星典と過去の記憶

「——ちょっと聞いてます?望さん」

「え?えーっと……この前の報告だっけ?」

「それは今さっき話したばかりじゃないですか。今話してたのは職員たちの噂話が多くて、これが続いたら仕事に支障が出るんじゃないかと思うんですよ」

「噂話くらいで支障なんて出ないでしょ。出たとしても……まあ何とかなるし」


この前あった覚醒騒動事件から数日たったのにも関わらず、うちの職員たちの間では瞳についての噂話が多いのが心配みたいだ。

個人的には今のところ忙しいわけでもないし、みんな仕事はしっかりできるタイプだから別にそれくらいなら問題ないとは思うけど、一応注意くらいはしておこう。


「そういえば、私の話を全然聞いてなかったみたいですし、一応聞いておきますけど望さんってこの前の映像見ました?」

「映像って衛星からの?それなら見たよ。すごかったねあの子」

「ですよね。あれで覚醒したばかりなのが信じられないです」

「まあ宇宙の瞳なんて実際に見たこと無いからね。もしかしたらあれが普通なのかもしれないね」

「そもそも惑星級以上の瞳を宿した人が現れるなんて何年ぶりなんですか?」

「詳しくは分からないけど、私が生まれる前から現れて無かったみたいだし、最後に現れてから百年以上は経ってるんじゃない?」


もしかしたら今までもどこかの誰かが瞳を宿してたのかもしれないけれど、それに誰も気が付かないまま、その人が一生を終える事だってある。

だがそれは一昔前の話で、宇宙の瞳今回のように周囲に及ぼす影響が大きいとすぐに分かるし、惑星級もちゃんと調べれば特定できるようになっている。


「それにしても、最初でこれだけの規模の人数を集めてくるなんて……多分この先も彼女の瞳を狙って色んな奴らが来るでしょうし、どうなっちゃうんでしょう?」

「流石に今回のは想定以上だったから、こっちの対応に不備があったのは間違いないけどね……次はもう奥沢彼女星典ちからに頼る事になりそう」

「やっぱり彼女は頼りになりますね」


この先どんな集団が来るのかは分からないけれど、ある程度の奴らなら容易に蹴散らせるだろう。

彼女は頼りになるって言うけれど……流石に星典では本来ほどの出力は出せないから、そらから来るやつらにどこまで通用するのか……。




「——って話をしんだけどさ」

「何らかの報告でもしに来たのかと思ったら、何も無いみたいだし……あなた何しに来たの?」


部屋に入ってさっきした話をしてたら、呆れたように母さんは私を見てた。話し終わった後に聞きたいことが出来たから来て、経緯を話したんだけど忙しいみたいだからさっさと聞けばよかった。


「この話をしてからちょっと母さんに聞きたいことがあって」

「なんだ、ちゃんと私に用事があったのね。それで聞きたい事ってなにかしら?」

「いやー星典のことを話してて思ったんだけどさ、これって増やす事とかできないの?」


今まで手元の書類を見ながら聞いてた母さんだったが、この質問をしてから手が止まり私の方を向いて呆れたようにため息を吐いた。


「え、私なんか変な事言ったかな?」

「増やすことはできないのって……星典がどうやって作られたのか前に教えなかった?……流石にその事を覚えていたら、そんな質問は出てこないわね」


どうやら前にも同じような事を私に教えていたみたいだ。その時は興味が無かったからなのか、当時の私には難しかったのはわからないが、全然覚えてない。


「それについてなら、私が昔使ってた手帳に書いてあるはずだからそこの棚を探してみなさい」

「いや、そこの棚って言われても沢山あるんだけど……これかな?」


母さんは手帳って言ってたから、目についたものをとりあえず手に取って中を見るとどうやら当たりのようだったので、読んでみる事にした。




「——これ本当にあった事なの?」


一通り目を通して出た感想と言うか、なんと言うか……前にも宇宙の瞳についての記述を読んだ時も「これ本当に?」なんて言葉が自然と出たけれど、今回読んだこれはそれ以上に信じられなかった。

これならまだ宇宙の瞳の方が現実にありそうだと思えるくらいに、母さんの手帳の内容は非現実的だった。


「私も何を書いたかすべて覚えているわけじゃないけれど、少なくとも嘘は書いていないはずよ」

「うっそだぁ……だってこんなの小説とか映画の世界じゃん。しかも、ここに書いてある地球二層って全然意味が分からないんだけど」

「全部本当の事なんだから受け入れなさい。他に何か聞きたい事はある?あるのなら手短にお願いね」


聞きたい事なんて山ほどあるんだけど、流石に忙しそうだから一番気になるのを探すためにパラパラと手帳をめくる。

そして聞くことにしたのは、この中でよく出てくるのにも関わらず、名前がどこにも書かれていないの事。


「母さん、このよく出てくる彼って誰なの?見る限り名前も書いてないみたいだし、この人の事覚えてる?」

「そんな人……いたような気がするけれど……ごめんなさい全然覚えてないわ」

「結構昔の事だし流石に覚えてないか。母さんって記憶力いいのに、その年代の事あんまり覚えてないよね」

「なんて言ったらいいのか……その辺の年代はなんだか、所どころ穴が開いたように記憶が無いのよ」


母さんももう七十代後半だから、普通なら仕方がないって思えるのかもしれない。

でも、そこ以外の記憶はしっかり覚えているから、そこだけ不自然に記憶が抜けているように感じる。

母さんはそのことについて特に疑問に思ってないようにも見えるけど、母さんの事だから既に色々と調べてるだろうし、もう今の状況を受け入れてるのかもしれない。


「用は済んだかしら?あなたも仕事があるだろうし、早く戻った方がいいんじゃない?」

「やる事は終わらせたし、何かあったらスマホに連絡が入るからもうちょっと読んでから戻る事にするよ」

「それなら別にここに居てもいいけれど、今忙しいからあんまり質問とかしないでちょうだい」

「それくらいは分かってるって」


そう言うと母さんは仕事を再開し、私はもう一度手帳を読み直そうとしたけれど、さっき話したことが気になって集中できない。


彼について書いてある部分を読んでみると、星典を作る際に関わっている事が書いてあったんだけど、何だか書き方が他とは違う感じがした。

この手帳を使ってた時期は二十歳前くらいだろうし、もしかしたら今とは少し違うのかもしれない。それを前提に考えても少し違和感があった。

何というか……この人を好意的に見てる感じがしてむず痒くなる。


もう一度最初から読んでみると違和感の理由がようやく分かった。

男性に微塵も興味を示したことの無い母さんが、『光り輝く金色の瞳』って外見的な特徴を書いているのが違和感の原因だった。


もしかして母さんが結婚していないのって、この人が好きだったからなんて……流石にあるわけないか。


「あれ、母さんどうしたの?」


いつの間にか仕事を終えていたのか、母さんは手を止めて机の上に置いてあった私のスマホをじっと見つめていた。


「やっぱり昔に見たことがある気がするのよね」

「またその話?スマホこれに似たものを見たのってまだ二十代くらいの——」

「急に考え込んでどうかしたの?」

「ううん何でもない。見たのって二十代の時なんでしょ。流石にそんな昔にあるわけないよ」


母さんは昔スマホに似た何かを見たことがあるって言う事があるんだけど、今までなら適当に聞き流して、もう年かなって考えていた。

でも自分で二十代くらいって言ってから、手帳を書いたこのころと同時期くらいに見てたりしてって考えが頭によぎった。


「スマホなってるわよ」

「え?ああ本当だ。そろそろ戻るね。また読みに来るよ」

「はいはい、早く行きなさい」

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