お公家の事情外伝 

英じゅの

おでかけ

第1話 廻るお寿司

 まわれ~♪、ま~われっ♪めりご・・・(自主規制)


 今日は、電車に乗って逢坂に行くよ。目的は、私の憧れの廻るお寿司を食べに行くという、かねてより計画していた、嘉承家の慰安旅行だ。真護とも約束していたので、メンバーは、家令の牧田、料理長、真護、私、それと、世間知らずの私たちを心配して、しっかり者の明楽君が加わって五人。やけに、こじんまりとした慰安旅行だよね。


 うちは、実は、直接雇用契約をしている家人が、牧田と料理長しかいなくて、残りは、瑞祥家の家人にお世話になっている。父様が、お父さまに毎月、私の養育費に上乗せした額を払って、嘉承家ごと面倒をみてもらっているそうだ。


 そんなことで、嘉承家という人外魔境に勤める家人二人を労い、先の厄災と内裏の変で、とんでもない苦労をした明楽君と真護の二人の気持ちを盛り上げるということで、ちょこっとお出かけしようというわけだ。


 軍資金は、陰陽寮から頂いている内職代。ゴーレム一体で八千円もくれるんだよ。これで稲荷屋のお菓子が三十個くらい買えるし、材料となる魔力伝導性の高い土は陰陽寮からの支給なので、頂いたお金は丸々私の儲けになるという、ボロい・・・じゃなくて、実入りの良いお仕事だ。でも、資金の出どころが税金なので、きちんとしたものを納品しようと頑張ったら、強度が上がり過ぎて耐久性抜群のゴーレムになってしまい、発注数が減ってしまった。私には、商才はないのかもしれない。


「ふーちゃん、真護君、おはよう」


 明楽君が、帝国鉄道の西都駅の改札から出てきた。私も真護も、電車に乗ったことがないので、明楽君が駅の改札で待ち合わせを提案したときは、衝撃を受けた。明楽君、いきなりハードルが高いよ。明楽君は、嘉瑞山に家が建つまで、家督を継いでいる伯父と伯父の家族と一緒に、小野子爵家のある山科に住んでいる。てっきり、我が家に小野家の車で来て、皆で一緒に行くのかと思ったら、明楽君は、私たちの感想に、きょとんとしていた。


「何で?西都駅まで、山科から電車だと五分だよ。車に乗って、ふーちゃんの家に行ってから駅だと、遠回りだし、渋滞もあって一時間以上かかっちゃうよ。時間の無駄」


 そうか。全然、知らなかったよ。うちの移動は、基本、冥王の【転移】だからね。


「ふーちゃん、もう切符は買ったの?」

「切符?」

「・・・えーと、そこからなんだね」


 私と真護と牧田は電車に乗って西都から出るということをしたことがない。料理長は、元々、西都の外から来た人なので、電車に乗ったことはあるが、昔は窓口というところで、駅員さんにお金を渡すか、お金を入れたら光るボタンを押すだけの単純な券売機なるもので買っていたそうだ。


「若様、すみません。この画面みたいなのがよく分かりません」


 うん。無理はせずに、丸っと明楽君のお世話になろうね。


「明楽先生、お願いします!」

「はい。お願いされました!」


 私と真護が頭を下げると、料理長と牧田も一緒になって頭を下げたので、明楽君はくすくすと笑った。去年は塞ぎ込むことも多かったが、今年になってから、豆柴のような笑顔が戻って来たので、小野家も私も真護もほっとしている。


 明楽君が慣れた手つきで、画面を操作し始めた。


「うわっ、いっぱい数字が出てきたよ」

「うん。西都から逢坂までは大人が570円で、こどもが280円ね。ふーちゃん、ここに千円札を一枚ずつ、2回入れて」


 明楽君に言われ通りにお金を機械に入れると、切符とお釣りが出てきた。すごいね。一気に出てきて、ちゃんとお釣りもくれるんだ。機械は賢いなぁ。私も真護も、お金を持って買い物をしたことがない。西都で、私たちが行くお店ではどこも、家にまとめて請求書を送ってもらい、家令が処理するからだ。


