幼馴染のメイドと過ごす日々-おさメド!-

yu-tomo

第1章・メイドと過ごし始める日常

第1話・幼馴染がメイドになっていた

 四方八方にそびえ立つ高層マンション、その足元に広がる街中に響く集客の声、ビラ配りに奔走する人。そんなありふれたいつもながらの光景を振り切り、両手にビニール袋を下げて帰路につく長い薄茶髪・黒目の男性がいた。


「今日の買い物も済んだし、そろそろ帰るか……。これだけ買っておけば当分は困る事はないだろ」


 ずっしりと購入物を詰め込んだビニール袋を下げて歩くこの男性の名前は深沢尚人ふかざわなおと、今年から制服が廃止されて自由な服装での通学を認められたとある高校の3年生である。若干17歳の彼が学校帰りに買い出しをしているのには訳があり、昨年不慮の交通事故によって両親を一気に失い一人暮らしを余儀なくされたのだ。


 未成年者と言うこともあって、親戚の誰かが身元引受をするのが普通なのだが……。残念ながら彼の父親は生前、幼少の頃から一般とはややズレた考え方があり成長に伴ってそれが肥大化していた事もあって近親者から絶縁されており、尚人の相続手続きを手伝ったのが最後の情とばかりに二度と関わるなと言い渡されてしまっている。


 そしてその父親と結婚に至った、母親側の近親者からも絶縁を条件とした結婚であった為、はじめから頼ると言う選択肢自体がない。


 要するに、天涯孤独の身となってしまったのだ。幸いとも言うべきか、相続税や手数料で差し引かれた分を含めても10年以上は贅沢をしなければ独り身でやっていけるくらいの金額が手に入っている為、急いで就職先を探す気にもなれず週3回・3時間の緩いスケジュールのアルバイトで十分持ちこたえている。


(いずれは遺産プラスアルバイトじゃ持たなくなるのはわかっちゃいるけど、将来へのビジョンが現状まるで見えないんだよな……。お、そろそろ家だな)


 考え事をしながら歩いていたら、もう自宅がすぐ傍に迫っていた。一度左手のビニール袋を足元に降ろして鍵を取り出し、玄関扉の施錠を解除。いざ家の中に足を踏み入れ、扉を閉めようとしたその時。突然、誰かの靴が今まさに閉じようとしていた扉の隙間にねじ込まれた。


(く、靴!? この家の住人は俺一人しかいない、って事は外から誰かが我が家に押し入ろうとしているって状況か!)


 いきなり我が家に降って湧いた住居侵入の危機、家主としてそれを回避すべく尚人は毅然とした態度でまだ見ぬ何者かと対峙する決心を固めた。一呼吸置いて、ゆっくりと扉を開いた尚人だが、すぐに相手の容姿に固まってしまう。


 何故ならその相手は、上からボロいジャケットを羽織りリュックを背負っているが【メイド服】を来た銀髪青目の、尚人と同年代の女性だったからだ。てっきり男、それも黒い服を来たヤバい奴とかが来たのかと思っていたが……。


 ……とは言え、まだ日没まで間があるものの昼間にメイド服を来た女性が往来を歩いているというのはやはり不審さを感じていた。上はジャケットで目立ちにくいようにしてはいるようだが、完全に隠れているわけではないし下は全くのノーガードだ。見る人が見れば、即メイド服だとわかる。


 いずれにしろ、このままでは埒が明かないので尚人の方から問いかける事にした。


「……俺に何か、用でもあるのか?扉に足を突っ込んでまでの事だから……」


 途中まで言って、尚人は言葉を止めた。相手の口から小さく「ひっ」と悲鳴のような声が上がり、身体をビクッと震わせたのが見えたからだ。どうも、またやってしまったらしい。


 子供の頃はそうではなかったのだが、成長するに従って感情の昂りによって目つきが悪くなり話す相手を怖がらせてしまう事が増えてきた。抑えるようにはしているのだが、あまり上手くいっていない。


