第15話 魔奪いの儀

 魔奪いの儀。

 就眠儀式と並び、ヤシマテンノに古くから伝わる禁呪のひとつ。施術相手の魔力を恣意的・強制的に奪い取る。


 以前、レンに教わった説明を思い出した。

 かつて戦争で蛮行に用いられた秘術を、今度は蛮行の解決策として使う。ヤシマテンノの国民から魔力を奪い、核兵器的な使用をできなくする。


 とても皮肉が効いたお話。めでたし、めでたし。


「でも、生活が困るでしょ。料理も、移動も。この世界は魔法に頼り切っている。私の夢と違って、科学技術なんてないし」


 私はレンに問いかける。


「攻撃行為に限局して奪うなら、問題ねーだろ」

「そんなこと、できるの?」

「優秀な魔法使いなら、な」


 なるほど、殺戮や戦争に利用可能な「武器」としての魔法だけを制限してしまえば、生活には困らない。

 台風や、他国に攻められて身を守る必要が出てきたとき、防御壁で立てこもることくらいはできる。もしかしたら、相手の攻撃を跳ね返すとか、それくらいはオーケーかも。合気道みたいにさ。護身術。そういう使い方だけ残しておけば、多くの国民は困らないはず。


 だけど。


「ひとつ、問題があるわ」


 私が言うと、レンは口の端だけを斜めに歪めた。


「気づいたか」

「多分ね。あなたが言ったのよ。『人間ひとり分の魔力を受け取れる器なんて、そうそう用意できるもんじゃない』って。国民全員から、全部じゃないにしろ大きな魔力を奪う。そんなこと、可能なの?」


 レンはじっくりと歩き、ソファに倒れ込む。

 あ、見覚えある。

 初対面の時と同じ姿勢。


「ひとりじゃ、無理だな。数人、必要だ。強大な魔力の持ち主が」

「集められる? 今から」

「協力者を募るのは難しいな。そんな時間はねえだろう。だが、方法はある」


 レンは、だらしない姿勢。でもなぜか、表情は寂しげ。

 つぶやく、ように。


「生贄と、道連れだ」


 不吉な言葉を吐いた。

 そして立ち上がり、私ににじり寄る。


「アカリ、俺に命令しろ」

「……イヤよ」

「今から俺は、ヒトリを殺す。ゴクコクを殺す。リューノを殺す」

「イヤよ! そんな命令」

「奴らは優秀な魔法使いだ。魔奪いで繋ぎ合わせれば、相当な魔力になる。台風との戦いや就眠儀式のせいでスカスカになった俺の器すらパンパンに満たしてくれるだろう」

「やめて!」

「……3人。俺を合わせて4人。未来のための犠牲だ。ついでにお前の政敵もいなくなるぜ」

「ダメ! そんなの」

「3人を殺した後、俺は国民へ向けて魔奪いの儀を発動する。攻撃手段としての魔法を、奪い取る。禁術を利用した悪の魔法使いとして、爆ぜて、死ぬ。安心しろ、すべての罪は被ってやる。お前には何の禍根も残さない」

「そんなの、絶対、無理! レンが、死んでまで、レンを、殺してまで、国を救いたくなんて、」


「――アカリ」


 レンの淡々とした計画の説明と、私の拒絶が交わらない中で。


 彼の唇が、私の唇をふさいだ。


 優しく。

 切なく。


 涙が、頬を走った。


「アカリ」


 レンは、唇を離して。


「自己犠牲だ」


 強い眼差し。

 女王の、ママの声が、蘇る。



「アカリ、あなたもお聞きなさい。国の王たる人間にもっとも必要な精神。それは自己犠牲よ。自分の嫌いなことでも国民のためなら、やる。自分に不利益が出ても国民が益を得るなら、やる。自分の身内が傷ついても国の未来につながるなら、やる。それが女王、サラサ2世の信条よ」



 涙が止まらない。

 赤ちゃんみたいな声しか出ない。


 悲しくって。

 辛くって。

 痛くって。

 悔しくって。


 女王になんて、なりたくない。


 本心でそう思ったけれど。

 逃げる場所なんてどこにもなくて、逃げたらこの国は悲惨な目にあうんだ。


 女王になんて、なりたくない。

 けれど。

 私が女王にならないと、守れない人がたくさんいる。

 救えない命がたくさんある。


 自己犠牲。

 なんて理不尽。

 ずっと、ただの美少女で、いたかった。



「レン」


 ようやく戻ってきた声帯を震えさせて、涙を拭う。





「死んで。国のために」

「了解」







「人種差別は魂の病です。どんな伝染病よりも多くの人を殺します。悲劇は、その治療法が手の届くところにあるのに、まだつかみとれないことです」


 ネルソン・マンデラ。


 私は黒服の魔法使いに命じて、国全体へ伝わる放送魔法を詠じさせた。マイクと、ラジオ。玉音放送ってこんな感じだったのかな。

 攻撃手段としての魔法を、人々から奪う。

 そのことを説明するために、義務を果たす。こればっかりは、レンだけに罪を被せるわけにいかない。だって、私の決断なんだもの。


 権利は義務と裏合わせ。

 

「今、この国では、恐ろしい差別行為が横行しています。魔力を持たない者を迫害し、国外へ追放する。これを王族のひとりが先導しているという事実は、とても悲しい。時期国主候補のひとりとして、深く国民にお詫び申し上げます」


 王族としての言葉遣い、これで合っているんだろうか。

 レンは今頃、どこに行ったんだろう。もうヒトリを手にかけてしまったんだろうか。自分の、お父さんを。


「私は、断言します。この差別は魔法を武器として扱う野蛮な心によってもたらされているものである、と。魔法は武器ではなく、皆さんの、国民の皆さんの生活を豊かにするための道具です。人を殺めたり、迫害するためのものではありません」


 私は目の前に控えていたギリシャ仁王像に合図を送る。

 彼は壁一面の絵画にかけられていた幕をおろす。

 その絵を、側近の魔法使いたちが国中の空に映し出す。


 戦争の、風景だ。


「魔法は、恐ろしい。強力な爆発で国を壊滅に導きます。私は数日前、イウォンカーで大きな台風と対峙しました。あれと同じような驚異を人間自身が作り出しているとは、恐ろしいことです」


「やめろ! 何をデタラメな」


 一瞬だけ、リューノ王子の声が放送に乱入して、すぐに消えた。

 その寸前、口を誰かに塞がれたような、くぐもった声になっていた。気がする。

 多分、ゴクコクも近くにいることだろう。


 空の向こうが、青く光って見えた。


「私はここに宣言します。ヤシマテンノは今後、魔力を攻撃行為に使用する手段を放棄する、と。すべての国民からその能力を奪い、生活のためだけに、生きるためだけに魔法を使っていく。そんな平和な国にすることを、宣言します」


 直後、光の雨。


 違う。

 地上から、空へ向かって。

 次々に光の筋が吸い込まれていく。

 それは、さっき見えた青い光のほうへ集合して。



 大きく、美しい、爆発雲に変わった。

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