おもひで

第1話 おとうと

「姫が良かったのに~」

「うるせー。お前、それを姫の前で口にしたら、蔵馬山に捨てるぞ」


 僕は嘉承敦人。今、とうさまに抱っこしてもらって、嘉承の病院に、おかあさまが今朝、産んで下さった弟を見に行くところ。本当は姫が良かったのに、弟だった。


 でも、とうさまが、おかあさまが、一生懸命産んで下さった子どもなので、可愛がらないとダメだって言うんで、仕方がないから可愛がってやる。でないと、ほんとに僕は、天狗のいるお山に捨てられると思う。でも、姫が良かった。


 嘉承病院のさんふじん科という、女の人が赤ちゃんを産むのをお手伝いするところに行くと、瑞祥のおじいさまが、廊下で、にこにこ顔で待っていて下さったので、とうさまが、僕を降ろした。


「おじいさま、ごきげんよう」


 ぺこりと頭を下げると、瑞祥のおじいさまが、満面の笑みで頭を撫でて下さった。


「ああ、敦人と同じくらい可愛い弟が出来たよ。良かったね」


 瑞祥のおじいさまは、僕でも、お池のハンザキでも、何でも可愛いって仰るから、大好きだけど、あんまり、おじいさまの「可愛い」は信用できない。三人で、廊下を歩いて行くと、大きなガラス窓のある部屋に着いた。おじいさまと、とうさま以外にも窓から部屋の中をのぞきこんでいる大人たちがいた。


「とおさま、抱っこして」

「おう」


 僕がとうさまに手を伸ばすと、とうさまが抱き上げてくれたので、部屋の中が見えた。部屋には、たくさんの小さなベッドがあって、その中に、赤ちゃんがいっぱいいた。


「みんな、可愛いよね」


 瑞祥のおじいさまの「可愛い」は、やっぱり信用できない。どの赤ちゃんも、ふやけた顔をしていて、寝顔がすごいブサイクだ。手足をモソモソ動かす子もいて、何かイモ虫みたい。


「とうさま、あれ、かわいい?」

「生まれたては、どの子も、さすがに、あんまり、かわいくはねぇな」


 嬉しそうに、部屋の中の赤ちゃんを見ている瑞祥のおじいさまの横で、こっそりと、とうさまに訊いた。ほら、やっぱり、かわいくない。


「赤ちゃんだからね。数日経てば、どの子も、すごく天使みたいに可愛らしくなるよ」


 瑞祥のおじいさまは、この中でハンザキが、ベッドで寝ていても、多分、ニコニコしながら、天使みたいだねぇと仰ると思う。ハンザキは、オオサンショウウオだ。天使じゃない。


「敦人、今、思っていることは口にするな。でないと、お前は、天狗の養父を持つことになる」

 蔵馬の天狗が新しいおとうさまで、イモ虫が弟・・・嫌すぎる。


「おじいさま、どの子が僕の弟なの?」


 別に、どのイモ虫でも同じだけど、一応、どれか聞いておこう。


「うん、今、ナースが連れて来てくれるからね」


 おじいさまが、そう仰ったとたんに、かちゃりとドアが開いて、二人のナースが部屋から出てきた。


「瑞祥公爵閣下、お孫様をお連れしました」


 年上のナースが、白いおくるみを抱いている。あ~あ。あのかいこが、弟か。おとうさまに抱っこしてもらっているので、そのまま、二人で、蚕の繭みたいな白いおくるみの中を覗き込んだ。


「「かわいい・・・」」


 なんてことだ。弟は、蚕でも、イモ虫でもなくて、本当にかわいい赤ちゃんだった。全然ふやけてなくて、モソモソもしていない。


「ほら、やっぱり、うちの子は可愛いだろう」

「そうですね。これは、どう見ても、瑞祥の子ですね」


 とうさまが、弟を瑞祥の子と言った。


「僕の弟だから、嘉承だよ」

「いや、この子は瑞祥だな。水か土、いや、お前と同じ完全二属性だな。いい魔力の流れをしている」

「そうだね。姫と長人の血を引くだけあって、なかなか楽しみな魔力だよ」


 弟は、瑞祥の子になるらしい。僕は、今は、瑞祥の家で、おじいさまにお世話してもらっているから、大きくなって嘉承の家に行くときに、一緒に連れて行けばいいか。


「敦人、今、思っていることは、おじいさまには言うなよ」


 嘉承の家に戻る前に、天狗が、新しいおとうさまになりそうだ。でも、弟は、可愛いから、天狗のおとうさまも大事にしてくれると思う。


「よし、姫のお顔を見に行くか」


 ナースが、弟を、赤ちゃんがいっぱい寝ている部屋に連れて行ってしまった。もっと弟と一緒にいたかったが、おかあさまが退院するまで、弟は、「しんせいじしつ」というところにいないとダメらしい。


