宇宙の瞳

プロローグ

星々の観測状況が前面の巨大スクリーンに表示され、異常を知らせるアラート音が鳴り響き、星々の動きのが赤く表示されている。


「木星が西側へ移動!」

「M104、北西に動いてます!」

「3C273と3C279は現在移動中」


そして私は絶え間なく入ってくる膨大な報告を投げ捨てたくなったが、母さん上司に報告するために一応目を通しておく必要があった。


「この短時間でこの数のずれが発生するなんて、すごいな……」

「星守所長。現在確認されている、強制移動がこちらです」

「あーはいはい。見やすくしてくれてありがとね」


わざわざ見やすいように部下がまとめてくれたみたいだ。とりあえずこれを持って報告に行けばいいかな。……一応、端末も持って行こう。

それにしても、これだけの規模の能力を持ってるなんて、一体何に使うつもりなのか気になるけれど、ずっと考えていられるほど暇じゃない。




「おー。当たってる当たってる」

「ちょっと彼方ー?パソコン見てるだけなら、夕飯の支度手伝ってほしいんだけど」

「あと少しだから、待ってて!」


台所で晩御飯を作ってるお母さんから手伝ってって言われたけど、この宝くじの当選結果の確認してる最中だったから、こっちを優先したかった。


「もう……確認だけなら後でもできるでしょ?」

「なら、星奈に手伝ってもらってー!」

「はいはい。星奈ー!ちょっと手伝ってー」


お母さんが大きな声で二階にいる妹に呼びかけると、ドタドタと階段を降りる音が聞こえてきた。

そしてすぐにリビングのドアが勢いよく開けられ、妹が飛び込んできた。


「なにー?お母さん呼んだでしょ」

「お姉ちゃん今忙しいみたいだから、ご飯の準備手伝ってほしいんだけど」

「いいよー。それよりもお姉ちゃんは何してるのさ……って、この前買ってた宝くじじゃん!当たった?」


すごい期待してる目で私と宝くじを見てるけど、残念ながら期待してるような額は当たってない。


「まあ……当たったよ?全部で三千円だけど」

「えぇ~またそれくらいなの?いっつも千円とか三千円とかじゃん。一等とか当てて家族で旅行とか行きたーい」

「それは無理じゃない?お姉ちゃん何度か買ってるけど、一番の当たりは何度も当ててる三千円までだから」

「あ、赤字にはなってないんだからいいじゃん?」


お母さんの言う通り、何度か買っても当たるのはせいぜい四等とかで、それより上は全然かすりもしない。

私としては赤字になってないから別にいいんだけどさ。でも、星奈とかにあれだけ期待されると、一つ上の当たりが来てほしいって思っちゃう。

流石に旅行は無理でも、ファミレスくらいには家族で行けるだろうし。




「はぁ……」


いつもなら用もなく気軽に立ち寄れるのに、こういった報告をするときは毎回緊張する。母さんのあの雰囲気が……なんというか苦手だ。


「母さん?報告の件で来たんだけど、今いい?」

「ええ。大丈夫よ望」


心なしか重く感じる扉を開けて中に入ると、母さんは正面の大きな机に座っていて、手元の書類を読んでいるみたいだった。

直属の諜報部からの報告書だろうか。そっちの報告があるなら、これはいらなかったんじゃ……。


「どうしたの望。手に持ってるその報告書を持って来たんでしょう?」

「ああ、うんそうだよ。はいこれ」


余計な事を考えていたから、渡すのを忘れてた。

母さんは受け取った報告書をささっと読み進めていくと、ものの数分で読み終えてしまった。

見やすいようにまとめてあったのか、それとも事態が緊迫してるのかのどっちかだろうけど、前者の方だと思いたい。


「望、この一連の事態に関する解析班あなたたちの考えはどういったものかしら。聞かせてもらってもいい?」

「そんなに役に立つことないと思うんだけど、まあいいか。私たちの考えでは、今回の惑星の強制移動は意図的に引き起こしたものじゃないって考えてる。きっかけとかは分かんないけれど、これだけの規模の強制移動が起きてるのにこれと言った変化も異常も確認されてないからさ」

「なるほどね。……その考えはあながち間違ってないと思うわ」

「え?」


つい言葉が出てもこれは仕方がない。だってこういう意見を求められたときに私たちの考えを言ったって大体外れてることが多いし、こんな感じで意見を言って間違ってないなんて言われたのは初めてかもしれない。


