第10話 欠陥品悪役令嬢、贈り物を受け取る

 さて、やってまいりました。ザッフィーロ公爵領。え?国境に向かっていたのではないのかですって?勿論、向かっておりますよ。

 しかし、いくら私の部屋の物をすべて入れることのできるリュックを作っても、持って行けないものがあるのです。

 そう、私のサファイア鉱山です。


 ですから、私名義の鉱山をどうするか指示しておかないといけません。

 しかし、私のサファイア鉱山はあと1日ほど馬車でかかるところにあるのです。急ぐ旅でもありませんから、私は領地を眺めながらゆっくり進んでいきます。


 御者台に座り、雪景色になった風景を眺めます。春になればここも麦畑になることでしょう。私はそれを目にすることはありませんが。


「お嬢様。寒くはないですか?中に入ったほうが」


 隣で馬の手綱を手にしているシオンが声をかけてくれますが、長年の口癖はすぐには直りませんね。


「シオン。私はヴィよ。お嬢様じゃないの」


「あっ」


「人前では絶対に言わないでよね」


「わかった」


 と言う会話は実はもう10回目です。仕方がありませんね。


『そろそろ。休憩にせえへんか?』


 幌の内側から顔だけを出したグリースが休憩を言い出してきました。珍しいですね。いつもなら、早く暖かい街の宿に行きたいと言いますのに。

 この旅が始まって3日が経っております。ですから、グリースの行動パターンも読めてきたと思っていましたのに


「なんだ?ケットシーのクセにお腹が空いたのか?」


『ワイがケットシーでも腹は減るもんや。それに、ええことあるでー』


 よくわかりませんが、グリースの要望に答え、開けた場所に馬車を停め、昼食の準備をします。幌の中からブラン爺が出てきました。


「こうも何もすることがないと、体が鈍ってしまいますのぅ」


 そう言って体を伸ばしています。確かにそれは言えますね。路銀は特に必要としておりませんが、途中で冒険者ギルドの依頼を受けるのも悪くないでしょう。


「じゃ、ブラン爺。冒険者ギルドの依頼でも受けに行く?」


「何じゃ。お嬢様、この爺の老体にムチを打つつもりなのですかな?」


 自分で老人扱いしているけれど、目はキラキラしているわよ。それに筋肉ムキムキのブラン爺を誰が老人扱いできるものでしょう。


 そんなことを話しながらもテキパキと準備をしています。元冒険者のブラン爺が手慣れたように火を起こし、私は幼い頃から旅に慣れているので、途中で買い込んだ食材を切っていきます。因みに、シオンは馬の世話をしています。

 そして、リュックから魔石の力で発熱するコンロを取り出し、それに鍋を置き水と具材を入れ、煮込んでいきます。え?なんのために火を起こしたかって?

 それは火の前で伸びているグリースを見てもらえればわかると思います。お腹を上にして完全にリラックスしています。もしかして、幌の中が寒すぎて休憩しようと言ってきたのでしょうか?いいえ、幌の中は一定の温度で過ごせるようになっているはずです。

 グリースの行動を疑問に思いながら、鍋の中をかき混ぜて塩コショウで味を整えます。

 味気が少々物足りない感じですが、冬場に取れる野菜は種類が少なく、海が遠いこの地では魚介の出汁は取ることはできません。ですから、肉が多めになっています。その代わり肉の臭みを取る香草を入れる必要がありますが、それもまたアクセントになっています。


 出来たスープを4人分の器に盛り、今朝買ったパンを添えます。あ、グリースのパンはありませんよ。そのグリースのスープは冷却の魔法で人肌に冷ましておきます。ええ、グリースは猫舌ですから。


「できましたよ」


 火を起こし終わったブラン爺は自分の大剣を手にとって、離れたところで素振りをしています。そんな大剣を自由に振れるのなら、まだ冒険者としてやっていけたのではないのでしょうか?いえ、誰しも引き際が肝心だといいます。冒険者として食べていくには限界だったのでしょう。

 私の声が聞こえたブラン爺がこちらにやってきます。そのブラン爺にラーメン鉢のような器になみなみと入った肉増々のスープを差し出します。


「旅で温かい食事ができるとは幸せなことじゃのぅ」


 そう言いながら、大きな器を受け取っていきます。しかし、ラーメン鉢のような器でもブラン爺が持つと小鉢にしか見えません。


『熱いのは苦手やから、ワイは冷めたものでええ』


 グリースはムクリと起き上がって、平皿のスープを飲み始めます。


「すみません。遅くなりました。お嬢様」


 ···11回目を言えばいいかしら?まぁ、食事のときに小言を言うのはやめておきましょう。


「シオン。ありがとう。冷えたでしょ?火の側に座って?」


 私はシオンに隣の場所を指し示します。隣に腰を下ろしたシオンにスープが入った器を差し出すと、その器を黙って受け取るシオン。

 ふと、昔に同じ情景があったことを思い出した。思わず『ふふふ』と声が漏れた。


「どうされました?」


「昔、私が食事を作ってシオンに怒られたことがあったと思い出してね。『公爵令嬢とあろう方が食事を作るものではありません』って」


 お父様との約束で王都に結界を張るということが、思ったようにいかなくて、気晴らしに冒険者ギルドの依頼を受けたことがあったのです。それが、一日では終わらなくて野宿をすることになったのですが、シオンの反発が酷かったのです。