「はい、これ、切符ね。改札を通る時に要るんだよ」


 明楽君が切符を配ってくれて、改札の通り方を教えてくれたが、私だけ、上手くいかずに、ゲートが閉まってしまった。牧田も真護も料理長も運動神経がいいからね。


「いや、そうじゃないと思うけど。うん、そういうことにしておこうか」


 前途多難な予感に、明楽君は、もう全てを受け入れる菩薩のような顔になっていた。ほんとに、ごめんってば。


 初めて乗った電車は、すごく楽しい。明楽君が、牧田に頼んで、座席の背もたれを動かすと、五人で向かい合わせで座れるようになった。私達ちびっこが三人で座り、牧田と料理長が一緒に座った。西都駅から、二つ駅を停まったら逢坂なんだって。三十分で到着らしい。


 車窓を三人で見ていると、景色がどんどん変わっていく。大喜びで窓の外を見ている私達に、牧田と料理長も楽しそうだ。


 新逢坂駅で、スーツを着たビジネスマン風のおじさん達や、大きなスーツケースを持った若い人達がごそっと降りた。新逢坂駅では新幹線に乗り換えて帝都に行けたり、南に行けば、海の上の空港から飛行機で海外に行けるんだって。新幹線と飛行機、乗ってみたいなぁ。


 逢坂駅は、西都よりも、もの凄く混雑していて、皆の歩く速度がめちゃくちゃ早い。料理長が前を歩いて、その後ろを私達三人が歩き、殿を牧田というフォーメーションにすると、料理長は大柄で強面なので、皆が避けて、俄然歩きやすくなった。料理長、顔は怖いけど、子供好きの優しい良い人なんだけどな。料理の腕は天才だし。


 逢坂の街は、世間知らずチームには、なかなかハードルが高いので、今日は、明楽君がお勧めの駅の近くの回転寿司屋に行く。VousTubeで、大食い企画なんかでよく使われているチェーン店のお寿司屋さん、らく寿司さんだ。


 お店につくと、紺色の揃いの法被を着た従業員さんたちが、「いらっしゃいませ!」と元気な声で迎えてくれた。VousTubeで見た魅惑の世界に、私と真護は、もうワクワクが止まらない。ブースに案内してもらって、ちびっこ組は、お寿司の流れるレーンがよく見えるように内側に座った。


「すごいね。VousTubeで見た通りだ」

「わっ、これ、注文用のタッチパネルだよ、ふーちゃん」


 大はしゃぎの私と真護に感化されて、明楽君と牧田と料理長も楽しそうにしてくれているので、余計に嬉しくなってくる。


「早速、注文しよう」


 手慣れた様子で、明楽君が、握りや軍艦巻・細巻、サイドメニューやデザートなど、ざざっと画面を操作して見せてくれた。


「何を頼んでいいか分からないから、順番に全部頼む?」

「真護くん、そんなお貴族サマみたいな頼み方はダメだよ。ちゃんと食べられる分だけ頼んでね」


 明楽君に窘められて、皆で、爆笑してしまった。


「ごめん、二人は、貴族だったね」

「うん、そうだけど、そういう明楽君も公家の子だよ」


 明楽君は、小野家に引き取られてからも、基本的な性格は変わらなくて、子供なのに、やたらと堅実だ。


「じゃあ、先ずは、それぞれ何皿か頼んじゃおうよ」

「ふーちゃん、僕、十皿くらいは余裕だよ」


 私は、食べることには妥協しない性格なので、ちゃんとリサーチしてきたよ。らく寿司さんの人気メニューのうち、食べたいものをちゃんと紙に書いてきたもんね。


 私が頼みたいものを書いたメモを見せて、明楽君に注文してもらった。真護は、タッチパネルを操作したいようで、明楽君に教えてもらいながら、自分のオーダーを入力した。牧田と料理長も興味津々で明楽君にタッチパネルの使い方を教わっている。


 そんなことで、私は、極み熟成まぐろ、炙りチーズサーモン、極み熟成真鯛と、りんごジュースで回転寿司デビューをすることにした。皆もそれぞれ、思い通りに入力を終えたようだ。


「楽しみだね!」


 今日は、真護も明楽君も、今まで見た中で一番ニコニコしている気がする。まだ、それぞれ千円以下の注文なので、えらくコスパのいい性格だよね。そういう私も嬉しくて、顔がにやけているけどね。「えへへー」と三人で笑っていると、ものの数分でお寿司がレーンに乗って運ばれてきた。すごいね。ぴたりと私たちのところで止まったよ。


「ふーちゃん、真護君、どんどんレーンから取っていって」


 明楽君が、レーンの真横に座っている私と真護に促した。今日は、明楽先生だよ。


「はーい」


 レーンからお寿司の載ったお皿を取るだけでも楽しい。次から次へと運ばれてくるお皿をせっせと真護と二人でテーブルに移動させると、あっという間にテーブルがいっぱいになった。


