第3話 ある料理人のつぶやきと記者会見

「皆様、本日は、御足元の悪いところ集まって下さり、誠にありがとうございます。それでは、フォックス・ホールディング社が、この度、今上陛下の思し召しで、文部省、厚生省、通産省の官僚の皆様と共同で進める、社運をかけた新規事業について、ご説明申し上げます」


 稲荷屋の一番上の倅のよく通る声が会場に響くと、一斉にカメラのフラッシュが焚かれた。俺は、いわゆる記者会見という華やかなところで、ふー様の隣に座らされ、かなり居心地が悪い思いをしている。こういう人目を引くようなことは苦手だ。出来るだけ避けたいのに。


 そんな俺が、どういう経緯いきさつでこんなことになっているかというと、有難くも傍迷惑な「皇帝陛下の思し召し」というやつが始まりだ。ふー様の通う帝国立の西都公達学園の学園長には、代々、東久迩子爵家出身の先生が就いている。今の学園長先生の父親は、今上陛下の御学友という方だ。その二人が久しぶりに会って、飲んでいると、ほろ酔いで気分が良くなった学園長の親父さん先生が、食育の重要性とやらを語りまくったらしい。その席にいた宰相まで、制止するどころか、一緒になって、シニア世代の再雇用問題も語りまくった。まぁ、よくもそんな堅い話で盛り上がれるよな。考えただけで悪酔いしそうだ。


 というか、やっぱり悪い酔いしていたんだろう。「よし、それなら、二つの問題を纏めて片付けるか~」と陛下が、のたまったそうだ。そして、全国に四つある公達学園をテストケースにして、シニア世代にティーチングアシスタントとして再活躍してもらうことになり、言葉遣い、所作、食事のマナー、配膳、家庭料理など、昔は、家で当たり前に躾や常識として教わっていたようなことを教えるらしい。俺が育ったような崩壊した家庭なんかだと、親から教わって良かったことなんか欠片もないからな。これは、幼少時に、躾も常識も、何もかも無縁だった俺からすると、かなり羨ましい話だ。


 同時に親が夜遅くまで働いている家の子供を学校が預かるという教育機関24時間制度を推進するプロジェクトが発足する。これは宰相の発案で、帝国の最大の憂いと言われて久しい少子化の目玉対策でもある。学校教育がカバーできない時間をシニア世代に、助けてもらおうということらしい。


 ただ、自分が社会に必要とされていることに素直に喜びを感じる人もいれば、子供が苦手で戸惑う人もいるので、厚生省が、シニア世代と、子供・学生、それぞれの希望を時間をかけて調査した。結果、放課後はゴロゴロしたいという子供達の側には、炬燵でじーさん、ばーさんがテレビを観ているという「昔の帝国の一般家庭風景の再現」というコースがあったり、向上心のある中高生には、銀行や証券会社に勤めていた元社員から、現実的な資産運用なんかを教えてもらったりと、それぞれの地域やニーズを鑑みて、適材適所なコースが開設されるそうだ。この辺りは、通産省が旗振り役をしている。


 厚生省や文部省は、子供達への安全対策などを協議して、シニア世代の雇用プロセスや人材育成プログラムを立ち上げるという、それぞれの省の責任区分内においてプロジェクトに参画する。推進は、宰相率いる内務省だ。初めて官僚というエリート連中に会ったが、宰相の周りは、何故か誰もが稲荷屋の登録商標のような、をしていた。頭のいい奴らの趣味は、どうも分からんな。


 で、そんな国家エリート軍団が嬉々として取り組んでいる一大国家プロジェクトに、何で、俺みたいな学のない料理人と、帝国一の菓子屋が巻き込まれたかというと、原因は、東久迩の親父さん先生の酔っ払い発言だ。


「あのロクでもない連中に囲まれて、ふーちゃんが、ああも優しい良い子に育っているのは、栄養バランスのとれた美味しい食事を毎日きちんと摂っているからだ」という科学的根拠も何もない発言に、宰相が激しく同意したらしい。有難迷惑も甚だしいな。うちのふー様が良い子なのは、牧田さんと瑞祥家の皆さんが溺愛しながらも、きちんとした躾をしているからだ。この最強コンボで育って、マナーや言葉遣いを覚えられないはずがない。かくいう俺も、若いころは、牧田さんにビビり散らかし、瑞祥家の大奥様には、良い笑顔で、マナーも言葉使いも叩きこまれたからな。


 そんなことで、陛下が瑞祥の大姫様経由で、俺に夜間学校で出す夕食と朝食の監修を依頼して来られた時には、大奥様の笑顔の記憶が蘇り、脊髄反射で「喜んで」と大姫様に跪いて答えていた。はっきり言って、瑞祥家の笑顔に立ち向かえる人間は、この世には存在しない。


 稲荷屋の長男と三男が経営するフォックス・ホールディング社は、プロジェクトの初動に資金と人材を提供する。上手く軌道に乗ったところで、公共事業とし、各地の役所に任せてフェードアウトという、うま味も何もない役割だ。広告費や政府や皇帝への繋ぎと考えれば安いもんじゃないかという下世話で性悪な連中もいるが、既に揺るぎない成功をおさめているあの家族に、人と金を無駄使いしてまで、政府や皇家に繋がろうとする理由はない。


 若様が教えてくれた話では、節美のお稲荷様に朝の参拝中に、「フヒトの料理人のところに面白い話が東から来ていてね。お前たち、手伝ってやりなさい」というお告げがあったそうだ。本当の話かどうか分からないが、稲荷屋は、家族どころか、従業員までもが、お稲荷様を熱心に信心していて、朝礼の代わりに、毎朝、皆で、ぞろそろとお詣りに行くことは西都では有名な話だ。


