第5話 病院

 そして一日が始まり、いつものように進は会社へ行き仕事をした。3時休みに病院へ電話をかけ、営業時間を確認し、小説に書いたように定時後に急いで皮膚科へ向かうこととした。病院の電話を対応してくれた女性の声からひょっとしたら本当に芽衣子ではないかと期待が高まった。 そして、仕事が終わり、進は直ちに近くの皮膚科・小児科へ車で向った。 駐車場にとめてある車は意外と多く、奥の方にとめざるをえなかったが、芽衣子のものではないかと思える車があった。小説にはない展開である。


――ほんとに芽衣子さんがいる?


進は、完全に追い込んだ獲物に近づくように慌てず、ゆっくりと交差点に面した病院の玄関へと向かった。

 透明ガラスのドアを通して中の様子が見えた。入って右側に下駄箱があり、靴を脱いで待合室に上がるようになっていた。上って左手が受付になっていてガラス張りになって料金やクスリを出し入れする小さな窓が二箇所開いていた。それぞれの奥に受付の女性が座っていて、どちらも忙しく患者さんの対応をしている。


――芽衣子さん、やっぱり。


 手前の女性が芽衣子であった。進は、芽衣子を意識しながら下駄箱につかまり、やや苦労して靴を脱いだ。靴を下駄箱の中に入れて一段上がって芽衣子のいる方の手前の窓から保険証を差し出しながら小説に書いたように「こんにちは」と言った。芽衣子の対応もほぼ小説通りで、「あら、どうしたんですか?」であった。

 診察の結果は小説に書いたアセモではなくて、茶毒蛾の毛虫によるものと意外な診断だった。処置は、看護師がかなり大雑把にぬり薬をぬって、治療は終わりであった。しかし、その代り、おじいちゃん先生が茶毒蛾の説明を図鑑を使ってしてくれた。

 この辺りは、進の小説にもまったく書いていない展開となった。また、意外にも芽衣子は、会計だけでなく、薬袋の中身を取り出しながら手際よくスラスラと服用方法、効能を説明した。 そして、いよいよ靴を履く時が来た。靴を脱ぐときは、下駄箱が右側にあったためマヒのない右手で身体を支えて足だけで脱ぐことが出来たが履く時は下駄箱は左側にある上に、スノコで離れていて向きを変えても右肩を寄せる場所が無かった。進は普段、靴を履く時は右手を使える程度に右側の壁に肩をもたれかけて身体を支えていたのである。


――ああ、マジで履けないや、どうしょう?


進はそう思いながら芽衣子の方を見てみた。


「ああ、ちょっと待ってくださいね。そっちへ行きますから」


そう言うと芽衣子が会計室から慌てて出て来て、進の左半身に身体を寄せて左腕を抱えあげた。


――きたーっ、芽衣子さん密着。 


進の鼓動は高まった。ただ、マヒの残る左半身は感覚が薄く、せっかくの芽衣子に触れる感覚を想像でしか感じることが出来なかった。 芽衣子は進を支えながら、整形外科の前を車で通る時よく進の車を見かけるなど、まだ進を忘れてはいなかったことを気を使ってか、本心か話してくれた。

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