第10話 疑惑

 唯一霊田さんが俺に貼り付かないのが、風呂とトイレと就寝中だ。流石に風呂とトイレはやめてくれと頼まないといけないのかと思っていたが、霊田さんも嫌なのか単に興味がないのか流石に俺に遠慮したのか、最初から着いてこなかった。

 風呂でのんびりと湯船に浸かりながら、俺はリラックスしているのを自覚した。

 風呂だからというのもあるだろうが、ひとりになれて、安堵しているのだ。

 別に霊田さんはうるさくもないし、視線が気になるという事も無い。これまで気にならなかった。

 だが、榊原さんの言葉が妙に気になった。

 そして、考えてしまう。勝手に体に入って自由にできるのなら、いつかその状態が長く続くことがあるんじゃないか。霊田さんが俺をじいっと見ているのは、そのために俺を観察しているんじゃないか。

 俺、乗っ取られてしまうんじゃ……。

 湯に浸かっているというのに、急に寒気がした。

「アカン、アカン。疑うたらアカンやん。失礼や。霊田さんは寂しかってんから。霊田さんは親切な同居人やん」

 自分にそう言い、俺は勢いよく湯船から立ち上がった。

 風呂を出ると、霊田さんと犬が黙ったまま見つめ合っていた。あれで話をしているんだろうか。

 そう考えた時、霊田さんと犬が同時にこちらへとグリンと首を回して俺を見て、俺はどきっとし、後ろめたさと何か心がざわつくのを感じた。

「もう寝よかな。なんや疲れたわ。明日はやっと休みやで」

 俺は言いながら布団を敷き、

「ほな、お休み」

と布団に入った。


 翌日、俺はいつ起きたのか記憶がなかった。気がつくとリビングで座り込んでおり、そして犬がそばに居た。

「うわあっ、何で!?」

 窓の外が薄暗く、時計を見たら、夕方だった。

「もしかして、疲れてずっと寝とった?」

 霊田さんに訊くと、霊田さんは頷いた。

「何やだるかったからなあ。一日寝てもうたわ」

 掃除とかしようと思っていたのに。まあ仕方が無いし、疲れていたのだから、どうせしなかった気もする。

「飯かあ。あんまり腹も減ってへんしなあ。軽くビールでも飲もか」

 俺は冷凍食品の買い置きとビールで夕食代わりにしようと立ち上がり、そう言えば給料を下ろしに行かないといけなかったんじゃないかと財布を開いた。

 記憶より、少ない。

 でも、記憶違いだろうか。

「明日は下ろしに行っとかんとなあ」

 言いながら財布をしまった。

 なぜか口の中にケチャップの味がするのを感じながら。


 月曜日、俺は伝票の整理をしていた。もうすぐ締めで、出していない伝票がないかチェックしなければならない。 同僚たちも同じで、互いに無口になって処理をする。

 ようやく終わり、首筋を軽くもみながらコーヒーでもと廊下に出た。

 同僚と一緒になって、紙コップを手に廊下のイスに座る。

「交通費とか伝票とか面倒くさいよなあ。まあ、溜めるからって言われりゃその通りなんだけどさ」

「そうですよねえ」

 互いに苦笑する。

「あ、そう言えば影谷。あのきれいな人、誰だよ」

 俺はキョトンとした。

「ん?」

「ほら、昨日会っただろ。新宿で。その時お前の連れか何かだった人だよ。追いかけてたから、そうなんだろ?」

 俺は横目で霊田さんを見たら、霊田さんは黙ってじっと俺を見返していた。






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