「いただきます!」


 皆で手を合わせて、早速、お寿司を口に運ぶと、これがすごく美味しかった。


「ほぅ、値段を考えたら大したもんだ」

「なかなかイケますね」


 料理長も牧田も感心している。二人はビールを飲みながら、お寿司を楽しんでいた。よく考えたら、今まで牧田と料理長が食事をするところなんて見たことがなかったよ。


 ひとしきり、お寿司を楽しんで、サイドメニューにもチャレンジしてみた。醤油ブラックラーメンという、西都では見たこともないものを頼んでみた。皆もそれぞれ好みの麺や丼物を頼んだようだ。


「寿司屋でラーメンが食べられるとは、時代は変わったなぁ」


 坦々麺をすすりながら、料理長がしみじみと言った。牧田はうな丼を上品に食べている。銀狼族は、うなぎを食べるんだ。肉専門かと思っていたよ。


 そしてデザートという段になったが、デザートは、どう見ても、稲荷屋やヴォルぺに勝てそうなメニューじゃないんだなぁ。明楽君が、代わりにフルーツを注文してくれたので、皆で分けた。らく寿司さんは、お会計は、食べ終わったお皿の投入口があって、そこにどんどんお皿を入れたら、自動的に勘定されるんだって。


「牧田、お土産にお寿司を持って帰ろうよ」

「そうですねぇ、西都に戻るまでに、持ちますかね」

「大丈夫。お寿司だけ、召喚してもらえばいいよ」


 うちには冥王と魔王がいるからね。お寿司くらいなら、いくらでも召喚してもらえるよ。


「真護と明楽君も、おうちにお寿司を送ろうよ」


 真護の東条侯爵家と明楽君の小野子爵家にも料理人がいるので、こういうお寿司は経験がないと思う。らく寿司さんは、お寿司以外にも色々とお持ち帰りができるみたいだ。豪勢なお寿司の詰め合わせやら、麺類など色々と三家分頼んだ。お会計は、もちろん、牧田に頼む。お休みの日にまで家令の仕事を頼むのは申し訳ないけど、私の内職代も陛下から頂いたお菓子代も全部預けているからね。


 お店の人が見ていない隙に、ブースの影に隠れて、【遠見】で父様を呼んだ。


「父様、お土産、持って帰るのが大変だから、私の前にあるお寿司、全部召喚して」


 次の瞬間、視界が揺れたかと思うと、我が家の居間に転移していた。


「召喚はお寿司だけだったんだけど。私たちは電車で帰るつもりだったんだよ」

「そうか。じゃあ、戻すぞ」


 いやいや、もう家に帰って来たら、今更だよ。お腹がいっぱいだから、駅まで歩くのも面倒だしね。


「皆、お帰り。楽しかった?」


 お父さまの質問に全員が頷いた。


「お父さま、これお土産のお寿司だよ」

「彰に、そんなもん食わすな」


 父様が露骨に嫌な顔をした。


「いやいや、父様、美味しいんだって。ほんとだよ。心配なら、先に味見してよ」

「兄様、私は頂きますよ。ふーちゃんが内職で稼いだお金で買ってきてくれたんなら、鉄釘でも頂きます」

「お前、ふーが絡むと、何か色々おかしいよな」


 そうだよ、お父さま、何で鉄釘?


「牧田、料理長、悪かったな。俺も父様も、慰安旅行なんて思いつきもしなかった」

「私は、実家に帰るのが面倒で居座っているだけの身ですので、むしろ恐縮です」


 それで、1400年もうちにいるんだ。牧田、実家がそんなに嫌いなのか。


「いえいえ、ここでは先々代様に拾われてから、良くして頂いていますので、まさか若様に慰安旅行に連れて行ってもらえるとは。今日は、本当に楽しかったですよ」


 料理長も、珍しく柔和な顔だ。


「チビどもも楽しんできたか」

「「はい!」」


 明楽君と真護も良い子のお返事だ。そして二人もお寿司が傷まないように、父様の【転移】で、それぞれの家に大きな包みを抱えて送られた。ふふ。今日は、すごく良い日だったよ。


 その頃、逢坂では、大人二人と三人の子供が、らく寿司から忽然と消えたとSNSで大騒ぎになっていたらしい。知るも知らぬも逢坂の関・・・。

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