13 ルール
「それでは、確認事項の五番についても、次回までに事業企画部で検討いただけますでしょうか」
「分かった。持ち帰り検討する」
今週の会議も、そろそろ終わりの時間になるので、イケコンがまとめに入っている。事業企画部の宿題は、高槻部長の持ち帰り。
「他に、ご質問などありませんでしょうか」
「……」
「特に無ければ、今週のプロジェクト会議はこれで終わりにします。どうもありがとうございました」
ざわざわと出席者が立ち上がって、退席し始めると、隣に座っている吉岡君がささやいて来た。
「五時半になったら、地下ロビーで待ち合わせでいいかな」
どうしよう。
先週のイケコンの勢いだと、そっちからもお誘いが来そうだから、先に吉岡君に返事しちゃったらまずいよね。でも、せっかく誘ってくれた吉岡君に待ってとか言うのも、天秤にかけているみたいで感じ悪いし。
うう。どうしよう。
「吉岡君、ちょっと」
高槻部長が手招きしている。
「はい」
立ち上がりながら、もう一度念押しされた。
「じゃ、あとでね」
ちゃんと返事する間もなく、吉岡君は高槻部長のところに行ってしまった。
「今日出てきた宿題を、課長クラスを集めて方針確認するから、ミーティングセットして」
あい変わらず高槻部長は声が大きいから、全部聞こえてくる。
「はい。この後すぐでいいですか?」
「いや、これから連絡会議に出て、その後、次年度予算検討会があるから、十八時からだな」
「えっ、十八時ですか?」
あらら、吉岡君残業? ちらっとこちらを見て、また高槻部長に視線を戻してる。
「ああ。会議招集送っておいて」
「ちょっと今日は……」
「狭間さん、今日の確認事項リスト、すぐメールで送ってもらえるかな」
「はい。高槻部長と吉岡さんにお送りするのでいいですか?」
「うん。頼む。じゃ、吉岡君、十八時から頼んだよ」
「……」
すごく恨みがましい目で見てるけど、高槻部長は気にせず、会議室から出て行ってしまった。今日の約束は、無理そうかな。
吉岡君は、しょんぼりして戻って来た。
「遠藤さん、ごめん。残業になっちゃった」
「毎週、大変だね」
「くそっ!」
「吉岡さん、お疲れ様です」
イケコンがやって来たけど、顔は笑ってない。
「遠藤さん。後でメッセージ見ておいて下さい」
「え、メッセージ?」
あわててスマホを取り出すと、一件の未読メッセージがついていた。開いてみると、イケコンの携帯から。
[ 十七時半に、丸ビルの地下一階入口の花屋の前で ]
吉岡君がダメになっちゃったから、悩む必要は無くなったけど、イケコンと初めての二人きり。ちょっと緊張する……
「狭間さん! ちょっとメッセージって」
「吉岡さんは、事業企画部での検討よろしくお願いします。僕は、夕方からプライベートの用事がありますので」
「ぐぐぐ」
吉岡君は、この間の朝食の時のようにイケコンを睨んでいるけど、今日は、どうしようもないよね。すごく、くやしそう。
「では、また後で」
イケコンは、自分の会社のチームのところに戻って行った。
「吉岡君、ごめんね。今日は狭間さんと行ってくる」
「こっちも終わったら連絡する」
「……うん」
なんだか、二人を天秤にかけて手玉に取っている悪い女みたい。気が重いなあ。
***
「ルールを決めようと思うんですよ」
「ルール?」
イケコンが連れて来てくれたのは、ビル最上階の高級そうな中華のお店。窓の外に広がる一面の夜景の中で、ぽっかり暗くなっているのは皇居かな?
料理は、前菜から始まりメインを並べてデザートまで出て来るコースだけど、どれも食べたことがない上品な味わい。丸のままのフカヒレとか、燕の巣の蟹味噌あんかけとか、初めて見る料理ばかり。
「僕も、泰造も、遠藤さんと真剣にお付き合いしたいと思っているのは、一緒のようです。でも、それぞれが勝手にお誘いしても、遠藤さんも困るでしょうし」
その通り。今日のように、どちらかが来られないようになれば、自然に決まるけど、そうじゃないと困る。
「だから、お互いに紳士協定で、遠藤さんをお誘いする日を分けてはどうかと思うんです」
「今週は狭間さん、来週は吉岡君、みたいにですか?」
「そう。そして期限を切って、どちらが遠藤さんに相応しいか、決めていただくということにしては」
期限を切って決めるって、どちらかを選ばなきゃいけないの?
「もちろん、選択権は遠藤さんにありますから、どちらも物足りないということなら、二人とも振ってしまっても文句はありません」
「そんな、決められないです……」
イケコンは、イケメンだし、リッチだし、頭も良いし、インターハイの時のように私にはとっても優しいし。吉岡君もほれこむほど、料理も上手らしいし。
一方で吉岡君は、センスがいいし、グルメだし、一緒にいるとすごくリラックスできるし。
ぜんぜん対照的で、どちらか一人を選ぶなんてできない。
「今は決められないでしょうけれど、期限までに、どちらが遠藤さんの心を掴むことができるかの勝負ですから。遠藤さんは、気持ちのまま素直に判断してくれればいいですよ」
「期限はいつですか?」
「今年は、十二月二十四日のクリスマスイブが金曜日で、プロジェクト会議の最終回です。この日を勝負の日にしましょう。僕と泰造が、それぞれ別の場所で待っているので、遠藤さんはどちらに行くのか決めて下さい」
「クリスマスイブに勝負……」
私が選んだ人はいいけど、選ばなかった方は、ひとりぼっちのクリスマスイブになるってこと? うわあ、重い。重過ぎる。
「ちょっと、私には荷が重いです」
「僕も泰造も、遠藤さんが選んだ結果であれば納得しますから。ただ、遠藤さんの心をつかむために、あらゆることをすると思いますけど。そこは覚悟しておいて下さいね」
なんか怖いことを言っているような。心をつかむために、あらゆることをするって、何?
「泰造には、僕から言っておきますね」
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