第3話 欠陥品悪役令嬢、告白する


 という長々として過去の回想でしたが、シオンは私と結婚することに、何が問題なのでしょうか?私は公爵令嬢という地位にはこだわりなどありませんのに、冒険者をしているときにザッフィーロ公爵領で新たにサファイアの鉱脈を発見しましたので、鉱脈が尽きないかぎりお金には困ることはありません···いえ、今でも遊んで暮らせるお金はありますのよ?

 因みに鉱山の管理はお祖父様の側仕えしていた信用できる人の息子の方にお願いしているので、私が直接管理しなくてもいいのです。もし横領しようものなら、天誅が下りますと脅しているので、そのあたりも大丈夫なのです。

 何が天誅ですかって?それは秘密です。しかし、私の奇行を日々見ていた彼にとって、それが嘘でないことは身にしみていることでしょう。


 はっ!ということは


「シオンは私の事が嫌い?」


 そういうことだったのですね。それは申し訳ないことをしましたわ。命を助けたという恩義というもののためにシオンを私が縛り付けているというのなら···私はシオンの左手を離します。元々は訳ありそうだったシオンをいつまでもザッフィーロ公爵家に縛り付けておくことはできません。


「違う」


 シオンは私の離した手を掴みます。


「違うんだ。俺では「じゃ、シオンは私のこと好き?」」


 ぐぐっとシオンに詰め寄って聞きます。自分を否定する言葉は聞きませんよ。要は私が好きか嫌いかです。


 ···答えてくれない。ならば

 私は首を傾げ、上目遣いでシオンを見て涙を浮かべもう一度聞きます。


「シオンは私のことが嫌い?」


 瞬きをすれば、ポロリと涙がこぼれます。


 あのお父様のことです。ただでさえ貴族としては欠陥品の私なのです。それに加え、こんな短い髪となったと知れば、国王陛下か辺境伯爵を脅して、何も文句を言えないようにして、今すぐにでもどこぞかの貴族に私を押し付けようとするに違いないのです。


 それならば、ここで私の想いを告白するのです。それに、シオンなら私が欠陥品だということがわかっているので、気を使う必要がないことがいいです。


「····嫌いじゃない」


 ···その答えは30点です。私の涙が無駄に終わってしまった。私の泣き落としはシオンには効かなかった。


「好きか嫌いかしか受け付けません」


「受け付けろ」


「私はシオンのことが好きです。大好きです。結婚してください。結婚してくれないのなら、お父様が帰って来る前に家出します」


 そして、冒険者になります。冒険者になって旅に出ます。二度とこの国には帰ってきません。


「なぜ、その両極端になるんだ?それに、俺と結婚という話になる?俺には身分というものはそもそも無い。お嬢様ならよりどりみどりだろ?」


「シオン。それは本気で言っているの?」


 シオンは視線を漂わせています。私は公爵令嬢であり、容姿はお祖母様によく似ています。髪の色はザッフィーロ公爵家の特色の天青色ですが、大きな金色の瞳を縁取る長いまつげ、バラ色の頬、林檎のような赤い小ぶりの唇。美人であることに間違いはないのですが、それを凌駕するほど、行動が貴族の令嬢から逸脱しているのです。基本的にはお祖母様から教えられているので、外見は取り繕えるのですが、長期間だとすぐにボロが出てきます。


 例えば人の名前が覚えられない。庭で剣を持って走り出す。魔法の試し打ちで庭を水浸しにする。突然奇声を発して部屋で小躍りをしている。雨の日に屋根の上で怪しい踊りをしている。


 ·····思い返してみたら、やばい人にしか思えないです。これは私と結婚なんて嫌だとシオンも思うでしょう。

 仕方がありません。冒険者一択ですね。お父様がお仕事から戻って来る前に家出の準備をしなければなりません。


 ガタンと馬車が止まる振動が響きました。どうやら、ザッフィーロ公爵邸に到着したようです。

 外から扉が開けられ、シオンが先に外に出ます。次いで私もと立ち上がろうとすれば、そのまま馬車の床に倒れ込んでしまいました。


「「お嬢様!!」」


 シオンとブラン爺の声が同時に聞こえます。私は左足を見てみますと、赤く腫れてしまっていました。あ、馬車に乗れば治癒魔法で治そうと思って忘れていました。


 思い出して治そうと思い左手を左足首にかざそうとしたところで、体が浮き上がりました。あら?


