うちの子転生! ~MMORPGで育てた自キャラは、異世界でも大活躍しちゃいます♪~

千国丸

プロローグ

第1話 終わりと始まり①

――20XX年8月31日 日曜日 23時55分


 それはまさしく残暑という言葉に相応ふさわしい、深夜でも蒸し暑さを感じる日だった。そろそろ日付が変わるという時間にも関わらず、私は自室でパソコンと向き合っていた。いつも通りならベッドに入ってグッスリ眠っている時間だったけど、今日だけは夜更しすることに決めている。私にとっては特別な日だから。


「……これで最後、かぁ」


 なんとなくセンチメンタルな気分に浸りながら、私は眼前のモニタへ目をやった。画面に広がる西洋風の街並みは程よくデフォルメされており、どれだけ見続けても飽きない。毎日見てきたはずなのに、この景色を見るだけで心がワクワクしてしまうのは、きっと私が心からこのMMORPGを愛していたからだと思う。ちなみにMMOというのは日本語で"大規模多人数同時参加型オンライン"を意味する言葉で、一般的にネットゲームやオンラインゲームの名称でも親しまれる。


「ふふっ……今日もあなたは元気だね?」


 ふと、活き活きとした表情を向けてくれる"うちの子"と目が合った。20代の前半にキャラクタークリエイトしたので、彼女とはもう10年近い付き合いになるはず。見た目がなかなか決められなくて、チュートリアルを始めるまでに1週間近く費やしたっけ。

 私はこの"メル"という名前の少女を操って、ゲームの世界を駆け抜けてきた。キャラクターとしての強さを示すレベルは上限値の120に到達しているので、高難易度ダンジョンに挑む事もできる。とはいえ、強さにはあまり興味がなかったのもあり、どちらかというとアバターの方にばかり力を入れてたかも。猫耳と尻尾で愛嬌をふりまくケモノっ子なマイキャラクターはとにかくかわいくて、どこに出しても恥ずかしくない愛娘だと自負してるくらいだ。


『こうしてチャットするのも、これで最後だと思うと寂しくなりますね』


 我流のぎこちないブラインドタッチでキーボードを叩き、ゲームを通して知り合った友人たちに語り掛けた。打ち込んだ文字列は自分のキャラクターから吹き出しとして表示されるので、周囲にいるキャラクター全員へと伝わる。

 と言っても、サービス終了が決まったこのゲームにログインしている人はそれほど多くない。レトロな町並みが古風なRPGらしくて良い、と人気のあったメインタウン内でさえアバターの数はまばらだった。私のキャラクター"メル"の周りにいるのは、友人が操作する3名の女の子だけだ。


『その台詞を聞くの、今日だけで4回目なんだけど! そんなに名残惜しいの? このクソゲー』


『クソゲーって随分な言いざまだねぇ……ボクはそれなりに楽しかったよ。いやまー、ガチャのレアは酷い確率だったと思うし、戦闘バランスも悪すぎて苦労した思い出の方が多いけども!』


『ん……この化石みたいな内容で、よく長生きした方。他のMMOじゃ10年以上続く方がまれ


 三者三様な返事に、自然と笑みが溢れる。もうすぐお別れの時がやってくるなんて思えないほどに、みんないつも通りだった。

 初めて触れたオンラインゲームに右往左往する私を導いてくれた魔道を極めし者フォースマスター、ココノアちゃん。戦う農家こと大地の収穫者ハーヴェストの万能さと、ゲームに関する膨大な知識量で冒険を支えてくれたレモティーちゃん。対人戦において無敵と言われるほどの腕前を持ち、高難易度ダンジョン踏破に無くてはならない存在だった不屈なる剣闘士グラディエイターのリセちゃん――私がこのゲームで遊べて良かったと心から思えるのは、彼女達のおかげでもある。死んだ目で会社と部屋を往復するしかなかった灰色の日常に、歓びという名の彩りを与えてくれたのだから。感謝してもしきれないので、この世界が消えるまでにお礼を言っておこうと、私はキーボードへ指を這わせた。


『長い間、私と一緒に遊んでくれて感謝してます!』


 ついでに"喜び"を示すエモート動作もさせておこう。ファンクションキーに登録されたエモート用ボタンを押すと、ゲーム内の自キャラがお辞儀を始めた。このMMORPGはプレイヤー同士のコミュニケーションに重きを置いているため、場面に合わせた色々な動きをキャラクターにとらせる事ができる。


「こういう遊び心のあるとこ、好きだったんだけどなぁ……」


 私が遊んでいる、このネオ・クロニクル・オンライン――通称NeCOネコはオンラインゲーム黎明期にサービスを開始した古いゲームだ。当時は心温まるストーリーと豊富なアバター要素で注目を集め、次世代の覇権MMOと評価されていた。

 とはいえ、どんな業界でも時が経てばさらに斬新で魅力のある競合相手が生まれてくるものだ。映画のような美麗グラフィックを謳い文句にした大手ゲーム会社の作品や、爽快なアクション性が売りの人気タイトル、VRゴーグルを使って遊べる没入型の最新MMOなどが話題になる一方で、NeCOに代表されるようなオーソドックスなオンラインゲームは淘汰されていく運命にあった。