『公爵令嬢が野宿なんてするものではありません』

『そもそも、冒険者ギルドの依頼など、受けません』

『オークを53体倒しておいて足りないとは、なんですか!』


 それは聞いていた数より少ないということですよ。そして、最後に公爵令嬢が食事を作るものではないと言われたのです。ですが、私が冒険者をしていなければ、食事を作れなければ、シオンは川の中で死んでいまいたよ。と言えば、黙ってスープの入った器を受け取ってくれました。それ以来『公爵令嬢が···』とは言わなくなっていました。


「お嬢様のおかげで····ヴィのおかげで美味しい食事にありつけて感謝している」


「まぁ。喜んでもらえるのなら、作り甲斐があるわ」


 シオンに褒めてもらえるのは、心がふわふわします。

 温かい食事を食べ終わり、次の街に向けて出発しようとしたときに王都の方角から早馬が駆けて来るのが見えました。どうしたのでしょうか?もしかして、お父様が?私は呆然と遠くから駆けてくる早馬を眺めていると、シオンから外套のフードを深く被らされ、抱えられ幌の荷台の中に連れ込まれました。


「ヴィはここにいろ」


 そう言って、シオンが幌の荷台から出ていきます。それと入れ替わるようにグリースが入って来ました。


『姫さん。心配することは何もあらへん。安心しいや。ワイがついとる』


 そう言ってグリースは私の膝の上にのぼってきました。

 グリースさん、ただ単に私の膝で暖を取ってませんか?


 外から何やら声が聞こえてきます。モメているのですか?


「ヴィ、ちょっといいか?」


 シオンが幌の幕を開け、顔を覗かせました。私が出ていけば、いいのですか?私が立とうとしますが、グリースが動いてくれません。


『ここに入ってもらいや。外は寒うて風邪を引いてしまう』


 それは、グリースが外に出たくないだけでは?

 グリースの言葉にシオンが幌の荷台に入って私の隣に座ってきました。その後ろからは····


「イザヴェラ様」


 お兄様の婚約者であり、お兄様がストーカー行為をしている女性です。外套のフードを外せば雪のように真っ白な髪が広がり、春の若葉を思わせる新緑の緑の瞳が揺れる水面のように私を見つめてきます。


 そのイザヴェラ様の後ろからはイザヴェラ様の侍女の方が両手に抱えるほどの箱を持って入ってきました。


「ヴィネーラエリス様!」


 イザヴェラ様はそう言って私の手を冷たく冷えてしまっている手で握ってきました。


「『ストーカー撃退くん』素晴らしかったですわ!おバカ王太子に3発ほど入れておきましたわ」


 は?


「ピクピクと白目を向いて痙攣している姿をヴィネーラエリス様にも見せてあげたかったですわ。わたくしがヴィネーラエリス様の代わりに天誅しておきましたから安心してくださいまし」


 えーっと、モ···もやし王子で『ストーカー撃退くん』の試し打ちをしたという報告をわざわざしに来てくれたのでしょうか?

 あれは、お兄様の行動を止める為のものでして、できれば他人には使ってほしくはなかったのですが···。しかし、緊急事態なら仕方がないのかもしれません。


「ごほんっ」


 侍女の方が咳払いをしてイザヴェラ様はハッとしました。


「そ、その報告もでしたが、これをお渡しをしたくて追いかけてまいりましたの」


 すると隣の侍女の方が持っていた箱を差し出して来ました。それをシオンが受け取り、私に視線を向けて来ました。開けてもいいかということでしょう。

 その箱は青い色の箱で青いリボンがかかっていました。

 

 これは、イザヴェラ様を使ってお兄様かお父様が何かを送ってきた?私、何も部屋に残していなかったわよ?

 もしかして、この前のドレスの請求書ですか?しかし、あれはイザヴェラ様のドレスと一緒に作ったので請求はお兄様に行ったはずです。それとも、お父様の秘蔵のワインをくすねて爺に横流ししたのがバレたのでしょうか。そのワインの請求書!


「これは何が入っているのでしょうか?」


 わからないので、持ってきたイザヴェラ様に聞いてみます。


「ヴィネーラエリス様のものですわ」


 余計にわからなくなってしまいました。


「シオン、開けてもらえる?」


 イザヴェラ様が持ってこられたということは、爆発物ではないことは確かでしょう。そんな危険物をお兄様がイザヴェラ様に持たすはずはないですから。


 シオンが青いリボンを解き、箱を開けると青い人毛が!!


