第10話

「そんなわけで穂澄さん! せっかく彼氏彼女になった(なってしまった)わけだから、穂澄さんのお手伝いをしたいと僕は思うんですよ!!」


「…………」


「あれ、何やら不機嫌?」


「……メッセージあんまり返してくれない……」


「いやぁ、メッセージもあまり得意ではなくて……」


「でもある程度は返して欲しいな!! 寂しくて死んじゃう」


「前向きに検討します」


 翌日。休日の朝に早速穂澄さん宅に訪れた。相変わらず例の部屋からは『やだー!! やだ!! やだ!! もうやりたくない!! なんでこんな仕事受けたの!? バカ!?』『お前が自分で受けたんだろ』『正論は時に人を傷つける……傷ついた私は寝る事にします』『さっき起きたばっかだろうが!』なんて声が聞こえてきたがそれを聞き流し、穗澄さんの部屋にたどり着いた僕は熱弁を奮っていた。


 けれど、穂澄さんはなにやら不満顔。どうやらメッセージのやり取りが少ないのがあまりよろしくなかったみたいだが、あんなスパムみたいなのにいちいち返信していたら日が暮れるのでしょうがない。


「……愛が足りないよ俊介君! 俊介君から告白したんだから、もっと甘やかして欲しい!! かまって欲しい!!」


 ゴロゴロゴロゴロと床を転がる穂澄さん。カーペットクリーナーかな?

 しかしこう、彼氏彼女だと認めたからかウザさのキレが上がってきたな。いや、どっちかと言うと素が完全に出てる結果かな? どちらにせよ早急に手を打たなければならない。


「うんうん。穗澄さんは頑張ってるよ。かわいいかわいい。でももっと頑張ってる穗澄さんが見れたら僕は嬉しいなぁ」


「……そんな言葉だけじゃ私の機嫌は治りませーん。もっとこう! 態度に出して!!」


 ムスッ〜とした顔でそんな事をおっしゃられる。くっ、しょうがない……


「……そっか。折角穗澄さんの為に寝る間も惜しんで色々考えたんだけどなぁ。本当に穗澄さんの為に色々考えたんだけどなぁ僕。穗澄さんの為に」


「……むぅ。その言い方はズルい。心恵ポイント高い」


「なにその謎のポイント制度」


「全くもう! 俊介君は本当にしょうがないんだから!!」


 案の定とも言うべきか、君の為に色々やった的な言葉に弱い穗澄さんは一気に機嫌が治り、カーペットクリーナーから人間に変わる。


「それで、お手伝いってなぁに? カップル配信? やっちゃう? やる??」


「それはまたいつかの未来で。とりあえず僕って元々はアコちゃんのファンなわけじゃないですか。偶然とはいえこんな関係になったわけですから、ある程度は配信のお手伝いをしたいなぁと思いまして。

 ほら、リスナー視点の意見も大事だと思うんですよ。僕は色んなVや配信者を見てきたのでその辺りは役に立てると思います。どうでしょうか?」


「……うーん、確かに企画とかやるなら俊介君に手伝って貰えるとありがたいかも……あ、でもあんまり迷惑かけるのも……」


 そこの常識はあるのか。でも今回は手伝えないと困る。だから……仕方ないけどあまり使いたくない手を使う。


「……や、やっぱり彼氏としては彼……女……の力になりたいと思う訳なんですよ!」


「!!!」


 すっげぇいい笑顔でいらっしゃる。

 流石にこう、別れるつもりで付き合ってるわけだから彼氏彼女の話を出して説得するのは僕としても心苦しいが、背に腹は代えられないわけで。


「そ、そういう事なら……! 是非とも! そうね、二人三脚って大丈夫だもんね!」


「穂澄さんは理解力が高くて助かるよ」


 チョロいとも言うが。


「で、まず大前提として穂澄さんは炎上とかするの芸風とかじゃなくて普通に嫌って事で大丈夫です?」


「それは勿論だよ!! 普通にやってるのにああなるの!」


「あれが普通か……」


 表情を見た感じ嘘ではなさそう。でもそれはそれとして普通にやってああなるのは一種の才能なんだよなぁ。人気って意味ではこの芸風を確立した方がいいと思う。けど本人が嫌がっているし、しょうがない。