「とりあえずこれを見て頂戴」


差し出されたのは、部屋に入った時に母さんが見てた書類だった。一番上のページには老若男女様々な人物の顔写真が掲載されている。


「この数の顔写真は何なのさ?」

「それは強制移動を引き起こしている可能性の高い人物をまとめたものよ」

「え、候補の時点でこんなにいるの……?」


こんなに分厚い書類の束から一人一人調査して見つけなきゃいけないなんて、気の遠くなる話だ。

書類をパラパラとめくりながら、この先の仕事量の事を考えてたら母さんが呆れたと言いたげな目で私を見ていた。


「あのね、それは初期のものだから今は数人に絞られてるわよ」


表紙をよく見ると、端っこに小さく日付が書いてあった。


「え?……あっほんとだ。もうちょっと日付は大きく書いといてよ」

「あなたがよく見れば……ってそれよりも、ちからの事の方が大事だわ」

「瞳ねぇ……ランクは決まってるの?って言っても決まってるようなものだよね」

「ええ。ランクとしては宇宙で確定でもいいのだけれど、まだ不明な事も多いしランクは銀河としておくことにするわ」

「まあ、そうなるよね。最初っからランクは宇宙って言ったら、どこで外部に漏れるか分かんないし」


既にもう海外から探りに来ている連中があちこちに居るみたいだし、対象者もある程度分かってるだろうし連中の作戦も遅延するはず。

おそらく多少遅らせるくらいだとは思うが、私たちが後手に回らないだけマシだ。


「あなたの方からは特に何もないの?」

「いや、私からは特に無いけど」

「ああ。言葉が足りなかったわね。あなたの部下から何か言われてたりしない?」

「言われたってよりも提案だったんだけど……」


母さんに渡した書類を渡してくれた部下にこう言われた。

『望さん。今回の件、大事になるのは間違いないですし、混乱が起きる前に黒渦くろうずを動かした方がいいんじゃないですか?』

『う~ん。黒渦あの子に動いてもらうのもなぁ……流石に難しいんじゃないかな。とりあえず相談することにするよ』

——こんな事を話したのだが、あの子に動いてもらうにはリスクが大きすぎるし、何よりも私だけで決められることじゃない。


「黒渦を動かしたらどうかって提案があったんだよ」

「あら、あの子を?その子の提案は分からなくもないけど、人の多い所ではちょっと難しいわね」

「やっぱり、そうなるよね。候補者は絞れてるって言ってたけど、何人まで絞り込めたの?」

「ええと……今日までで候補者は三人になってるわね。でも、もうこの子でほぼ確定と言ってもいいから、二人くらいに監視を任せようと思ってるの」

「なんだ。もうほとんど決まってるんだ。どんな人?」

「この子よ」


差し出されたのは、最後の候補者となった三人分の書類だった。

顔写真を見ると、大学生くらの男性が二人。そして中学——いや、高校生くらいの女の子が一人の三人が、現時点での最終候補者なのだろう。

そして確定と言わんばかりの大きな丸が、女の子の顔写真の周りに書いてあった。


「この子なんだ。監視はもう決めたの?」

「私は奥沢と永塚が適任だと思っているわ」

「監視に星典持ちの……しかもその二人も必要?それなら木星典の永塚だけでもいいと思うし、二人って人数制限があるなら荒川と新人の柏木を組ませてもいいと思うんだけど」

「監視って名目だけれど、彼女の瞳の事が知れ渡ったら彼女の周囲で何が起きてもおかしくないでしょう?」


確かに母さんの言う通りだ。この子の瞳のランクが銀河だったとしても、欲しがる奴は五万といるのに、ランクが宇宙だなんて知れ渡れば手に入れたい奴らは地球ここ以外にもいるはずだ。


「確かに荒川と柏木には荷が重いか。その二人ならどんなことが起きても……まあ、どうにかなるか」

「ならこの二人にお願いするわね。……さっきから気になっていたのだけど、あなたの手にある……タブレットだったかしら?それは私に見せるために持ってきたの?」

「一応そのつもりで持ってきたけどさ、母さんこういうのあんまり使わないし、別に大したことでもないから見なくてもいいでしょ」


母さんは、パソコンとかスマホとかをあんまり使わないから、自分で操作することに慣れてない。

重要な事だったらこっちで操作して方向するのだが、今回の事はそこまでして報告する必要性を感じていなかった。

なので、私からタブレット端末これについて言わなかったんだけど、母さんから聞かれたら見せるしかない。……ちょっと面倒だが仕方ない。


「これで見せようと思ってたのは、海外からの入国者——主に海外政府の息のかかった研究施設とか軍事施設からの入国者が増えてるんだ」

「……確かに去年と比べても倍増しているし、前の月と比べても急増しているのね」

「それとこっちも見てほしいんだけど、今月に入ってからへの入港も増加してる。しかも海外ではこの倍以上だよ」

「増えてるって報告は私のところまで来ていたけど、ずいぶん増えているのね」


やっぱり母さんの耳にも入っていたかとも思ったけれど、詳細までは知らなかったみたいだし報告しておいてよかったかもしれない。

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