「お稲荷様の仰せですから、うちは、もう、全力で、それこそ、社運を賭けてバックアップしますよ」


 いきなり鼻息を荒くして厨房に現れた稲荷屋の主人、女将、息子三人に言われたが、一家総出で、そんなもん賭けられたら、俺にはプレッシャー以外の何物でもない。まさか、この年になって、こんな目にあうとは夢にも思わなかった。


 そして、今日に至るというわけだ。俺は食育の献立の総監修で、ふー様は特別顧問という名の味見係兼お手伝い。いつも嘉承家の厨房でやっていることを稲荷屋の三男が、「メディア受けが良いように」とか何とかほざいて、大きな話にしてしまった。


 今日は、その半官半民の事業について詳細を帝国民にお知らせする名目で、フォックス・ホールディング社が、献立の試食会を企画し、その後で、記者会見になるという流れだ。帝国でも指折りの新聞社や雑誌社の記者たちの他、ふー様が大好きなVousTubeの料理系インフルエンサーたちまでもが集まっている大掛かりなイベントで、場所は西都でも由緒のある老舗のホテルの大広間だ。慣れないスーツを着て、ご丁寧に金屏風の前で座らされてしまったので、パンダというのは、こういう気分なんだろうなと、東山にある動物園に住む白黒の毛皮の健気な連中のことを思った。確かにあいつら、ほのぼのとした歩きの割に、あの黒い毛皮に縁どられた目をよく見ると、けっこうヤバいんだよな。あれは、日々のストレスのせいだったんだな。


 俺が、現実逃避で、全く関係のないことに意識を飛ばしている間に、稲荷屋の三男坊主が、慣れた様子で、プロジェクトの内容説明をしている。ふー様に教えてもらったが、ぱわーぽいんとのぷれぜん、と言うやつらしい。よく分からんが、こういうのも、24時間の学校制度が始まれば、賢いじーさん、ばーさんの中には教えてくれる奴らもいるだろうし、いいんじゃないか。節美のお稲荷様が賛成するくらいだから、悪い話じゃないよな。


 よく分からないので、ふー様の隣で、大人しく座っていると、「質疑応答」という時間になった。これが終われば、今日は、お開きになり、家に帰れるはずだ。


「それでは、質問のある方は、先ずはお名前、所属される会社、または団体名を名乗ってから質問をお願いします」


 司会者が、そう言った途端に、ほぼ全員の手があがった。司会者の指名を受けて、記者たちが質問する相手は、ほとんどが宰相だった。一部、文部省、厚生省、通産省の官僚が答えることもあったが、さすがは帝国の頭脳と言われる宰相だ。ほとんど一人で淀みなく対応している。本当に頭の良い人というのは、説明も上手く、俺みたいな者でも分かるように、明快に話をしてくれるので、記者たちは、概ね満足したようだ。もうそろそろお開きも近いかと誰もが思い始めた頃に、着古して毛羽立った茶色のツイードのジャケットに、よれた黒いシャツを着た、やけに胡散臭い感じの男が指名された。


「嘉承公爵家の若様に質問なんですけどね」


 いきなり、ふー様に質問が飛んだので、会場にいた全員の視線がこちらに集まった。ふー様を小馬鹿にしたように、にやにやとして、感じの悪い男だ。質問を始める前に、名前と所属を名乗れと言われたのに、無視かよ。


「はい、ごきげんよう。私は、嘉承家の嫡男の不比人と申します。ご質問を頂く前に、貴方のお名前と会社を伺えますか」


 さすがは、あの瑞祥家で養育されているふー様だ。思わずむっとした俺とは違って、どこまでも笑顔で丁寧で上品だ。あれは、間違いなく、あの大奥様の血だな。誰か知らんが失礼記者よ、身の程を弁えろよ。瑞祥の血を引く貴人を怒らせると一生後悔させられるぞ。


「えーと、そのご質問ってやつなんですけどね、若様は・・・」

「名前と所属をお願いします!」


 ふー様の言葉を無視して、質問を続けようとする男を、司会者がぴしゃりと遮った。稲荷屋の女将の片腕と言われる浩子さんという古参の社員だ。稲荷屋の三男坊主と男女の関係になったらしいと、ふー様のところに遊びにきた茶色い毛で覆われたの妖の集団が嬉々として報告しているのを聞いたことがある。三男坊主、なかなかいい女の趣味じゃないか。見直したぞ。


「あー、はいはい、平凡ポンチの松本ですよ」


 松本、「はい」は一回だと習わなかったのか。言葉使いも酷いな。姿勢も悪いし、歯並びも悪い。社会人なら、無精ひげくらい剃って、ちゃんとネクタイを締めてから来いよ。大奥様がご存命なら、無限ループの修行という名の地獄に落とされていたぞ。


「質問ですけどね、公爵家の若様は、隣にいる料理人が、親殺しの殺人犯だと知ってるんですかね。宰相閣下にも訊きますけど、殺人犯に、子供達への食事を監修させて、食育なんていうのが、この国のやり方ですか。どういうことか説明してくれませんかね」


 ・・・な、何を言うんだ、こいつ。


 松本の、悪意に満ちた質問に、思わず腰を上げそうになったが、いつの間にか後ろに現れた牧田さんが、俺の肩を抑えていたので、立ち上がることが出来なかった。


「あなたは黙っていなさい。あの汚らしい小物は、若様にやいばを向けましたから、答えるのは若様です」


 牧田さんの静かな声に、何か言い返したいと思うものの、罪悪感と羞恥と、忘れていた憎悪と恐怖で、頭が混乱して声が出ない。ただただ、ふー様と嘉承公爵家に申し訳ない気持ちでいっぱいになり、目の奥が熱くなっていった。

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