くそったれハーレムに中指を ~妹に強制的にイメチェンされた結果なぜかクソハーレム状態になりましたが、純愛派の俺は誰にもなびかない~

四角形

第1話 純愛かハーレムか、コミックキング賞で決着をつけよう。

「いーや、ハーレムこそ恋愛漫画の真骨頂でござるよぉ!」

「はぁ!? 純愛だろうがっ!」


 ガルルルルル。

 朝っぱらから教室の隅の方で、取っ組み合って吠える陰キャ二人。

 片や『脂ギッシュデブ眼鏡』、片や『ガリガリ前髪エロゲ男』。 

 デブが松村五郎丸、んで、ガリの方が俺、桐原小太郎だ。ちなみに、どちらも自称であるから、そこに悪意はないである。あるのは痛々しい自虐のみだ。 


「学園一二を争う美少女数人から言い寄られて、嬉しくない男はいないでござる!」

「はっぁぁあああ!? なーにがハーレムだよ。脳みそお花畑の尻軽女どもの媚売り大会の間違えだろ!? 焼き直しのように命救われてころっと主人公に落ちやがって……」

「それを言わせればなーにが純愛だ! なんだが~!? 一途に愛し合う二人とか、なーにが見ていて面白んでござるか! 漫画はファンタジーでござる、現実で出来ない夢を叶える場所でござる!」

「じゃあ図書館で本を取ろうとして偶然手が触れ合うとか、愛する人のために命を投げ出すとか、そんな美しいシチュエーション現実にあんの!? ねぇ、あんの!? 純愛も同じ理論なんだがぁ!?」 

 

 五郎丸の肥えた腹を一発叩いてやりたくなる。ぽちゃん、なんてへんてこな音が鳴るだけだろうが。

 彼は一年の頃からの唯一の親友であったが、ここだけは絶対に相容れなかった。この話をすると決まって喧嘩になるので、それを見越してクッションを挟むべきなのだが、とはいえど今日の件は致し方ない。避けては通れぬ喧嘩だった。

 

 今週末から始まる、漫画家志望者ならば知らぬものはいない漫画家志望者の祭典――次世代漫画家発掘コンテスト、【コミックキング賞】。

 ジャンル不問、プロ・アマ区別なし、読み切りサイズの漫画であることが最低条件の、受賞漫画は必ず書籍化&ジョンプ含む大きな出版社での連載が確約される大きなコンテストだ。

 

 こいつに向けての最終調整としてお互いの漫画を読んでいたら、案の定喧嘩になったというわけだ。

 そりゃ喧嘩にもなる。なんだ、『田舎の銭湯で店番のバイトを始めたら、美肌効果が凄いらしく美少女ばかりが入浴してくる件』って。タイトルだけでお腹いっぱいなんだよ。

 

「で、どうでござるか、サヨコどの!?」

「聞かなくても決まってる。俺のほうが面白いよな?」

「ぇぇ? え、えっとぉ……」

 

 俺と五郎丸に板挟みにされ、身を縮ませて俯く厚ぼったい瓶底眼鏡の少女――御影小夜子。

 彼女もまたオタク仲間で、いわゆる読み専というやつだった。元より俺がルーキー雑誌で連載していた漫画のファンだったらしく、それを知ってからはこうしてメンバーに加わっている。


 周囲からは『オタサーの姫』と揶揄されているが、本人はあまり気にしちゃいないらしい。

 

「「で、どっちなんだ!?」」

 俺と五郎丸が身を乗り出して机をバンッ、と叩くと、小夜子は華奢な肩を震わせて「ひぃぃい!?」としゃがれた叫び声をあげた。


「え、えっと、えっとですねぇ」にへらとシニカルに彼女は笑う。「ど、どっちも、甲乙つけがたいですぅ……」


 がくり、と五郎丸とともに項垂れる。

 小夜子は周りの空気を読める良い子だ。だから、基本的には当たり障りない意見しか口にしない。

 

