第18話

「待たせたか?」

「呼び出したのはわたくしですもの。気にしませんわ」


 そこにいたのはウルカだ。彼女は月明りを帯びた金の髪を払って、まっすぐ冬弥をみつめていた。


「俺はなんでこんな夜中に呼び出されたんだ? まさかまた決闘するだなんていわないよな」

「単刀直入にいいますわ。草薙まひる。彼女は怪しいですわ」

「怪しいってなにが?」

「ホームセンターで起きた床の崩落や、もしかしたらあなたたちを襲撃した人物とも関係があるのかもしれませんわ……」

「……本気か?」


 冬弥が問いかけるも、ウルカは瞬き一つせずに見つめてくる。


 その力強い瞳には、なんらかの確信めいた意志が宿っているように見えた。


「床が崩落する前、まひるはわたくしたちのすぐ近くにいましたわ。でも、地下ではいつのまにか遠くに離れてあなたと合流しておりましたわ。これって怪しいと思いませんの?」

 

 いわれてみれば、ホームセンターで木材加工用ロボットと戦闘していた時、まひるとウルカと吉田は近くにいた。離れていたのは冬弥だけだ。


 ということは地下に落下した時も、この三人は固まっていないとおかしい。


「まひるはデバイスが壊れていたんだ。それでウルカたちを見失ったんだと思う」

「だとしてもおおよその方向は把握していたと思いますわ」

「音がして魔物だと思ったんだと」

「それだとわたくしたち見捨てられているんじゃありませんの?」

「…………まひるならやりそう、って一瞬思った俺は性格悪いかな?」

「いいえ……あの子はそういう子だとわたくしも思っておりますわ……」


 こんな世の中だ。仲間を見殺しにしていいとはいわないが、助けに行って全滅するくらいなら自己保身に走ることくらい当たり前のことだと冬弥は思った。


 とはいえ、まひるがウルカたちを見捨てたとは考えにくい。


 だとしたら、身を挺して冬弥を庇った理由が見つからない。


 彼女は態度こそ問題はあるがじっさいのところ仲間意識は強いほうだ、と冬弥は思っていた。


「まぁさすがに地下で合流できなかっただけじゃ根拠としては弱いんじゃないか? 俺は庇われた身だからそう思うだけかもしれないけど」

「むむ、薔薇泉校長ではありませんがずいぶん論理的ですわね。あなたはもっとお馬鹿さんではありませんの?」

「まひるに鍛えられた」

「はぁ……いいことなのか悪いことなのか正直判断できませんわ。それより、わたくしがあの子を疑っている根拠はもう一つありましてよ」


 ウルカは自身の右肩に手を置いた。


 心なしか、震えているように見える。


「もう一つって?」

「あの子……わたくしを盾にしていたような気がしますの」

「盾って?」

「ほら、吉田が壁に擬態したスライムを撃退したときのこと、覚えておいでではありません?」


 もちろん覚えている。


 突然吉田が発砲して驚いたため、強く印象に残っていた。


「もちろん覚えてるよ」

「あの時、まひるはわたくしの肩に手を置いてましたの。……下に押しつけるように、服を握りしめて」

「おいおい、それはいくらなんでも疑いすぎじゃないか? 通路の奥を見るために体重をかけてただけだろ」

「かもしれませんわ。かもしれないんですけども……」


 ウルカは下唇を噛んで不安げに俯いた。


「そもそもまひるはどうしてそんなに怖がられているんだ?」

「……あの子は、恋敵だった親友を殺した……らしいですわ」

「まさか。いくらなんでもそこまでしないだろ」

「わたくしもそう思ってますわ。だってわたくし自身がまひるになにかされことはありませんもの。でも、たとえ噂でも、あまりにもみんなが信じているのでなんだか気味が悪くて……」

「ウルカ……」

「冬弥は……どちらを信じますの?」

「え?」

「わたくしか、まひるか」

「それは……」


 あまりにも答えづらい質問だった。


 真偽はともかく、ウルカが感じている不安はきっと本物だ。もしも彼女がまひるを陥れようとしているなら冬弥ではなく吉田や他の女子にこういった話を持ちかけるだろう。


 なんなら、まひるがこれまでしてきた悪行を男子にバラしてもいい。むしろそれが一番効果的だ。


 そうしないのは、ウルカにはまだまひるに対する情が残っているからだと冬弥は思った。


 だからといってまひるが自分たちを陥れたとは考えにくい。


 なぜなら、冬弥たちは無事に帰還したからだ。なんなら怪我をしたのはいままさに疑われているまひる一人。もしも彼女が仕組んだことだとしたら、自分の計画で自ら怪我をしたことになる。


 なにか手違いが起きて予定通りにいかなかった可能性もあるが、だとしても冬弥たちを陥れる意味がわからない。 


 それで自分が怪我をするなんて、冬弥のイメージするまひるらしくない気がしていた。


 彼女ならもっと、抜け目のない計画を練るはずだ。


「やっぱり、俺はまひるが仕組んだとは思えないな」

「そうですの……」

「いや、でも、だからってウルカの不安が嘘だとは思ってない。きっと本当に怖かったんだと思う。俺だって、時々まひるが怖いときあるし。わかるよ」

「冬弥……」

「でも、やっぱり証拠がなさすぎる。まひるじゃなくても、あの床の崩落を誰かが仕組んでいたならかなり大がかりだ。そこまでする意味がわからない」

「……あの崩落は、間違いなく仕組まれていましたわ」

「なんでそういえるんだ?」

「爆発物の痕跡がありましたもの。そもそも、あなたも見たのではありませんの?」


 そういえば見た。包帯男が下水道の天井を爆破するところを。

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