 正直、この影響で買い物をする時は相手の目を見ての会計が難しくなり今ではセルフレジの利用に専念している。セルフレジのない店では……不可抗力とはいえ店員を涙目にさせた事もあった為、今ではその店は利用していない。


「あ、あの……。昔この家に私の、幼馴染が住んでいたんです……。1年前に訪ねた時には空き家になってて、今日ダメ元でもう一回様子を伺っていたら……」


「そういう事か……。……って、ちょっと待て。俺は昔からこの家に住んでるぞ?」


「……え?」


 尚人の言葉を聞いた直後、その女性の目が点になるのがわかった。その後すぐに何かに思い至ったようで、身体を近づけて迫ってきた。


「まさか、あなた……なおくん!?」


 なおくん。実に懐かしい響きだ、そしてこの愛称で自分を呼ぶ者は、記憶している限りではもうこの世に一人しかいない。


「そういうお前は、まさか……。未千翔みちかか!?」


 未千翔、ことフルネームは五丈未千翔ごじょうみちか。尚人の一歳年下で、以前は家が隣同士だった事もあり積極的に遊んでいたが、未千翔の実家である五丈家の教育方針の関係で引っ越して離ればなれとなり、5年前を最後に連絡も途絶してしまっていた。


「そうだよ、私だよ、なおくん!本当によかったぁ、ここで会えなかったらもう本当に諦めるしかないと思ってたのよ……」


 近づけてきた身体を更に接近させ、密着一歩手前の近さにまで達する未千翔。目に涙を浮かべている辺り、如何に尚人の事を本気で探していたのかが窺い知れる。とは言え、公衆の面前でこれ以上この状況を晒す訳にもいかない。


「未千翔、とりあえず家の中に入ってくれ。さすがに人目につく、寧ろその格好で余計目立つ」


「あっ……それもそうだよね……。玄関先で騒ぎ立ててごめんなさい、それじゃお邪魔します……」


 先程とは異なり、今度は正式な客人として未千翔を家の中に招き入れる。10年振りに直接の再会を果たした事で、かなりご機嫌なようだ。目に溢れていた涙はいつのまに拭き取ったのか、もう残っていなかった。


 尚人は買い出しの荷物を改めて手に取り、台所に運び込んで冷蔵庫の中に手際良く入れていった。その光景を見て、未千翔は何かを考えているようだったが生憎後ろや横に目はないので尚人がそれを目にする事はなかった。


 そうこうしている内に尚人は茶葉を空け、お湯を注いで自身を含めた二人分の玄米茶をコップに注ぎ、片方を未千翔に渡す。


「ありがとうなおくん、私猫舌だからちょっとずつ頂くね」


 コップに注がれた玄米茶をフーフーしながら少しずつ飲んでいく未千翔、ある程度落ち着いたのを見計らって尚人は話を切り出す事にした。


「それで、ちょっと聞きたいんだが……。その格好をしているって事は、例の修行ってヤツは上手くいったのか?」


「うん、9年みっちり仕込まれたおかげでめでたく正規メイドの資格を取得する事には成功したわ。その影響でなおくんとの連絡が取れなくなったのに加えて、高校の受験も諦める羽目にはなっちゃったけど……」


「そんなにか……」


 進学すらも犠牲にする必要がある程に厳しい修行、それがどれ程凄まじいのか尚人にはとてもわからなかったがその成果が実った事は喜ぶべきなのだろう。最も、それが尚人を1年以上も探し続けた事にはまだ結びつかなかったが。


「それでね、私……。最初から決めていたのよ、契約を結ぶ相手はなおくん以外は嫌だってね。だから1年前にここが空き家になったとわかった時には物凄くショックだったの。いったい何があったの?」


 未千翔の疑問は最もな話だ、一回空き家になったにも関わらず今現在は昔の所有者が戻っているのだから。


「そうだな、話しておくか。実は1年前、親父が仕事の都合で転勤する事になって、一家全員で引っ越す事が決まったんだ。それから3週間くらいかけて引っ越し業者に依頼して家具を転居先に送り、ほぼ家具の運び出しが終わった頃に親父とお袋が最後に残った小規模の荷物と一緒に転居先に向かったんだ」


