったし。仕事のことに関しては……、うん。話されたら私聞く以外の選択肢ないのよ。こ、口外しないから許してくれませんかね?



「駄目かぁ~。」


「駄目だねぇ。」


「私は推しが近くにいて幸せだし、あなたは奴隷じゃなくなって幸せ。それにほら、私の孫もあなたに夢中でしょ? 護衛とかについてくれれば私も安心して死ねるんだけど。」


「おっと、そんな悲しいことは言わないでくれると助かるかな。」



若干うなだれながらそんなことを言う彼女。いやまぁ確かにそうなんだけど、誰かに仕えるってのはねぇ? この人はかなりマシどころかすごくいい人なのは解るんだけど、結局何も変わんないのよ。この人に買われるってのも、剣闘士で居続けるってのも。



「ま、あなたが望まないことをするのもね。……さ、ビクトリア様! 私にお紅茶を頂けますかしら?」


「喜んで。」



茶こしを通しながら彼女のカップに紅茶を注ぐ、そして次に私のものを。あとは毒見役として先に私が口をつければお召し上がりください、ってわけだ。お味はいかがですか、マダム? おいしい? それはよかった。



「あ、そうそう。あの伯爵覚えてる? あの人死んだみたいよ。」


「あぁ……、わざわざ最前線に送られたって言う。」


「とっても無残に死んだらしいわ、ほんといい気味ね! 勝手にあなたを買おうとするんだもの! 神様だってお許しにならないわ!」



伯爵、もう名前も忘れたんだけど無理やり私のことを買おうとした貴族の一人。元々は男のファンの一人だったんだけど、まぁ色々あってね? 勘違いしたのか元々そういう性格だったのかはわからないけど、自分の権力と財力を使ってウチのオーナーに圧力をかけた。つまり、私を自分のものにしようとしていたのだ。……言わなくても解ると思うけど私の体も狙ってたんだろうね。


う~ん、ビクトリア様って罪な女! こちとら中身男入ってるけど良いんですかね? 寝台の上で首切り落としますよ? 手刀で。


まぁそういうことになる前に、この目の前にいらっしゃるお方が異変を察知して、色々と動いてくださったんですよ。


オーナーから聞いた話になるんだけど、ことが始まってからは色々すごかったらしくてね? 私のファンの奥様方とかヘンリエッタ様と仲良くなりたい奥様方とかが一致団結して女の情報網で探りまくったらしいのよ。そしたら出るわ出るわ犯罪の証拠。


まぁ明らかに、というか大半が伯爵が関与していないものだったみたいなんだけどね。好機と見た他の貴族たちが犯罪の証拠とか、処分したいものを全部その伯爵のところに不当放棄したんじゃないか、ってオーナーが言ってた。……うん、まぁ簡単に言えばその伯爵がヘンリ様に嵌められたんだよね。イヤ


『私たちから推しを取るなこのハゲェェェ!!!!!』って叫んだところはもうほんとにすごかったらしい。



「……それを理由に私を引き込もうとするのはやめてよ、ヘンリ。」


「もちろん、私だって嫌われるのはイヤだもの。……あ、でも! 身分を買えた時は私が主催する舞台に出てくれないかしら!? あなた主演の舞台……、ふふふ! 趣味が実益を兼ねるってのはいつでもいいものね!」


「ははは……、仰せのままに、マダム。」



深く、礼を返す。


実際、私が今ここにいるのは彼女のおかげだ。富裕層、特に貴族の方々からすれば私は『珍しいタイプのピエロ』でしかない。奴隷という最下層の身分もあって、どこまで行っても“人間”として見ていない。それは私がファンと呼ぶ人でも同じ。試合とかじゃ興奮して歓声を上げてくれるけど、根っこじゃこっちのことを個人として認識してない、って感じかな。


それを、目の前にいるこの人は私のことを“人間”として評価して、それに見合ったもので私を雇おうとしている。『私のものにならない?』ってのは私の身分を買って、市民にしてあげる、ってことだ。代償として一生この家に仕える、ってのが条件だけど。


……正直まだ私の主人が前のオーナーだったり、私自身の貯蓄がなければすぐに飛びついていた話だ。しかも普通は一度断ればそれまでだけど、この人は何度も誘ってくれている。ほんとにね、頭が上がらない。


だからまぁ基本この人のお願いはなんでも聞くんだけど……。




「どころでビクトリア様? 話は変わるんだけど……、私のものにならない?」


「だからなりませんて。」




流石にちょっと勧誘が多くないですかね?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る