「キモっ」


 思わず声が漏れてしまいました。


「ヴィネーラエリス様の切られてしまった髪ですわ」


 あ、そういう事ね。私はその青い人毛を手にとって見てみます。確かに私の髪と同じ物です。それが頭を覆うような形をしていました。


「ウィッグ?」


「そうですの。急いで作らせましたの。馬車馬のように働いてくださいませ!と言ったら、半日で作ってくれましたわ」


 それは権力の横暴ではないのですか?


「それからお父様の馬を拝借して、駆けてまいりましたの」


 近衛騎士隊長のお馬様ですか!!それなら、イザヴェラ様と侍女の方を乗せては来れるでしょう。何せ、とても大きな方ですから。いえ、そもそもイザヴェラ様自身が来られなくても…あ、恐らく『ストーカー撃退くん』の報告をしたかったのですね。


「それから、これは外に漏らせないことなのですが、人の意を操る悪魔が生まれましたわ」


 悪魔が生まれた?どういう事でしょう?


「あのコラソン男爵令嬢ですわ」


 コ、コラ?誰ですか?その何とか男爵令嬢って?

 私が不可解な顔をしていると隣のシオンが耳打ちをしてきました。


「恐らく、お嬢様のおっしゃるピンク男爵令嬢ではないのでしょうか?」


 あ、ピンク男爵令嬢ね。そう言えば、もやし王子がそんな言葉を言っていたような気がします。


「レーヴェグラシエ様がヴィネーラエリス様には『流れ星の願いが叶ってしまった』と言えばいいと、おっしゃっていましたわ」


 ピンク男爵令嬢が魔に堕ちたモノと契約していた?いいえ、それよりも人の心を操るものが存在してしまった。私が結界を解かなければこんなことには···しかし、保ったとしても私の魔力の供給が無ければ、結局1週間程しか保ちません。


「ヴィネーラエリス様。後は私達にお任せください。道中はそのことに気をつけて、進んでくださいませ」


「え?イザヴェラ様は私を連れ帰る為に追いかけて来たのではないのですか?」


「いいえ。先程も言いましたとおり、ヴィネーラエリス様の物をお届けにまいりましたのよ?寂しいですけれど、本当に寂しいですけど、わたくしはヴィネーラエリス様の行く道を陰ながら応援しますわ。レーヴェグラシエ様は諦めきれないようですけれどね。クスッ」


 イザヴェラ様は落ち着いたら手紙を送って下さいませ、と言って幌の荷馬車を降りていきました。本当に私にこのウィッグを持って来ただけのようです。私は手に持っていたウィッグを箱の中に戻します。


「付けないのか?」


 シオンが残念そうに言ってきましたが、私はそのまま箱の蓋を閉じます。


「私はヴィなの。だから、シオンが切ってくれたこの髪型でいいの。それにこの髪型似合っているでしょ?」


 私は首を傾げてシオンに尋ねます。ですが、似合っている以外の言葉は受け付けませんよ。


「そうだな」


 そう言ってシオンは私の頬にかかった髪を耳にかけます。シオン、その答えは30点です。


「似合うか似合わないかを聞いているの!それと、似合っているしか受け付けません」


「それは、元から答えは一つしかないということだよな」


「じゃ、似合っていないってこと?」


 グリースは似合っていると言ってくれたのに!私は膝の上で寝ているグリースにも同じ質問をします。


「グリース。私の髪型は似合ってないの?」


 ブルーグレーの毛玉がピクリと動き、青い目が片目だけ開けて私を見ました。


『よー似おてる。ヘタレは素直になれんだけや。姫さんが気にすることあらへん。そうやって素直にならへんから。姫さんに置いていかれるんや。いい加減学習しいや』


 そう言ってグリースは再び目を閉じてぷーぷーと寝息を立て始めました。え?グリースさん、もしかして、このままですか?そろそろ私の足がしびれてきそうなのですが?


「お嬢様、出発して良いかのぅ?」


 外からブラン爺の声が聞こえてきたので、ブラン爺に次の町までの御者をお願いをします。冬は冷えるので、時間を区切って御者をしないと体の芯まで冷えて、寒さに凍えてしまいます。それにブラン爺の足の傷は寒すぎると痛み出すそうなので、長時間はお願いできないのです。


「ヴィ。その髪型はよく似合っているが」


 シオンが先程の話の続きをしています。

 が?がってなに?


「ヴィの髪を結えないのも寂しい」


 そのシオンの言葉を聞いた私が閉じた箱の蓋を開け、『ウィッグを付けて』とシオンにお願いしたことは言うまでもないでしょう。


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