「うん。おかあさまのお顔を見る」


 とうさまが僕を抱っこしたままで、おかあさまのところに行こうとしたが、降ろしてもらった。もう弟ができたから、ちゃんと自分で歩かないと。


 おかあさまが、休んでいらっしゃるお部屋まで行くと、ナースが部屋から出てきた。僕達親子に気がつくと、丁寧にお辞儀をしてくれた。


「嘉承の君、この度はおめでとうございます」

「おう、ありがとな。姫のご様子はどうだ」

「はい、先ほどお目覚めになりまして、瑞祥の奥様とお話をしておられます」

「「げっ」」


 瑞祥の奥様というのは、おかあさまのお母様で、皇家から瑞祥に嫁いで来られた「ないしんのうでんか」なので、ちょっと面倒くさい人だ。出直そうかとおとうさまとコソコソと話をしていると、「なーくん?あっちゃん?」と部屋の中からおかあさまの声が聞こえた。


「しゃあない。チビ、覚悟を決めて行くか」

「うん」


 部屋は、病院なので、どこも真っ白で、それよりもおかあさまのお顔が真っ白なので、ちょっと怖くなった。


「おかあさま、大丈夫?」

「ええ、ちょっと疲れてしまったけど、大丈夫。少しお休みを頂けば、すぐに楽になると思うわ。次郎君には、もう会った?」

「じろー君?」


 じろー君って何だろう。お池に新しく引っ越してきたハンザキかな。とうさまの顔を伺うと、とうさまが、いきなり、がばりと土下座をした。


「姫、この通り。あの子は、瑞祥だけど、どうか私に名前を決めさせてほしい」


 ・・・も、もしかして、僕のあの弟が、じろー君?振り返って、おかあさまのご様子を伺うと、小首を傾げて、「あら、なーくん、次は私に決めさせてくれる約束だったわよ」と仰った。これは、ダメだ。とうさまと一緒にお願いしないと、弟がじろー君になってしまう。


「おかあさま、とうさまの考えたお名前を訊こうよ」

「そうですよ、姫。先ずは、どんな名前を長人が考えてきたのか訊いてからにしましょう」


 珍しく瑞祥のおばあさまも、とうさまの味方になっている。


「そうねぇ。じゃあ、どんな名前か教えて」

「彰人」

「彰人!おかあさま、彰人がいいよ。いい名前」

「まぁまぁ、素敵なお名前だこと。彰ちゃんね。とてもいいわ」


 僕もおばあさまも必死だ。


「そうねぇ。瑞祥彰人。悪くないかしら」


 おばあさま、とうさま、僕の三人で、こくこくと何度も頷いた。


「わーい。彰人が弟で嬉しいなー」

「敦ちゃんが、そこまで喜んでくれるんなら、じゃあ、彰人にしましょうか」

「姫、素晴らしい判断ですよ」

「ありがとう、姫。じゃあ、早速、西都総督府に届を出してくるから」


 とうさまが、そう言って、床から立ち上がると、私を抱えて、おかあさまのお部屋から消えた。【風天】の、おうよう?か何かだったかな、そういうので、とうさまは、色んなところに、一瞬で移動が出来る。


「出生届!出したいんだが!今すぐに!」


 僕を小脇に抱えて、とうさまが、そう叫んだ先は、おやくしょの受付というところだった。行列が出来ていたが、とうさまの鬼のような形相を見て、並んでいた人達が、そそくさと順番を譲ってくれた。


「とうさま、じゅんばん抜かしはダメだって牧田が言ってたよ」

「緊急事態だ。弟が次郎になってもいいのか」


 それはダメだ。天狗が新しいとうさまでもいいけど、あの子は彰人にしてあげないとダメだ。僕は、おにいさまになったから、弟を守ってやらないと。


 そして、その日、僕の弟は、瑞祥彰人になった。

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