《三話:宿連寺凪の笑顔を守るためなら、どんなことだって》

「こちらが豊四季波さん。ひょんなことから、お友達になりまして……えーっとー……」


 顔も声も引き攣ってしまう。

 僕は説明できるほど彼女のことを知っているわけではなかった。


 「説明が下手すぎる」と悪態をつきながら、凪に対して笑顔を向けて言う。


「初めまして。私の名前は豊四季波。お友達になれたら嬉しい」


「は、初めましてっ! 宿連寺凪、ですっ! よ、よろしくねっ」


 緊張しているのか、痞えながら自己紹介をする凪。

 眩しい笑顔だった。

 瞳の煌めきは、まるで瞬く星のようだ。

 もしかしたら、双子座流星群を瞳に住まわせているのかもしれない。ロマンチックだ。凪の放つオーラを浴びるだけで幸せになれる。

「宿連寺さん、敬語はやめて欲しい」

「そ、そうだね、つい、つい……私、今まで友達が少なかったから……」

 照れたような、しかし、それでいて少し怯えたような顔をした。

「そうしたら、そうしたらっ! 波ちゃんって呼んでもいいかな……? あたしのことは、『凪』でいいからっ……でもちょっと図々しかったかな……」

「図々しくなんかない……全くもってそんなことはない」

「良かったあ……。緊張するね、こういうのっ」

 ぱあっと笑顔が咲く。

 一瞬にして、一面に花畑が咲き誇った。

 この笑顔を守るためなら、僕は命だって差し出すことができる。


「よろしくねっ」

「よろしく」


 ふたりの言葉が重なった。

 点と点が繋がって線が浮かぶように連なっていく。

「あの、友情を育んでいるところすみません」

「なに?」

「どうしたのっ、づっくん?」

「お腹が減ったもので……そろそろ良い時間かと……」

「じゃあ、波ちゃんも一緒にっ!」

「良いのかしら?」

「も、もちろん! ね、づっくんも、いいよねっ?」

「も、もちろん! ランチと洒落込もう。僕がご馳走しようじゃないか」

 すると豊四季が冷ややかな視線を向けてくる。


(さっきまで嫌がっていたくせに)

 

 そんな心の声が聞こえてきた。


(絶対に変なこと言うんじゃねえぞ? あと、僕がご馳走するのは凪だけだ)


(緑ヶ丘続、いい度胸。動画を拡散する)


(好きなものを気が済むまでお食べ下さい)


 視線がぶつかり合う。お互いに不自然な笑顔がこびりつく。

「はははは」

「はははは」

「ど、どうしたの? 二人とも……?」

「大丈夫、なんでもないわ」

「それじゃあ、サイゼリヤに向かおう」

「おーっ!」

 びしっと高く手を掲げ、呼びかけに応じる凪。可愛い。




 これは、その道中。国道十六号沿いをえっちらおっちら歩く中での一コマ。

「凪に聞きたいことがある」

「うんっ? どうしたの?」

「新しい服を着るときって、洗濯してから着る派? それとも気にしないで着る派?」

「…………っ!」

 飲んでいたミネラルウォーターを吹き出した。(余計なことを言うなとアレほど……)という心の声は、どうやら届かないらしい。

 近くて遠い場所。それが豊四季波だった。

「ええ……? ど、どうしたの、急に……?」

「新しく友達になった人みんなに聞くことにしている。性格診断みたいなもの」

「そうなんだ? うーん……」

 少しだけ逡巡した凪は、


「身体に馴染ませるために一晩寝巻きとして着てから洗濯する、かなっ」


 と、真顔で言った。

「マジででええええ 寝巻きとしてええええ」

 百二十点の解答だった。

 どんな時も僕の期待を上回る凪。

 オンリーワンでナンバーワン。

「うるさい」

 蹴りを入れる豊四季に構わず、興奮の余りに鼻血を撒き散らす僕。

「づ、づっくん……? どうしたの……な、なんか恥ずかしいなっ……」

 顔を赤らめて俯く凪は「へ、変かな……」と不安そうに言う。

 一体この可愛い生物は何なんだ……守りたい。

 一生を掛けて養いたい。

「……変ではない」


「そうだよ、凪。むしろ最高だよ。今度、使っている柔軟剤の銘柄を教えて?」


 同じ柔軟剤を使用すれば時間も場所も問わずに凪の香りを堪能できる。

 天才の発想では?


「じゅ、柔軟剤……? わ、わかった、お母さんに聞いておくねっ」


「凪、そんなこと、聞かなくて大丈夫」


 毒にも薬にもならない会話を繰り広げているうちに、駅前のサイゼリヤへ到着した――。


 しかし、そこには先程、豊四季が予言したとおり、長蛇の列が広がっていた。


「う、そ……だろう?」

 ほら、と口にこそ出さなかったものの、にんまりと勝ち誇った表情を浮かべる豊四季。


 本当に、こんな状況を予期して……

 いいや、かつての世界線で見てきたというのか……?


「いや……、だって……でも、どこの高校も入学式なら半日だから、逆算したら……」


「どうしたのづっくん……? ぶつぶつ言って……」

「ん……? ああ、いいや。なんでもないよ。あまりの行列に驚いただけさ」

「緑ヶ丘続、どうするの? 並ぶ? 私は別に構わないけれど」

「凪は他に、なにか食べたいものはあるか?」

 うーん、と凪。

「……全然可愛くないものでもいい……?」

「構わない! 凪が食べたいものなら、なんだって、どこまでだって」

「緑ヶ丘続、暑苦しい」


「らーめんが食べたいです」


「「かわいすぎる」」


 豊四季と同じリアクションで、ハーモニーを奏でてしまった。悔しい。

 こうなったら、もはや、らーめん以外の選択肢などありえない。

「やった! 嬉しいっ」

 まるで向日葵畑のような笑顔だった。

「お店は二人にお任せするよっ」

「だってよ、豊四季。どうしよう?」

「まあ、柏のラーメンといえば……、一択だと思うけれど」

「だよなあ……、柏のラーメンといえば、なあ?」

「あっはははははは(分かっているだろうな?)」

「あっはははははは(緑ヶ丘続、わかっているでしょう?)」

「二人ともどうしたの……? 何だか、怖いよっ?」

「「凪」」

「は、はい!」

「カウントをとってくれ……これは、僕と豊四季の今後の関係を左右する決定的な瞬間になるかもしれない」

「柏を愛する者同士、好きなラーメン屋が一致しないなんて、とてもじゃないけれど友達にはなれない」

「そ、そこまでかな……?」

 緊迫した空気に戸惑いを見せる凪。しかし、ラーメンだけは譲ることができない。

 真剣な表情の豊四季。目を瞑り、深呼吸。カウントを待っている。

 ごほん、と小鳥のさえずりのような咳払いで気を引き締めた凪。

 ただならぬ雰囲気に、圧倒されながらも戦いの行末を見守ろうとするその姿勢は尊い。


「さんっ」

 空気が震える。


「にーっ」

 目を閉じる。


「いちっ」

 戦いの火蓋が切って落とされた。


「王道家よ!」「誉だ!」


 どうやら、僕と豊四季は決定的に分かり合う事ができないらしい。

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