第035話 誤算

 俺たちは最終日の朝まで採掘とホイホイ活動を続けた。


 時間的に戻って手続きなどをした方がいい。


「そろそろ帰ろうか」

「大丈夫かな……」


 俺がコレットの提案すると、彼女は心配そうに俯いた。


 やれることはやった。でも、まだどのくらい稼げたのか分からない。だから、彼女が不安になるのも当然だ。


 ただ、マテリアルサーチに掛かった金属のインゴットが数十トン単位で数百、宙賊艦が数百隻。完璧な宙賊艦の航行データ。いくら安くても、これだけで多分三億くらい軽く超えると思う。


 それにSpaTubeのスパチャもある。


 ほぼ間違いなくクリアしているはずだ。


「計算上、三億ユラは超えてる。心配するなって」

「うん、そうだね。くよくよしても始まらないもんね」


 俺が自信を持って笑いかけると、コレットは気持ちを切り替えてフンスと手を体の前で握った。

 一人で生きてきただけあって強い娘だ。それだけにウィルの件はどうにかしてやりたいと思う。


「それじゃあ、周りに気を付けてくれ」

「分かった!!」

「テレポートッ」


 リターンだと拠点にした場所に戻ってしまう。


 それでは、船とか色々問題が起きる。


 しかし、テレポートはマッピングした場所ならどこにでも転移できる。今回は船ごと転移させるイメージで魔法を発動させた。


 景色が一瞬で移り変わり、眼前の窓にはメディチ交易コロニーが姿を現わす。


「ホントにあの距離を一瞬で移動できるんだね!! キョウは本当に凄いよ!!」

「はははっ。まぁな!!」


 コレットが俺の方をキラキラした目を向けるので、満更でもない気持ちになった。


「テレポートって私もできるようになるかな?」

「どうだろう。才能はあるから練習したら使えるようになるかもな」

「やった!!」


 俺の言葉にコレットは嬉しそうにはしゃいだ。

 どのくらい使えるようになるか分からないけど、水を差す必要もない。


「よし、すぐにマテリアルギルドで買い取ってもらおう!!」

「うん!!」


 俺たちはすぐにコロニーに着艦してマテリアルギルドに急いだ。





「待ってたわ」

「君がキョウ君かね。私はグレイ。このマテリアルギルドの支部長をしている。娘から君のことはよく聞いているよ?」


 俺たちはマテリアルギルドの個室で、アメリアと三十代ほどの優し気な顔の男と相対していた。


「キョウだ。よろしく頼む。娘?」


 グレイさんが差し出した手を握って挨拶をした後で、俺は首を傾げる。


「ああ。言ってなかったのか?」

「えぇ。まさかこんなことになるとは思っていなかったし」


 グレイは、隣のアメリアに顔を向けると、彼女は肩を竦めて見せた。

 なんだ? どういうことなんだ?


「それもそうか。私はアメリアの父だ」

「え、えぇ!?」


 俺は二人の余りの似てなさと彼の若さに驚く。


 どう見てもまだ三十代前半くらいで、アメリアくらいの娘がいるようには見えない。それに、その年でマテリアルギルドの支部長だなんて、とんでもなく優秀な人に違いない。


「何か不服かね?」

「いえ、なんでも」


 若干片方の眉毛を吊り上げるグレイさんに、俺は慌てて首を振った。


「まぁいい。話は聞いている。金属と宙賊船の売却だったね」

「ああ」


 グレイさんは首を振ると、話を本題に戻す。

 普段から同じような反応をされ慣れているのかもしれない。


「どのくらい売りたいんだ?」

「これが内訳だ」


 俺は端末にメモした各金属の名称と重さ、宙賊艦の種類や型のリストを見せる。


「話には聞いていたが、本当にこれだけの量を持っていると?」

「ああ。俺はこんな風に物を仕舞っておけるんだ」


 リストに落としていた視線を上げ、半信半疑と言った様子のグレイさん。俺は彼を信じさせるために、一メートル四方の立方体のインゴットを取り出した。


「なっ……」


 その光景を見たグレイさんは瞠目する。

 この世界の人は皆驚くよな。科学で実現できていないことだから当然だけど。


「これでいいか?」

「うむ。これは使いようによっては非常に危険な能力だ。それは分かっているのかね?」


 彼が言いたいことは分かる。


 この力があれば、検査に引っかからずにどんな物でも何処にでも持ち込めてしまう。他人に知られれば、犯罪者からも、国の側からも目を付けられることになるだろう。


 でも、そんなことよりもコレットの自由の方が大事だ。


「勿論だ。でも、今はそんなことに構ってはいられない」

「……分かった。私もアメリアと仲が良いコレットのことは見知っている。出来る限り協力しよう」


 グレイさんの目をジッと見ていると、彼は目を閉じてから頷いてくれた。

 よし、これでコレットの問題を解決できるぞ。


「ありがとう」

「ただ、残念な知らせがある」


 しかし、俺の喜びも束の間、グレイさんが少し申し訳なさそうに切り出した。

 その様子になんとなく先の展開が予想できる。


「もしかして……」

「ああ。量が多すぎる。マテリアルギルドだけでこの量を買い取るのは難しい」


 俺の言葉に続けるようにグレイさんが返事をした。


 くそっ、ここまできて駄目だって言うのか?

 いや、まだ何か手は残っているはずだ、何か……。


「ふぅ……キョウ、もういいよ。私が結婚すれば全部収まるんだから」


 そこで、コレットが諦めたような表情で言った。

 確かに現状打つ手が見当たらない。だからと言ってそんな選択はさせたくない。


「でもそれは……」

「ふふふっ。心配してくれてありがと。でも多分大丈夫だよ……」


 望まない相手。しかもウィルは平気で人を殺すような奴だ。そんな人物との結婚なんて恐怖でしかない。


 それなのに、コレットは気丈に振舞おうとする。しかし、その体は震えていた。


 こういう時、魔法が無力だと思ってしまう。


「「「「……」」」」


 部屋を沈黙が支配した。


 どうにかできないかと頭の中で考える。もういっそのことウィルを殺すしか……いやいや、それじゃあ、ウィルとやってることが同じだ。


 一体どうすれば……。


 ――コンコンッ


 全員が諦めかけていたその時、扉をノックする音が聞こえた。


「ここは使っていると言っているはずだが、もしかしたら私に用があるのかもしれない。私が出るからちょっと待っててくれ」


 グレイさんが立ちあがって扉を開ける。外には職員が立っていた。


「どうしたんだ?」

「こちらの方が話したいことがあると……」


 職員に問いかけると、後ろから別の人が現れる。


「あなたは……」

「お力になれるのではないかと思って参上しましたの」


 相手の顔を見たグレイさんは目を丸くした。その人物は思いがけない相手だった。

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