「そうだったんだ、だからあの時空き家状態になっていたのね。その時なおくんは一緒にいなかったの?」


「ちょうどその日は平日で高校に行っている時間帯だったからな、終わった後は電車を利用して転居先に行く予定を立てていたんだ。」


 ここまで言い終えて、尚人は思い出したかの様に表情が暗くなった。それを目にした未千翔は、何となくこの先を聞かない方が良いような気がして……。


「ご、ごめんね……話してる当人が気分悪くするような話をさせちゃって……。聞かない方がよかったかも……」


 気を遣って話題を中止した方がいい、と促す未千翔だったがそれを手で制する尚人。


「いや、話したのは俺の意思だからな。あまりいい思い出じゃないのは間違いないけど、ここまで話したからには最後まで言わせてくれ」


 続きを話す意思を見せた尚人、本人が話す気になっている以上はもう未千翔にも止める事は出来なかった。尚人の顔色が良くなるのを大人しく待つ一方で、尚人は気分直しの為に残った玄米茶を一気飲みし……まだ熱かったのか盛大に噴出した。これに驚いた未千翔が急いで空いている他のコップに水を注いで持ってきたので尚人はその水をすぐに飲み直した。


「……ねぇ、口の中大丈夫?ヤケドとかしてない……?」


「結構ヒリヒリする……。さっきの話の続きはまた後にしよう、俺はボトルに水を汲んでいつでも冷やせるようにしとくよ」


「その方がいいわ、なおくんのコンディションが良くなってからにした方が色々な意味でいいよ。あっ、私床の掃除しておくね」


 近くにティッシュの入れてある箱を見つけた未千翔は箱ごと手に取り、尚人が噴出した跡の拭き掃除を開始。尚人は中身がないペットボトル(2リットルサイズ)を手に取り、中に入れられるだけ水を入れた。


(ちょっと、どれだけ入れてるのよ!?2リットルボトルに満タンって!!)


 さすがに入れすぎではないか、と思ったが当の尚人は今口の中を冷やす必要があるのを思い出し、先ほど思った事は結局発言しない事にした。未千翔が床掃除をしている間、尚人は水を含んで口の中を頑張って冷やしていた。


 その甲斐もあり、1時間くらい経った頃にはずっと水を口の中に入れっぱなしにしなくても良くなった。この間に未千翔は床の掃除を完全に終え、使った雑巾もリングハンガーにかけてベランダに干していた。それが終わった後にジャケットのポケットに入れていたある一枚の紙を取り出してテーブルの上に置いたが、今はまだ手近にあったペンケースを重石代わりにし、紙は裏返しにして内容を伏せていた。


 時間帯も既に夕方を過ぎていたので、尚人は未千翔の時間がどれ位残っているのかを聞いてみたところ……。


「時間?それならいくらでもあるけど。宿泊先は特に定めてないから、その気になればカプセルホテル、最悪野宿でも問題なしよ」


 どうやら、この幼馴染は尚人と会えなかった1年の間に逞しくなっていたようだ……。10代後半のうら若き乙女が、野宿すら厭わないとは。それによく観察してみると、身体が薄汚れているのが地味にだが見える。


 さすがにこれを放っておける程尚人は鈍くなく、奥の部屋にある今は亡き母親の服を使っても構わないので入浴する様に勧めると、未千翔はその言葉を待っていたかの様に奥の部屋にあるタンスから女性向けの服を漁り、いくつかの候補を抱えてバスルームに向かっていった。


(家の中の配置は転居取り消し前の状態に戻したが、もしかして未千翔は以前の状態を覚えてたってのか?さっきまでの諸々の行動、全然迷う素振りがなかったぞ……)


 あまりにもスムーズな行動を連発する未千翔に疑問を感じたが、深く考えても何もならないと感じた尚人はこれ以上考える事をやめにした。

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