第3話 お仕事は懐かしい顔と共に

 「ああ、しっぽさん、いらっしゃったんですね。良かった」


 ノックの後、扉を開けて入ってきたのは人の良さそうな中年の男性だった。

彼は、窓際の席に座って居たコーシカを視界に入れると、安堵したように大きな息を吐き出して微笑んだ。

「柳さん!こんにちは。お久しぶりですね」

 男性の姿を確認すると、コーシカはニコニコとした表情で立ち上がって、彼の方へと歩いて行く。

「…? 先輩のお知り合いです?」

 二人の親しげな雰囲気に、芽衣子は少しばかりの嫉妬を感じながら二人の顔をきょろきょろと交互に見た。

 確か、彼の言う"しっぽさん"と言う愛称は、コーシカに失せ物を見つけて貰った人たちが彼女に親しみを持って付けたあだ名だと聞いたことがある。

…と言うことは…この人は…


「…と、申し遅れました。私、柳と申します。以前、しっぽさん…じゃなかった、コーシカさんにお世話になった者でして…」

 そこで男性はハッとした様子で、慌てたように自己紹介を始めた。そこはかとなく不機嫌そうな芽衣子の訝し気な表情に気圧されたのかも知れない。

「…私は七草芽衣子です。春からこの課に配属されました」

「七草さんですね。初めまして。よろしくお願いします」

「よ…よろしくお願いします…」

 自分の先輩と何やら親しげな男性に少なからずの警戒心は抱きつつ、彼の礼儀正しく柔和な態度に、今度は芽衣子の方が(大人げなかったかな…?)みたいな気持ちになってしまう。

 そんな風に少しばかりの緊張感と固めの空気感を壊すのは、ある意味でこんな雰囲気になった原因とも言える"しっぽさん"ことコーシカだ。

「まぁまぁ、せっかく来てくださったんだし、柳さんも座って座って。芽衣子ちゃん、棚に頂き物のクッキーがあったよね?あれをお出しして頂戴。一緒にお茶を頂きましょ?」

 にこにこと可愛らしい笑顔で二人に微笑みかけて、芽衣子には給湯室へ向かうように、柳にはソファに座るように促す。

 その笑顔は天使のようでもあり、なぜか逆らってはいけないような"迫力"みたいなものも感じて、芽衣子も柳も「はい…」と返事をしてそれに従うことしか出来なかったのだった。



「コーシカさんには、以前私が仕事で使う大事な書類を失くしてしまった時に一緒に探して貰ったんです」

「あはは。懐かしいですね~。2年くらい前でしたっけ」

「ええ、アレがなかったら大事な会議にも支障が出てしまうところでした…」

 本当に感謝してもしきれないですと、柳は照れくさそうに頭をかいた。

「いえいえ、まさか公園の子供たちが拾ってくれてるなんて私も思ってもいませんでしたし…」

「実際にサラリーマンごっこに使われているのを見た時は、内心ほっこりしちゃいましたよね。…ヒヤっとしたのも確かなんですけど」

「ふふ、そうですね…」

 コーシカと柳の二人が和気藹々と当時のことを話しているのを、芽衣子はお茶請けのクッキーを齧りながら聞いていた。

 何となく蚊帳の外感を感じるのは面白くないが、自分が知らない先輩の話を聞きたいという気持ちがあるのも確かだったのだ。

 …そう、今食べているお茶請けのクッキーだって、先日柳と同じように「以前のお礼です」とお礼だと言ってやってきた客人が持ってきたものだった。


(地味でつまらない職場だと思っていたけど、意外と色んな人に感謝されたりしてるんだなぁ…)


 そんな風に芽衣子がぼんやり考えているその時だった。

 コーシカと柳、二人の会話はいつの間にか以前の思い出話から、別の話題へと移り変わっていた。


「————と言う訳で、申し訳ないのですが、コーシカさんたちにも是非協力してもらいたいんです」

「え?」

 肝心なところを聞いていなかった芽衣子が思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 それに驚いた様子の柳とコーシカが、同時に目をぱちくりさせて芽衣子の方へと視線を向けてきたものだから、芽衣子は決まり悪そうな顔をして、えへへ…と誤魔化し笑いするしかなかったのだった。



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