 僕としてもあの夜芽アコが好きなだけに残念ではあるけど、まぁ未来の平穏のためだ。諦めよう。


「じゃあやっぱり、怒るのはよくないと思うんですよ。やっぱりまずは落ち着く事が大事だと思います」


「それは……そうなんだけど、わかってるんだけど、やっぱり色々書かれるとイラッとして」


「応援コメント以外は便所の落書きって思いましょう」


「……あれ? 私の配信、ほとんど応援コメントなくない? えっ、アコのチャット欄おトイレなの?」


「………………」


「俊介君??」


「……と、とにかく!! やっぱり怒るのはダメだと思うんだ!!」


「誤魔化した」


 流石に悲しい真実を告げる勇気は僕にない。大きな声で話題を変え、そのまま口を回す。


「こう、なんというか、人が怒ってる姿を面白がる人種って実は世の中には多いんですよ。んで、残念ながらアコちゃんのリスナーは大体そういう人達です。

 なんで、怒ることを減らせば……まぁ、多少はマシになるんじゃないかなぁと」


 あくまで多少である。実際の所、その手の人種はそうなると逆に面白がってあの手この手でキレさせようとしてくるが、そこさえ超えればその手の人種は飽きてきて来なくなるので、マシになってくるはず。

 まぁずっと荒らしてるような人らも居るけど、それはもう一線越えて来るまで全スルーするしか手がないんだよね。一線越えて来たら法的措置とか出来るけど、それまで打つ手が無いってのもこの界隈の問題だよなぁ。


「うぅーん……でも、なんだろう。怒る事はダメなのはわかるけど、私はやっぱりありのままの自分で居たいから配信してて……変に我慢したら余計にこう、むー!! ってなっちゃいそう」


「怒る事とありのままの自分を出すってのはまた違った話で、人間怒るとやっぱり冷静じゃなくなって、言わなくていい事まで言っちゃうことが多いんだよ。昨日のハイカラトゥーン配信みたいに」


「うっ……」


 流石に自覚はあったのか、気まずそうに顔を逸らした。

 昨日のハイカラトゥーン配信。途中までは問題なかったんだよ。問題なかったのに怒って余計なゲームdisまでしたのが問題なので。

 つまり昨日はキレさえしなければ平和に終わっていたという訳で……だからこそ、僕はそこに活路を見出した訳だが。


「だからさ、まずは我慢! 我慢して怒らないようにしてみよう! 目指せアイドルVtuber!! ほら、天谷夢華みたいな感じで皆にチヤホヤされたくない?」


「その子の事は嫌いだから名前は出さないで欲しいかな」


「いや天谷夢華に関しては自業自得でしょ」


「た、確かに私が悪いけど……! メンヘラって言ったのは酷くない!? 私そんなんじゃないもん!!」


 鏡に頭突っ込んでそのセリフ吐いてくれない? って言葉が思わず口から出そうになるけど流石に飲み込む。一々ツッコミ入れてたら話が進まないし。


「で、どうかな? 僕の案。ダメならまたなんか考えてはみるけど」


「う〜ん…………わかった、わかったよ。ちょっと試してみるね。折角俊介君が私の為に考えてくれたんだし」


「よし!!」


「ふふん。彼氏の頼みを聞くのも彼女の役目だからね。その代わり、私の頼みもちゃ〜んと聞いてもらうからね?」


「いやぁ、今日もいい天気だね穗澄さん」


「話聞いてる??」


 そんなこんなで、『夜芽アコ真っ当なVtuber化計画』の第一弾。怒るのを我慢してみようが始まった。 

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