 故に俺と五郎丸の『純愛かハーレムか』論争は大抵堂々巡りになる……のだが、ここにきてやって来るのが例のビッグイベントだ。


「では、致し方あるまいでござる……」

「ああ、だな」

 

 キラリと妖しげに光る五郎丸の眼光にバチリと黒目を合わせ、頷く。


「コミックキング賞で決着をつけよう」

「コミックキング賞で決着をつけるでござる!」

 

 バチチチチと視線が交錯し、その間に挟まれる小夜子が「ひょぇええ~」と目を回す。

 

 コミックキング賞で賞を取ったほうが勝ち。とてつもなくシンプルなルール。

 ふふふ、と心のうちで不敵に笑う。俺史上最高峰、甘く爛れたほろ苦い青春を詰め込んだ圧倒的純愛漫画……今回の俺のは力作だ。負ける気はまるでしない。

 

 机に散らばる原稿を回収し、片付けを――しようと思った瞬間、誰かが机にぶつかってきた。

 

 ドゴッ。

 弾みで原稿がいくつかひらりと宙を舞い、教室の隅に散乱する。ぶつかってきた本人はといえば、風に乗って足元までやってきた原稿を容赦なく踏みつけ、あくびをかみ殺すように去っていった。


「ま、まじか……」

 くっきりと足跡のついた原稿。……これは描き直しだな。

 

 窓から注ぐ爽やかな風が、黄金を溶かしてすすいだような綺麗な金髪を揺らしている。犬みたいにふわふわな髪をした彼女は俺のことなど気にも留めず、陽キャグループに「うぃ~」と混ざっていった。 

 

 ため息一つ。

 ふつふつと煮えたぎる怒りをそのままに、俺は立ち上がる。


「おい」

 一つ彼女の背に声をかけるが、彼女はまるで気にする素振りも見せない。どうやら自分が呼ばれたと気づいてもいないらしい。


「ちょ、ちょっと……やめたほうがぁ~?」

 諭してくる小夜子を振り払って、「おい、木梨きなし」と彼女の名を呼んだ。

 

「ん?」あっけらかんと振り返る彼女は、こちらを見てむっと眉をひそめる。「なに? うちになんか用?」

 

 教室中に訪れる静寂。

 俺は足跡の付いた原稿を拾い上げると、ひらひらと彼女にちらつかせた。


「机に当たったのもいい。原稿を踏んでしまったのもまあ、仕方ないことかもな。ただ……せめて謝ったらどうだ?」

「はぁ?」怠そうに木梨は語気を強めに返答する。くるくるとふわふわな金髪を指先で弄んで、ちらりと陽キャグループの方に目配せをして鼻で笑った。「何こいつ? だるくね? え、うちなんかした?」


 くすくすと笑い声が上がる。

  

「お前さぁ、気づけって。思いっきり踏んでたぜ」と彼女の仲間の一人が諫めると、木梨は「あれ、まじ?」とけらけら笑ってみせた。悪びれる様子もなく、あっけらかんと。


「ま、ごめんごめん。お互いついてなかったってことじゃん? つかなに、それ漫画? もしかして桐原が書いたの? へぇ……なんか、あれだね」

 

 木梨はこちらまで寄ってきてぐるりと散らかった原稿を見渡すと、嘲るように肩をすくめて笑った。


「――まだまだ駆け出し的な? あんま面白くなさそ。絵も下手だし、地味じゃん?」

「……は?」

 

 ドクン、と強く心臓が弾む。

 笑いの渦が巻き起こる教室内で、たった一人、静かに拳を握りしめた。努めて平静を装う。ぽんぽんと、陽キャグループの一人が気さくに俺の肩を叩いた。


「まあ落ち込むなって。悪いな、木梨って結構正直でさぁ。悪気はないんだって」

「てかまじ、木梨ちゃんやばいって! 桐原くん可哀想じゃん」

「あー、まじでおもろい。流石木梨だわぁ。デリカシー終わってる」

 