「お嬢様!怪我をしたのならきちんと報告してくださいと、以前から言っていますよね」


 言われていますね。


「すぐに治しますわ」


 今、治そうとしていましたよ?

 私はシオンに抱えられて馬車から降ろされました。フルリと体が震えます。馬車の中は暖かったですが、外はやはり冷えますわ。


「そういう問題じゃありません!」


「そうですぞ。お嬢様。怪我を負わせた者がいることが問題なのです。あと、マルガリートゥムのせがれをシバくのにお嬢様のお側を離れる許可をいただけませんかのぅ」


 ブラン爺。馬車の中の話を聞いていたのですか。それは聞こえていても聞こえていないフリをするものです。

 あとマルガリートゥムのせがれということは、駄犬くんの父親ではないですか。そこはしばかなくていいのでは?


「許可は出しませんよ」


「では、家出をするときはこの爺をお連れくだされ」

「は?」


「ええ、よろしいですわ。ブラン爺とグリースは連れて行きますわ」

「え?」


 拾ったものは最後まで面倒は見ますわ。なんですシオン?私は言いましたわよ?結婚してくれないのなら、家出をすると。


「シオン。いつまでお嬢様を寒空の下におらすのじゃ?ワシは馬車を戻してくるので、お嬢様をお屋敷の中に早くお連れしなされ」


 シオンは心ここにあらずという感じで屋敷の中に入ろうと私を抱えたまま玄関扉のノブに手をかけて、何かを避けるように後ろに飛び退きました。


 玄関扉がギギギといつもは立てない音を立てながら開いていきます。なんだか嫌な予感がします。


「ヴィネーラ。遅いおかえりだったね」


 私と同じ天青色の髪に浅葱色の瞳をした長身の青年が玄関扉の内側から現れました。なぜ、この昼間の時間帯にお兄様がいるのでしょうか?それも遅い帰りということは、今日のパーティーで何があったか知っているようです。


「ただいま帰りました。お兄様。少し心を落ち着かせるためにブラン爺にわがままを言って遠回りをして戻ってきましたの」


 そう言って、私はニコリとお兄様に笑顔を向けます。ああ、きっとお兄様の婚約者のアルマース伯爵令嬢が教えたのでしょう。彼女は私の一つ上ですので、今回の茶番劇をパーティー会場で目にしたことでしょうから。

 今、お兄様がここにいるという事は、アルマース伯爵令嬢があの後直ぐに会場をあとにしたのでしょうね。気を使わせてしまって申し訳なかったですわ。


「父上もお戻りだ。着替えたら、父上の執務室に来なさい」


 ······え?あの仕事人間のお父様が戻って来ているのですか?私の家出計画が!いいえ、まだチャンスはあります。


 お兄様はそれだけを言って背中を向けて去っていきます。はぁ、きっとお兄様も怒っているのでしょう。奇行が目立つ妹が今度は学院で問題を起こしたと。

 それとも、アルマース伯爵令嬢にこの日の為に贈ったドレスが、パーティーに参加せずに無駄になってしまったことに····いえ、お兄様ならアルマース伯爵令嬢に会えて狂喜乱舞のはずです。

 それとも、アルマース伯爵令嬢は代理を立てられて報告を···それはないでしょう。一度、お兄様に連絡を取るのに代理を立てたときにアルマース伯爵令嬢の名を騙る不届き者が!とお怒りになったことがあったので、手紙のやり取り以外で代理を立てることは無くなったはずです。



 そんなことを考えていると、いつの間にか私の部屋に戻って来ていました。私のお気に入りの長椅子にふてぶてしく寝ているビロードのような毛並みのブルーグレーの毛玉を見るとほっこりしてしまいます。シオンは私をぷーぷーと寝息を立てているグリースの側に降ろしました。毛並みに沿うように撫でてあげるとゴロゴロと喉を鳴らして、伸びをするグリースを見て、心が癒やされます。

