第9話 紗良はガチ恋

 「おじゃましまーす。」


 私は初めて神代古都の部屋に来ていた。平然を装ってはいるけど、内心は緊張していてテンションがおかしい。つい気がありそうな言葉を言って彼の反応を引き出そうとしてしまう。


 私は見た目が女性らしくなった中学生の頃から男子にモテた。見た目の雰囲気だろう。自分が綺麗な顔をしているのはわかってる。だってそう言われ続けているのだから。


 いつからか、男の子が私をみるときの顔と体を見定めるような目を気持ち悪いと思った。中学で憧れたサッカー部の先輩も、話してみれば私の胸ばかりを見ていた。今まで付き合った彼氏はみんな、2,3ヶ月でお別れした。ヤる事しか考えてないんじゃないの?って、多少あったはずの恋心がすーっと冷めてしまうから。


 違うんだヨ。


 もっと純粋に愛されたいの。


 そういうことするのが嫌とかじゃなくて。


 もっと中身を見てよ。嫌らしい目で見ないで?


 キモチガワルイ。


 社会人になって男嫌いは輪をかけた。会社の上司は既婚のくせに「寂しいならおれにしなよ」とか突然言うのよ。え?今までの会話のどこで私が脈ありに感じたの?既婚のお前とスリル味わいたい女だと思うの?それ何のメリットあるの、私に。ほんと、馬鹿ばっかり。


 そんなとき、私と話すときに恥ずかしそうに目をそらす男性が現れた。新入社員で同学年の神代古都君。私を綺麗なものを観るような目で少し観たあとに、必ず視線をそらす。必要以上に踏み込んでこない。イヤラシくない、人が良さそうな彼。


 気になって、仕事上の会話に少しずつ親近感が伝わるように意識して話した。会社の帰りに二人で食事をするくらいまでこじつけた。だけど彼はやっぱり踏み込んでこなかった。まだ出会ってすぐなのに、私にしては随分積極的だったと思う、のに。


 今になって聞いてみれば、私に恋人がいるという噂を聞いて信じていたらしい。じゃあ、恋人がいないとわかったならもっと踏み込んでくれるのだろうか?


 やっと見つけた宝物みたいに、私は、誰かにとられる前にどうにか近づかなきゃって思った。もうこの人と付き合えたら次なんてなくていいよ。



 彼の部屋は新卒の社会人らしく1Kで、狭いけど綺麗にしてあった。部屋に通されると、うっすらと女性の香水のような匂いがした。まさかと思ってバレないようにあたりを見渡したけど、彼女の私物って感じのモノはないように思う。うーん、気のせいだといいけど。疑惑としては40%くらいかな。


 ソファに座るように勧められて、全く緊張などしていないふりをしたけれど、ベッドがすぐそばに見えるのはドキドキした。


(そういうことになれば、あそこでそういうことになるわけだし・・・。まさか、今日そうなるってことは、あるのかな?)





「なんか、宝生さんが俺の家にいるって不思議な感じしますね。」



 慣れなくて戸惑うような古都君が、頬を掻きながらそう言ったけど、私は「また敬語に戻ってる。。」ってがっかりした。新入社員だもんね、会社の人って言うのが抜けないのはわかるけど・・・。


「そう?これからちょくちょく遊びに来るから慣れて欲しいけどね。」


 責めすぎなのはわかってるんだけど、もう勢いが止まらない。彼、引いてるかな?


「ビーフシチュー、煮込みたいから台所借りるね!」


「あ、はい。僕も一緒にやりますよ。」


 古都のリクエストはビーフシチューだった。古都が自分で作れるのはカレーとそうめんを茹でるくらいらしい。ビーフシチューもレトルトで作るなカレーとそんなに変わりないからと言って、作り方を教えることにした。


(こうやって二人で料理作るのとかいいな。)


 早く恋人になりたい。


 胸が詰まるような焦燥感のある願望を抱いて、隣に立つ古都の顔を盗み見る。


(かっこいいな。キスしたいな。)



「古都君、背、高いね。」


「そうっすか?平均身長だと思いますけど。」


「古都君って良い顔してるよね。学生時代モテた?」


「はい?そんなこと言われたことないっすよ。」


「古都君ってさ、」



 そんなことを言いながら、私は古都の顔を至近距離でまじまじと見つめた。すると顔を少し赤くした古都が、ふいっと顔をそらした。


「あ~!可愛い顔した!照れてる?」


「いや、だってそりゃぁ。そんなに顔見られたら普通恥ずかしくなるって。」


(あー、楽しいな。でもでも、攻めるばかりじゃつまんない。攻めて欲しいな。)


「女の子が家にいるの嬉しい?」


「そりゃ、普通に嬉しいっす。」


「そっかそっか♪」


「またご飯作りに来て欲しいでしょ?」


「まぁ、その、はい。てかまだ食べてないんですけど。」


「美味しかったら、また作りに来てくださいって言ってね?」


「う、はい。」



やっぱりまだキスはしてくれないかぁ。そういう雰囲気にするって案外難しいな。





 夕飯は、二人で作ったビーフシチューと、古都が炊いたご飯。そして紗良が作ったサラダを食べた。終始甘い雰囲気を匂わせる紗良に対して、古都は自制するように丁寧に受け答えする。そんな煮え切らないまま終わらせないという決意をしていた紗良は、ワインのボトルを2本、食材と一緒に古都に買わせていた。


「さっ、飲もう飲もう♪愚痴でも何でも聞くよー?」


 まずは会社の話からね。特に愚痴はないみたいだから、内緒で社内恋愛している人の名前を教えてあげた。


「まじっすか。わからないもんですね~。」


「でしょ?でも結構知ってる人いるんだよ?」


さ、この辺でいいかな。


紗良「古都君は社内恋愛とかどう思う?」


古都「どう思うって、好きなら別に良いんじゃないですかね。」


紗良「気になる人とかいる?会社で。」


古都「はい?いや、会社入りたてなんでそんな色目でばかりいないっすよ。」


紗良「それだって、いいなって思うくらいあるでしょ?」


古都「んー、まぁ、て言うかこの話やめません?」


紗良「わ、言いたくないってこと?余計聞きたくなるな~?」


 紗良が古都の腕を掴んで揺らしながらしつこく聞き出そうとする。


紗良「おーしーえーろー!」


古都「ま、ちょっと!じゃあ、宝生さんは?いますか?気になる人。」


紗良「もう!呼び捨てしてって言ったでしょ!?もう仲良しじゃないの?」


古都「ぐっ、、じゃあ、紗良は?いる?」


紗良「いるよー!」




紗良「今その人の家にいるー」




なかなか動かない恋を動かすのは、酒。





 

 

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