 ぽつり、世界に一人。孤独感に、胸が塞がれたみたく息苦しくなる。

 頭を抱えて構成を練り直した。眠れない夜もあった。アイデアが出なくて、行き詰まって、訳もなく夜の街を走った日だってある。破り捨てた原稿の数は思い出せない。それはまさに、俺の人生の数ヶ月を切り取って貼り付けたみたいな、すなわち俺の全てだった。

 豆の出来た指をそっと隠して、唇を噛みしめる。

 

 つけあがったらしい木梨は俺の手から原稿を引ったくると、「え~、なになに?」と薄気味悪く笑った。


「『月が綺麗だ。薄っぺらな言葉。それで誤魔化されてくれるほど、君は愚かじゃないだろうから。あえて言おう……好きだと、真っ直ぐに』……だって! やっば、桐原めっちゃポエマー!」 


 腹を抱えて笑う木梨に、堪えきれず吹きこぼれたように笑う奴ら。

「悪い悪い」と誰かが冗談めいて言った。「まじで、笑っちゃダメなのは、分かってんだけど……ぷふっ」

 

「あー……」笑い疲れたように涙を拭いながら、木梨はニタリと笑った。「陰キャっぽくて良いじゃん、お似合いの趣味だね」と。

 

 木梨は鼻歌を口ずさみこちらににじり寄ると、今度は五郎丸の原稿を手に取った。ひぃ、と五郎丸が涙目で縮こまる。小夜子は俯いたままだ。

 

 ああ、俺の作品はけなされようが構わない。

 だがしかし、五郎丸の、俺の友人の作品だけは決して――

 

「――え、こっちは結構いいじゃん。絵上手いし、女の子可愛い~!」

 どくりと心臓が強く弾んだ。ギリッと奥歯を噛みしめる。心底腹が立った。てっきり五郎丸の漫画も酷評されるだろうと勝手に決めつけた自分自身にも、彼だけが褒められたことに傷ついている自分自身にも。

 

 黙りこくる俺の肩をぽんと叩いて、木梨は無邪気に笑う。


「まあさ、ごろっちに絵とか教わりながら気長にやれば? 上達あるのみっしょ!」

 ひらひらと手を振って去っていく木梨の後ろ姿を、呆然と見送る。かける言葉などなかった。

 

 反論など出ようはずもない。漫画の良し悪しは、読者が判断するものだ。彼女がそう思ったのなら、それが正解なのだ。


「……木梨」

 ほんの少しだけ残っていた反骨心や衝動に突き動かされて、つい口にする。

「また、俺の漫画を読んでくれ」

 

「え~? なに、愛の告白的な~?」

 

 茶化すような彼女に真剣な眼差しを注ぐ。


「次は絶対に……木梨も面白いと唸るような漫画を描いてやる。だから、次も俺の漫画を読んでくれ」


 静まり返る教室。木梨は呆気にとられたように固まると、堪えきれないと言ったようにガハハと笑って、「付き合ってらんね~。まじキモイ」と吐き捨てて去っていった。

 

 即座に五郎丸が、「だ、だだだ、大丈夫でござるかぁ?」と溶けた声で聞いてくる。

 

 大丈夫……?

 なわけ無いだろう。己の描いた漫画をつまらないと言われ、正常でいられる漫画家がどこにいる。

 

「むしろ」くくく、と笑いがこみ上げる。「やる気が出てきたところだ」

 

 それから一ヶ月、木梨の批判によって熱の入った俺は血の滲むような努力を重ね、修正に修正を重ね、最高傑作とも言える最高の漫画を描いてコミックキング賞に提出し――

 

 

 

 

 

 

 ――呆気なく、落選した。

 

 五郎丸のは佳作に選ばれた。

 俺の描いた漫画は、つまらない。ただ、それだけの話。それだけの話だ。

 

 ……嘘だ。悔しかった。悔しすぎて、吐いた。3日は飯が通らなかった。俺の描いた漫画は、つまらない。それは、それほどの話なのだ。

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