女子学生に校長の座を奪われた僕は、それでも幸せ

@A21g150075

第1話 その女生徒 かすみ

 僕は、武田拓哉。全国最年少若干32歳で中学校の校長になった。

一時はマスコミでも話題になった事もある。

 自分で云うのも何ですが、ある雑誌では

       『32歳のイケメン校長 令和の学校教育』

               なんて特集が掲載されたこともある。 

 

その頃のニュース映像のインタビュー。

リポーター「最年少で校長職に就かれたことをどう思いますか」

武田 「現在、教育というのは転換期に来ていると思います。これまでは当り前と思

   われていた方針が、時代にそぐわなくなり改善しなければなりません。より多様性を持って・・・」

リポーター「若い感性がこれからは必要ということでしょうかね。」

武田「伝統や風習に捕らわれず生徒の目線で学校教育を推進していくつもりです。私  

  がこの若年で学校長に選ばれたのもそういう意味があると思います。」

 

 後で聞いた話だが、僕の人生を転換することになる若干14歳の少女は、この時のニュースを駅の待合室のテレビで冷ややかに見ていたそうだ。


現在 

市立流崎中学校 校長室

来客用のソファーに座り、僕は今期クラブ活動予算の書類を読んでいた。

 上座の校長席にはこの学校の女子二年生 手塚香澄(かすみ)が有ろうことか、椅子にふんずり返るように座してファッション雑誌を読んでいる。

「かすみ君。休み時間はもう終わりだよ。そろそろ教室に戻らないと」

「その心配は有りません。次の授業の教師には具合が悪いので保険室行きだと言ってますので」

 呆れ顔の僕を他所にその女生徒かすみは動じる仕草さえない。

「なら保険室に行けば良いではないですか」

「保険室に行ったら保険の先生に検査されるでしょ。本当はどこも悪い処はないんだから、それに眠くもないのにベットで横になれないわよ。」

「何に・・・」

言葉の出ない僕に対しさらにかすみは

「それ以上は何も言えない筈よ。この学校の実質的校長は誰。」

「・・・・」

「はい。言いましょう。」

「くうウウ・・・」

「どうしたんですか、言ってください」

「かすみ君、君だよ」

「言い方が打ち合わせと違うけど、まあ意味は通ってるから良いわ。」

(本当は市立流崎中学校の校長先生は手塚香澄さんです。)が正解なのだが、

僕にもプライドがある。まして数か月前には最年少校長という肩書を自負していた。内心では僕は特別な存在ではないか。と思ってたのだろう。


それがなぜ、この女生徒に頭が上がらない。否完全にやり込められているのか、

いずれおいおい話していきます。

 それより今は香澄を教室に戻さなくてはならない。

 「校長、頼むから授業だけは受けて下さい。学校はそれぞれが自分の役割を果たす場です。」

 敢えて香澄を校長と云った。もう恥じもプライドもない。だが効果はあったようだ。

「さすが大学で教育学を学んできただけはあるわね。私が単にいい加減な怠け者でないのは判っているようね。」

 香澄は読んでいたファッション雑誌を机の中にしまうと椅子から立ち上がった。

 (別にいいが、その机は僕のなんだが)

 香澄が校長室に入り浸りなのは、生徒はもとより教師間でも秘密であるのは当然だが、どうやって校長室に入ってくるのかお教えしときます。

 この学校の校長室は職員室の奥にあり通常は職員室内を通らないと入れないが、他に外から入れる非常用のドアが丁度校舎の裏側にある。僕は主にそこから登校している。最初は職員室側から入り教師達に朝のあいさつをしながらだったが、教員達の露骨な態度に朝からテンションを低くする為辞めたのだ。