 そして、今の内に高いヒールの靴を脱いでストッキングの上から赤く腫れた足首に治癒の魔法をかけておきます。すると、腫れていた足首は元のとおりに戻っていきました。魔法とは便利なツールですわね。


「ねぇ、シオン。髪を切ってくれないかしら?」


 私は着替えの服を持ってきてくれたシオンにお願いします。こんな、ザンバラな髪でお父様の前に行くわけにはいきません。


 しかし、シオンはその言葉に戸惑いを見せます。はぁ、やっぱり結婚して欲しいと言ったのはやめておいた方がよかったかしら?これ以上ギクシャクするのも嫌なものね。本当に貴族というものは嫌ね。本心を口に出してはならないなんて、この恋心はきっと閉じ込めたままの方が良かったのね。


「やっぱり、切らなくていいわ。着替えはそこに置いて下がっていいわ」


 私に侍女はいない。このザッフィーロ公爵家の使用人は私に対していい感情は持っていない。私が公爵令嬢らしくないのも原因の一つでしょうが、3歳から7歳になるまで、この屋敷で暮らすことはなく、7歳になって戻って来ても、殆どいなかった公爵令嬢など父に義理立てするぐらいにしか仕える意味を見いだせなかったのです。

 だから、私は身の回りのことは一人でできるのです。


「なに?」


 シオンがその場から動かず、私を見てきます。どうしたのでしょうか?


「私はお嬢様から捨てられるのでしょうか?」


 あら?なぜ私がシオンを捨てることになるのかしら?


「いきなりどうしたのかしら?シオン?」


「先程の話」


 どの話の事かしら?私は首を傾げます。


「ブランとグリースは連れて行ってもらえるのに、私は連れて行ってもらえないのですか?」


 あらあらあらあら?シオンは何を言っているのかしら?それは私との結婚か家出かという選択肢ですから、私との結婚を拒んで、私の家出に付き合おうとは虫の良い話ですわ。それに···。


「私はシオンを捨てたりしませんよ?拾ったものは最後まで面倒を見ますから。でも、道が分かつ時がくれば、快く見送るのも私の役目だと思っていましてよ?いつまでも私が匿っていることもできないでしょう?エスピーリト国の御方?」


 私の顔を信じられないという表情でシオンは見てきます。でも、私は初めから知っていましたよ?私の【俺Tueee脳】で見た鑑定さんはシオンが誰だか教えてくれましたよ?


 ヒューレスト・エスピーリト様。

 エスピーリト国の元第一王子。対外的には病で亡くなったとされている第一王子。


「ザッフィーロ公爵家の名を以てすれば、どこぞかの国の侵入者を消すことも可能ですけれど、一介の冒険者がどこぞかの国のスパイの首を切ったとなると、面倒なことになりますわよね」


 エスピーリト国の者たちを排除するのは大した労力ではないのでかまいませんが、命を狙われながら冒険者をするのはかなり危険が伴いますもの。


「別に私はシオンが誰かに生きていることを報告したことを責めているわけではないのですよ?シオンの事を心配している人はいるでしょうから。ですから、私はシオンに選択を迫ったのですわ。

 私との結婚を選択すれば、ザッフィーロ公爵領の私の鉱山の近くの街をお父様からもぎとるつもりでしたわ。ですが、今回のことでお父様は欠陥品の私にどこぞかの貴族との結婚を用意してくるでしょう。

 元から学院で結婚相手を見つけて来なければ、お父様の望んだ相手と婚姻することを約束していましたから」


「しかし、まだ1年···」


 そう、まだ卒業まで1年あります。しかし、もう私は学院に通うことはないでしょう。犯罪者のような短い髪になった私を外に出すことはないでしょうから。

 ですから、その前に逃げます。


 私はシオンに微笑みます。


「シオン。部屋に戻ってよく考えなさい。私は優しい主ですから、貴方に生きる道を選択させてあげますわ。シオンとして生きるか。それ以外の者として生きるか」


 私はそう言って部屋履きに治した足を入れ立ち上がります。いい加減に身なりを整えてお父様の執務室に向かわないといけないですわ。


「お嬢様。その前に私に御髪を整えさせてください」


 あら?嫌じゃなかったの?


「そう、お願いするわ」


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