 おまけにNeCOは極端な舵取りのゲームバランスが特徴で、とにかく理不尽なダンジョンやボスが多い。一昔前なら"手応えのある難易度"と好意的に受け取る人もいたかもしれないけど、娯楽が溢れる今の時代は"手軽にサクサク遊べる"内容が求められる。そういった背景もあってか、ここ数年は特にプレイヤー離れが加速し、NeCOは12年近くに及ぶサービスに幕を下ろす事になった。そして今日がサービス最後の日だったりする。


『そろそろサーバーダウンのカウントダウンが始まるかな。やっても虚しくなるだけだし、わざわざ数えなくてもいいと思うんだけど』


 うちの子に寄り掛かって座るエルフ耳の少女――ココノアちゃんがポツリと発言した。魔法少女を思わせる華やかなフリル付きワンピースに、明るいベージュ色に染めたセミロングヘアの組み合わせが似合う彼女は、作り込まれた人形みたいに可愛らしい。少し吊り上がった強気そうな紫色の瞳にじっと見つめられると、思わず照れてしまうくらいだ。

 そんな外見に反して口が悪いのが玉にきずだけど、ココノアちゃんはとても優しい心の持ち主である事を私は知っている。不器用で要領の悪いこんなダメ人間相手でも愛想を尽かさず、ずっと一緒に遊んでくれた恩は絶対忘れないだろう。


『みなさんNeCOに感謝を込めてカウントしたいんじゃないでしょうか! ココノアちゃんも割とそういうのやりそうなイメージがありますよ?』


『そんな感傷に浸るようなタイプじゃないんだけど!? ……まったく、毎日チャットしてたのに全然理解されてないってどうなの!』


『ええー! 結構分かってるつもりだったのに!』


『いいや、全然分かってないわ。サービスがあと3年続いててもムリだと思うし』


『ぐぬぬぬ……!』


 吹き出しに表示されては消えていく文字列を眺めながら、ふと私は彼女について何も知らないままだったのを思い出した。オンランゲームでのリアル話はタブー扱いなので、私達は"中の人"――つまり現実世界のプレイヤー本人の情報についてはあまり多くを語らなかった。このゲームを離れたら一緒に過ごすことはできなくなるのだから、もっと色々と話をしておけばよかったと今更になって後悔の念が浮かぶ。できることなら、この世界が終わった後もこの4人で集まって過ごしたい――そんな想いを巡らせたときだった。


『これまで遊んでくださった全てのユーザー様に感謝を!』


 突然、画面上部へ紫色の文字が表示された。これは誰かのセリフではなく、運営会社に所属するゲームマスターでしか使えない特殊なチャットモードだ。最期までログインしているユーザーへ向けた、運営なりのお礼なんだと思う。いよいよサーバーダウンが近づいて来てしまったみたい。


『あー……うちらもカウントダウンに参加しよっか。最後の記念くらいにはなるかもしれないじゃない?』


『ほら、やっぱり! ココノアちゃんは素直じゃないですね!』


『せっかくだし、やるならみんなでタイミング合わせてカウントしようよ!』


『ん……3秒前から合わせよう』


『オッケー!』


 刻々と終わりが迫る架空の世界――これからやることに意味なんて無くても、残ったプレイヤー達は各地でカウントダウンするのだろう。そう思うと、数字を打ち込むだけでも彼らと想いを共有できた気分になり、妙に嬉しかった。


『『『『3!』』』』


『『『『2!』』』』


『『『『1!』』』』


 カウントに続けて最後に「お疲れ様でした」と打ち込んだ瞬間、ゲームウインドウが暗転してしまった。程なくして、真っ暗な画面にエラーの表示が浮かび上がってくる。


――「ゲームサーバーに接続できません」――


 その文字をマウスカーソルでなぞりながら、私は10年に及ぶNeCO生活が終わりを迎えた事を実感していた。たかがゲームではあるものの、生活の一部になっていた世界が消えたと思うと寂しい気持ちもある。親しい友人達――とりわけココノアちゃんと会うことができなくなるのは、やっぱり悲しい。迷惑に思われるのを覚悟してでも、連絡先くらいは交換するべきだったのかもしれない。


「……みんな、一緒に遊んでくれてありがとね」


 何かがポッカリと抜けたみたいに気分が落ち込むけど、明日からも日常は続いていく。満員電車に耐えて仕事へ行かないといけないし、気持ちを早く切り替えるべきだ。私は心を落ち着かせるように深呼吸をしてから、PCの電源を切った。


「さて、夜ふかしおわり! 寝ちゃいますか!」


 寂しさを紛らせる独り言を狭いワンルームに響かせつつ、寝支度を済ませていく。週明けからいきなり寝不足はちょっと不味いかも――そんな事を考えながらベッドにもぐりこみ、ゆっくりと瞼を閉じた。これから私の人生を大きく変える出来事があるとも知らずに。

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