 その非常口先が非常階段に繋がっていて丁度上の階が、図書室になっている為、香澄は図書室で自習を装って来るのである。


「手塚香澄」

この名前を聞いたのは初めてではない。以前から親戚の従妹に神童と云われるほどの

優秀な女の子が居るのを親伝いで聞いていた。だが1度も会ったことはなかった。

「実は優秀過ぎて本格的に中学校に通ったことがないんだ。」

文科省の官僚でもある叔父から電話を貰った時にはよく意味が判らなかった。


倉崎丈一郎。文部科学省大臣官房政策課長。次期 文科省局長


ちなみに僕が最年少で学校長に成れたのは、文科省のコネが全ての理由だと学校内で影口が言われているのは当然であった。

「香澄ちゃんは小学校の時に中学で習う課程はほぼ修了したらしい。中学に通っても退屈なだけだから海外留学や独自の学習をしていたらしい。」

(居るんだな。常識の中では収まらない天才と云われる者は)

「しかし高校に進学するには、中学卒業の実績が必要だ。そこで君の学校に転入という形で通いたいらしい。彼女の希望でもある。」

「1度しかない学校生活を送りたい気持ちには歓迎します。」

「彼女の両親は仕事で外国に滞在している。住まいも君のマンションで一緒で良いか。」

この時は噂の天才少女を見てみたいという期待だけが大きかった。


「これからよろしくお願いします。」

自宅マンションを最初に訪れた時の香澄の第一印象は普通の女子中学生より少し可愛いく、同年代の娘より大分落ち着いているだった。

「とりあえず学校の教師や生徒にも私と一緒に住んでることは公にしないで置きましょう」

校長と生徒が同性。別に変な意味でなくても印象がよくない。

香澄ならおそらく次の中間テストでもトップになるだろう。

校長の親戚だから成績優秀だと妬まれることになる。

学校に限らず嫉妬と羨望は常に人の世界に在る。

「ところでクラブ活動だが、何か入部したい部はあるかね」

「私は人間関係が得意じゃないのでクラブは遠慮したいんです。」

 優秀過ぎる為に集団活動が苦手な者はよくいる。香澄はその典型かも知れない。

だが、学校とは人間関係を学ぶ場でもあるのだ。むしろ香澄の賢さなら難しいことではないし友達もすぐにできるだろう。とこの時は思っていた。

「しかしうちの学校はクラブ活動に熱心なんだ。何かのクラブに入ってないと学校内でも肩身が狭い」

「熱心でも全国大会に出場した実績は一つもないし、どのクラブもこの地域だけでそこそこ強いだけですよね」

(よく判っているな)と思った。

「しかも学業の成績は県内でも最低レベルの偏差値ですよね。」

(これまたよく判っている)

「クラブ活動やってる場合ではないですよ」

「では訊くが、クラブ活動を停止すれば成績が向上するかね」

「おそらく無理でしょうね。今のままでは、そうだ、こうしましょう。私がこの学校の成績を県内上位にまで引き上げてみせます。意味のないクラブに入るより役立つでしょう。」

「なにを言ってるんです。君が秀才なのは聞いてるが、学校全体の成績を上げるなんて無理だろう」

「私に無理はない。とは言いませんが、それでは私が大学入試問題を解いて見せますのでもし一流大学合格点に満たないときには、どのクラブでも入部します。」

「本気で言ってるのかね。いくら君でも習ってないことまでは無理だろう」

「おそらく無理でしょう。でもそうと判っていても挑戦するのが学習というものでししょう。その代わり合格点を取れたら私を学校の校長にしてください。」

冗談としか思えない、いや今思えば計画的な誘導だったのかも知れない。この時は優等生のあどけない笑顔だけが印象的だった。


1週間後

「合格点です。それも一流大学に十分合格できます。」

 科学教師の加山夏美先生に問題を手配してもらったのだが、採点を終えてテスト用紙を持ってきた表情が驚きと嬉しさを表していた。

「転校生の手塚さんですよね。本当にすごい。さすが校長先生の御親戚ですね」

加山夏美先生だけには、僕とかすみが従妹であることを打ち明けている。

夏美さんはこの学校で唯一信頼できる教師である。今年で教師になって2年目25歳若さのわりに凛とした風貌は教師としての自覚があるためだろう。生徒に対しても物怖じしない態度で人気もある。


本当に天才なのかあの娘は、唖然とする僕の目先にかすみは現われた。

その表情にはこれまで見たことない妖しい笑みが浮かんでいた。





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