第6話 三人目の恋人候補?

 二日後


 俺は朝早くに家を出て、佳奈と二人で東京へと戻った。移動時間は片道2時間。そう遠くはないが佳奈にとっては久しぶりになると聞いて、せっかくなのでしっかり観光もさせてあげたいと思った。


 スカイツリーに行って、お昼はもんじゃ焼きを食べた。展望台やショッピングを楽しんだが、やはり二人でいる空気はただの友達とは少し違うように思う。佳奈の甘いトーンの話し方や、気がつくとお互いの顔の距離が近いことなどに、なにも触れずにただ受け入れ姿勢な自分。


 このときの自分はまだ、己の弱さに向き合っていなかったのだと後で気づくことになる。相手の気持ちを考えて、傷つけないようにと、大切にしたいなどと表面的には誠実なそぶりを見せていたが、優柔不断で、相手が勝手に押してくるのだから仕方ないという責任転嫁のような気持ちがなかったとは言えないのだった。



 夕方になると、俺は佳奈をある居酒屋に誘った。サプライズで黙っていたが、その居酒屋には二人が知る一人の男が働いている。佳奈とは中学までの同級生で、俺にとっては高校まで同じだった慎也だ。俺と同時に調理学校に通うために東京に出てきていた慎也とは、今でもそれなりに遊ぶ仲だ。慎也は地元の両親がそこそこ名の知れた飲食店を複数経営していることから、修行という建前で専門学校を卒業後も地元には帰らず正社員として少しこじゃれた居酒屋に勤めているのだった。俺はもちろん、その店にはすでに何度も足を運んでいる。


 慎也の働く居酒屋に着くと、俺が先導して玄関を進む。散々歩き回ったのだから、テーブルにゆっくり座れば良いのだが、慎也と佳奈が久しぶりに話す時間を作るためにも、あえて慎也が立つカウンターの席を指定した。


「おう。慎也。来たよ!」


 俺がいつも通りに慎也に声をかけると、


「おう!いらっしゃい。って、お前!女子連れてんじゃないか!?ん?あれれ?その子、俺も知ってる子じゃないか?」


 そうか。中学卒業後に会ったとしても成人式くらいだろう。顔を見てわからな行ってこともあるか。


「佳奈だよ。中学で一緒だったろ? 佳奈、覚えてるか?こいつ、慎也だよ。バスケ部の。」


「あ!わかった!うそうそ、だからこのお店にしたってこと?言ってよ~!」


 と、そんな感じで。軽い同窓会のような気分で二人は席に着いたのだった。カウンターには日本各地の日本酒や焼酎が並び、それに合わせた魚を中心とした和惣菜が売りの店だ。歩き疲れた二人は席に座ると、ホッと息をついてドリンクのメニューをのぞき込む。とそこへ、


「いらっしゃいませ。お飲み物はお決まりですか?」


 話しかけてきたホールスタッフは、俺にとってはすでに馴染みの子で、大学生のアルバイト、喜美ちゃんだった。


「こんばんは。喜美ちゃん、久しぶり。とりあえず生ビールを二つお願い。」


「かしこまりました。神代さん、、綺麗な人連れて、彼女ですか?」


 喜美ちゃんが笑顔でそう俺をからかうように言うのだが、ほんの少し表情に曇りがあるように見えたが俺は特に気にしなかった。


 しかし、佳奈はどことなく感知した。恋する女の勘である。古都が違うよと訂正する前に、佳奈は反射的に古都に少し体を近づけて頭を古都の肩にこてんと乗せて言った。


「やっぱりそう見えますか?」


 大人の余裕のような雰囲気を見せたかったのか、柔らかくニコッと微笑んだ佳奈は、しっかりと、会って1分も経たないくらいの別の女にマウントを取った。


「お、おい!違うだろって。」


慎也がすかさず騒ぐ。


「おーい、おいおい。そういうことなのか!お前、付き合ってるならもっと早く教えろよぉ!」


「いやいや、違うって。今日は東京観光って感じで二人で遊んでたんだ。せっかく会わせてやろうと思って来たんだから、余計なちゃちゃ入れはすんなよ?」


「なんだよ、そうなのか。でもお前、佳奈ちゃん、こんな綺麗になっちゃって。デートなんてしてんじゃねーよ、うらやましいやつだな!」


 そんなやりとりをしていると、アルバイトの喜美ちゃんは注文を聞いたにも関わらず、厨房に向かって戻ろうと足を一歩後ろに下げたかと思えばまたこっちに一歩戻すといった迷いのピボットダンスのような動きをしているのだった。しかし、顔を慎也に向けてバッと上げると、心なしか睨んでいるような?それでいてなにか言いたそうな目をしてから、きびすを返してビールを準備しに戻っていった。


「あーあー。やっちゃったな。」


 慎也がそう言うが、一体なにをやったって言うのか俺にはわからない。


「喜美ちゃんはさ、古都のことちょっと良いなってずっと言ってんだよ。」


 小さな声で慎也がそんな予想外な爆弾を落とした。


「やっぱり。」と頬杖をつく佳奈。


 佳奈がぼそっとなにかをつぶやいたが、俺には聞き取れなかった。しかしこの会話がこれ以上続くべきではないことを俺の動物的な危機管理能力が告げていた。


「俺たち、歩き疲れて腹減ってんだよ。おすすめを適当に作ってくれ!な、佳奈。食べたいものがあったらどんどん食えよ?きっと慎也が自腹で割引してくれるから。」


 慎也は「おいおい、勘弁してくれ」などと陽気な顔をしているが、佳奈はというと、俺が話題を変えたことに気づいているようで、ジトッとした目でこっちを見て、慎也に聞こえるように言った。


「そうね。古都の家に泊まるんだし、酔っ払っても大丈夫だしね!」


 しかし実際は、ビールを運んできた喜美に気づいて、彼女に聞こえるようにわざと言ったのだと俺には見えていなかったがカウンターの中から全体を見渡していた慎也には鳥肌が立つほどはっきりと見えていたのだった。


 慎也の心の声(女、こえー)


 ぶっちゃけ、慎也は喜美からもっといろいろと聞いていた。慎也の同級生でたまに一人で飲みに来る大学生の古都。3月に卒業して4月からは社会人になってからの彼はスーツを着てくるようになった。急に大人びて見えた古都に惹かれていること。もっと近づくにはどうしたら良いか。3人で遊びに出かけるなどきっかけを作ってくれないかなどとつい最近言われたばかりだった。


 喜美は大学2年生。まだあどけなさもあるが大人の魅力も出てきたばかりの、なつっこいアルバイトである。慎也としては二人をくっつけようと画策し始める手前だっただけに、古都と佳奈の会話に聞き耳を立てて、状況をできる限り整理しながら仕事をしなければならなくなったのだった。







 


 

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